涌井紀夫裁判官が関与した判例

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涌井紀夫裁判官は、最高裁第一小法廷に属している。涌井裁判官は、裁判官としてよりも、最高裁行政局や人事局、総務局など、司法行政を中心とした経歴を持っており、前職は、大阪高裁長官を務めている。

1.最決平成21年7月13日(第1小法廷)

<事例>

被告人は,交通違反等の取締りに当たる捜査車両の車種やナンバーを把握するため,大阪府八尾市所在の大阪府八尾警察署東側塀の上によじ上り,塀の上部に立って,同警察署の中庭を見ていたところ,これを現認した警察官に現行犯逮捕された。

警察署の高さ約2.4mの塀の上部に上がった行為について,建造物侵入罪の成立(同罪の構成要件該当性)が問題となった。

<判断>

全員一致で、本件行為は建造物侵入罪の構成要件に該当し、被告人は有罪と判断。

<理由>

本件塀は,本件庁舎建物とその敷地を他から明確に画するとともに,外部からの干渉を排除する作用を果たしており,正に本件庁舎建物の利用のために供されている工作物であって,刑法130条にいう「建造物」の一部を構成するものとして,建造物侵入罪の客体に当たると解するのが相当であり,外部から見ることのできない敷地に駐車された捜査車両を確認する目的で本件塀の上部へ上がった行為について,建造物侵入罪の成立を認めた原判断は正当である。

2.最決平成21年2月24日(第1小法廷)

<事例>

本件は,覚せい剤取締法違反の罪で起訴され,拘置所に勾留されていた被告人が,同拘置所内の居室において,同室の男性被害者に対し,折り畳み机を投げ付け,その顔面を手けんで数回殴打するなどの暴行を加えて同人に加療約3週間を要する左中指腱断裂及び左中指挫創の傷害を負わせたとして,傷害罪で起訴された事案である。

折り畳み机による暴行(第1暴行)については,被害者の方から被告人に向けて同机を押し倒してきたため,被告人はその反撃として同机を押し返したものであり,これには被害者からの急迫不正の侵害に対する防衛手段としての相当性が認められるが,同机に当たって押し倒され,反撃や抵抗が困難な状態になった被害者に対し,その顔面を手けんで数回殴打したこと(第2暴行」)は,防衛手段としての相当性の範囲を逸脱
したものであった。

本件傷害と直接の因果関係を有するのは第1暴行のみ(第2暴行と傷害発生との間には因果関係なし)であった。

そこで,かかる場合に,正当防衛が成立するのか,それとも全体として,1つの過剰防衛が成立するのかが問題となった。

<判断>

全員一致で、正当防衛の成立を否定。

<理由>

(被告人および弁護人は,)本件傷害は,違法性のない第1暴行によって生じたものであるから,第2暴行が防衛手段としての相当性の範囲を逸脱していたとしても,過剰防衛による傷害罪が成立する余地はなく,暴行罪が成立するにすぎないと主張する。

しかしながら,被告人が被害者に対して加えた暴行は,急迫不正の侵害に対する一連一体のものであり,同一の防衛の意思に基づく1個の行為と認めることができるから,全体的に考察して1個の過剰防衛としての傷害罪の成立を認めるのが相当であり,(被告人および弁護人が)指摘の点は,有利な情状として考慮すれば足りるというべきである。



3.最決平成21年2月12日(第1小法廷)

<事案>

戦時中,旧満州(中国東北部)に移住し、戦後取り残された中国残留婦人3人が「早期帰国への努力や帰国後の十分な自立支援策を怠った」として、国に損害賠償を求めた訴訟の上告審。

上告理由の有無(民訴法312条1項又は2項所定の場合に該当するか否か)が争点となった。

<判断>

3対1で、上告理由なしとの多数意見(門前払い判決)。

なお、宮川裁判官の反対意見あり。

<理由(多数意見のみ記載)>

本件申立ての理由によれば,本件は,民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。


4.
最判平成21年1月22日(第1小法廷)

<事例>

継続的な金銭消費貸借取引契約をした原告に過払い金が発生したため、不当利得に基づく返還請求をしたところ、被告の信販会社側が、過払い金発生時のおいて、原告は返還請求が可能であったので、民法166条1項の「権利を行使できる時」に当たるとして、消滅時効の起算点が過払い金発生時であることを前提に、不当利得返還請求権は消滅したと主張した事例。

継続的な契約における、過払い金の消滅時効の起算点が時期が争点となった。なお、過払い金のそもそもの問題は債務者の側が、自分の支払いが過払いに至っていることがわからない状態で、支払い続けてしまうことにあるという点を補足的に説明しておく。

なお、同判決について、管理人は別途記事にて評価しているので、興味のある方はこちらを参照してほしい。

<判断>

全員一致で、過払い金の消滅時効の起算点を取引終了時と判断し、原告勝訴とした。

<理由>

(本件)基本契約は,基本契約に基づく借入金債務につき利息制限法1条1項所定の利息の制限額を超える利息の弁済により過払金が発生した場合には,弁済当時他の借入金債務が存在しなければ、(その)過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意を含むものであった。

このような過払金充当合意においては,新たな借入金債務の発生が見込まれる限り,過払金を同債務に充当することとし,借主が過払金に係る不当利得返還請求権を行使することは通常想定されていないものというべきである。

したがって,基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点で過払金が存在していればその返還請求権を行使することとし,それまでは過払金が発生してもその都度その返還を請求することはせず,これをそのままその後に発生する新たな借入金債務への充当の用に供するという趣旨が含まれているものと解するのが相当である。

そうすると,過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては,同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となるというべきであり,過払金返還請求権の行使を妨げるものと解するのが相当である。


5.最判平成20年9月10日(大法廷)

