涌井紀夫裁判官に対する評価(私見)

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※ 従前の「積極的に罷免すべき理由はない」という評価から、「罷免相当」という評価(私見)に変更しました。

※ 評価に当たっては、民事、刑事、公法関係事件という3つのカテゴリーに分けつつ、①具体的妥当性を図っているかどうか、②判断理由を丁寧に説明しているかどうか、③法規の実質的な趣旨解釈をしているかなどを中心に評価する。

涌井裁判官の経歴は、典型的なエリート職業裁判官であり、とくに司法行政の分野における経歴が目立つ。この点だけから判断すると、裁判官としての裁判実務から離れ、最高裁裁判官に要求される広い見識を欠くのではないかという一抹の不安がよぎる。

しかしながら、経歴のみから、その裁判官の人物像を構築してしまうのは時期尚早なのであって、涌井裁判官が関与した重要判例を参考に、裁判官としての適性を以下の通り検討する。



1.民事事件の判断について

まず、過払い金の時効の起算点の問題について、「過払い金のそもそもの問題は債務者の側が、自分の支払いが過払いに至っていることがわからない状態で、支払い続けてしまう点に問題の本質がある」という実質的な視点から判断をしている。

この問題を形式的に判断して、被害者の救済を軽視し、消費者金融業者等を利するような判断ではなく、実質的な視点から、時効消滅による泣き寝入りから、被害者を救済した姿勢は高く評価すべきである。

また、この問題の本質につき、権利を行使する上での、単なる事実上の障害ではなく、法律上の障害であるというための理論構成を明確にしており、これについても丁寧な判決であると評価できる。

以上の点から、具体的妥当性を図ろうとする姿勢が読み取ることができる。



2.刑事事件の判断について

刑事事件に関しては、涌井裁判官の最高裁判事としての適性の判断において、特に特筆すべき判例はないと考える。

この点、確かに、最判平成19年2月8日のように、「被疑者方居室に対する捜索差押許可状により同居室を捜索中に被疑者あてに配達され同人が受領した荷物について同許可状に基づき捜索することの可否」などいくつかの実務上の重要な判断をした判決はあるが、とくにその妥当性を問題にすべきとは考えないため、判例の掲載も割愛している。

刑事事件においては、量刑判断という極めて難しく、個々の裁判官(および裁判員)の良心により左右される問題については、その是非を私見により判断するのは、妥当ではないと考えるので、この点についても評価の対象外とした。

もっとも、最判平成19年2月2日は、「所論は,上記許可状の効力は令状呈示後に搬入された物品には及ばない旨主張するが,警察官は,このような荷物についても上記許可状に基づき捜索できるものと解するのが相当であるから,この点に関する原判断は結論において正当である。」とだけ述べており、その具体的理由づけを判決理由中で明示していない点については、十分な説明が必要であるにもかかわらず、それを怠っているとも評価できる。



3.公法関係訴訟の判断について

まず、行政訴訟における処分性(とくに土地区画整理事業の事業計画決定についての処分性)の判断について、安易にのちの手続きで争うことが可能であると判断し、処分性を否定して、いわゆる門前払い判決を行ってしまう従来の判例理論を変更した点は非常に高く評価すべきと考える。

また、涌井裁判官は意見を付言しているところ、涌井意見は、事業計画決定の法的性質の判断において、決定を受ける土地の経済的利用価値を重視した上で、その不利益を争うために、処分性を認めるのが妥当と判断しており、この判断は、一般国民の感情と合致するものであろう。

そうすると、多数意見よりも解りやすく丁寧な意見を付言していると評価できる。

国籍法違憲判決では、今井補足意見に同調しており、同補足意見は国籍法の条文から導かれる仕組みを綿密に解釈しており、仕組み解釈の理想的姿と言える。

一票の格差の問題を扱った選挙無効訴訟においては、従来の判例理論である人口比例要素が重要な1つの要素に過ぎず、都道府県別などの他の要素を考慮したときに、直ちに国会の裁量を逸脱しているとはいえないという判断をしている。

確かに一票の格差の問題は重要な問題ではあるが、最高裁という選挙によって選ばれるわけではない司法作用が、国会の自律性を尊重し、国会の裁量をある程度広く解することは避けられない。

この点、1:2を超える場合を違憲状態と判断すべきなのか、判例理論の1:3を基準とすべきなのかは、意見が分かれるところであろうが、人口移動が激しい現在のおいては、1:2を超えたから直ちに違憲状態にあるという画一的な判断がだとうするかは疑問がある。

多数意見もそのことを十分考慮したうえで、合憲判断をしていると考えられ、その点には一応の説得力があるというべきであろう。

したがって、具体的な妥当性という観点からは、この判断がおかしいと断じることはできない。

もっとも、最決平成21年2月12日(関与判例の4番参照)の多数意見に同調した涌井裁判官の姿勢に対しては、大きな疑問が残る。

宮川裁判官が被害者の救済という見地から、門前払い判決ではなく、審理をすべきとの実質的な判断をしているのに対し、多数意見は、あくまでも形式的に上告理由の有無を判断し、かつ、宮川反対意見に対する反論が一切示されていない。

ただ単に、上告理由がないというだけであって、その論拠を示さないものであり、評価に値しない判決と言える。



4.結論

確かに、民事事件や行政訴訟においては、被害者救済や具体的妥当性を追求する姿勢が認められる。

また、涌井裁判官の関与している判例は、かなりの数があるのであるが、そのほとんどが多数意見ないし全員一致判断であり、涌井裁判官の人物像を補足意見等から見出すことは困難である。

しかし、多数意見に同調する頻度が多いためなのか、一部の判決では、判決判断に至る理由が十分に示されていないことがある。

従前の評価では、全体として、涌井裁判官の判決実績を見ると、積極的に罷免すべきと断ずべき事由は見当たらないと私見は考えていたが、涌井裁判官が同調した最決平成21年2月12日(関与判例の4番参照)の多数意見は、あきらかに門前払い判決であって、被害者救済という視点が欠けたものである。

また、多数意見への同調は、時に、自身の意見を十分に示さないことにもつながるのであり、補足意見や意見、および反対意見が少ないことは、踏み込んだ判決を回避して、従来的な判断に終始し、司法機能を十分に果たしていないという評価が可能である。

これらのことを総合的に考慮すると、私見は、従前の評価を変更し、涌井裁判官は罷免に相当すると考える。

※ なお、23日時点で評価を変更したため、私見を参考にして期日前投票を仮にした人がいたとすれば、申し訳ないと思っております。しかし、あくまでもこのサイトの特集は、私の投票行動とその理由を示しているに過ぎず、判断に同調を求めるものではないので、ご理解のほどよろしくお願いします。