<事例>

本件では、浜松市の土地区画整理事業の事業計画の決定について、施行地区内に土地を所有している原告が、同決定の違法を主張して,その取消しを求めた事案である。

争点は、土地区画整理事業の事業計画の決定が、行政処分の取消訴訟の対象である「処分」に当たるか否かが争われた。

なお、従来は事業計画決定については、「処分」に当たらないため、取消訴訟の訴訟要件を満たさないとして、門前払い判決とするのが最高裁の判例であった。

<判断>

全員一致で、判例変更をし、土地区画整理事業の事業計画の決定は、「処分」に当たり、取消訴訟の対象になると判断。

裁判官藤田宙靖,同泉徳治,同今井功,同近藤崇晴の各補足意見。

裁判官涌井紀夫の意見(結論に同意するが理由づけで多数意見と異なる意見)あり。

<理由(涌井裁判官の意見のみ記載)>

本件で問題とされている土地区画整理事業の事業計画の決定について見ると,多数意見も指摘するとおり,この事業計画が定められ所定の公告がされると,施行地区内の土地については,許可なしには建築物の建築等を行うことができない等の制約が課せられることになっているのであるから,この事業計画決定が個人の権利・利益を直接に侵害・制約するような法的効果を持つものであることは明らかである。

この建築制限等の効果が発生すると,施行地区内の土地は自由に建築物の建築を行うことができない土地になってしまい,その所有者には,これを他に売却しようとしても通常の取引の場合のような買い手を見つけることが困難になるという,極めて現実的で深刻な影響が生じることになるのである。このような効果は,抗告訴訟の方法による救済を認めるに足りるだけの実質を十分に備えたものということができよう。

多数意見の考え方は,上記のような建築制限等の法的効果についても言及はしているものの,結局は,事業計画の決定がされることによって,施行地区内の宅地所有者等が換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ,その法的地位に直接的な影響が生ずることになるという点に,本件事業計画決定の処分性を肯定する根拠を求めるものとなっていると解される。

すなわち,そこでは,抗告訴訟の方法による救済を図るべき不利益等の内容としては,専ら土地区画整理事業の本来の目的である換地処分による権利交換という措置によってもたらされる不利益等が考えられているのであって,上記の建築制限等の効果が発生することによって個人の被る不利益は,それ自体を独立して取り上げると抗告訴訟による救済の対象とするには足りないものと考えていることになるのである。

しかし,前記のとおりこの建築制限等によって土地所有者の被る現実の不利益が具体的で深刻な実質を持つものであることからすると,このような考え方には問題があるものというべきであろう。

国民にとっても明確で分かりやすい形で訴訟の門戸を開いていくことによって,行政訴訟による権利救済の実効性を確保するという見地からするなら,処分性の有無の判断基準としても,できるだけ明確で分かりやすいものが望ましいものといえよう。その意味でも,本件事業計画の決定の処分性を肯定する法的根拠としては,多数意見のように不安定な解釈の余地を残すような考え方ではなく,端的に上記の建築制限等という法的効果の発生という一事で足りるものとする考え方の方が簡明であり,相当なものというべきであろう。



6.
最判平成20年6月12日(第一小法廷)

<事例>

本件は,原告が中心となって開催した「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」を取り上げたテレビジョン放送番組を放送したことについて,本件番組のための取材を受け,これに協力した原告が,NHKらに対し,不法行為又は債務不履行を理由とする損害賠償を求める事案である。

原告は,実際に制作,放送された本件番組の趣旨,内容は,原告が取材を受けた際に説明を受けたものとは異なっており,被告らは,本件女性法廷をつぶさに紹介する趣旨,内容の放送がされるとの原告の期待,信頼が侵害されたことについて不法行為責任を負うなどの主張している。

<判断>

全員一致で、原告敗訴。なお、横尾和子裁判官の意見あり。

<理由(多数意見のみ掲載)>

放送事業者が番組を制作し,これを放送する場合には,放送事業者は,自ら,あるいは,制作に協力を依頼した関係業者と共に,取材によって放送に使用される可能性のある素材を広く収集した上で,自らの判断により素材を取捨選択し,意見,論評等を付加するなどの編集作業を経て,番組としてこれを外部に公表することになるものと考えられるが,放送事業者がどのように番組の編集をするかは,放送事業者の自律的判断にゆだねられており,番組の編集段階における検討により最終的な放送の内容が当初企画されたものとは異なるものになったり,企画された番組自体放送に至らない可能性があることも当然のことと認識されているものと考えられることからすれば,放送事業者又は制作業者から素材収集のための取材を受けた取材対象者が,取材担当者の言動等によって,当該取材で得られた素材が一定の内容,方法により放送に使用されるものと期待し,あるいは信頼したとしても,その期待や信頼は原則として法的保護の対象とはならないというべきである。

もっとも,取材対象者は,取材担当者から取材の目的,趣旨等に関する説明を受けて,その自由な判断で取材に応ずるかどうかの意思決定をするものであるから,取材対象者が抱いた上記のような期待,信頼がどのような場合でもおよそ法的保護の対象とはなり得ないということもできない。

すなわち,当該取材に応ずることにより必然的に取材対象者に格段の負担が生ずる場合において,取材担当者が,そのことを認識した上で,取材対象者に対し,取材で得た素材について,必ず一定の内容,方法により番組中で取り上げる旨説明し,その説明が客観的に見ても取材対象者に取材に応ずるという意思決定をさせる原因となるようなものであったときは,取材対象者が同人に対する取材で得られた素材が上記一定の内容,方法で当該番組において取り上げられるものと期待し,信頼したことが法律上保護される利益となり得るものというべきである。

そして,そのような場合に,結果として放送された番組の内容が取材担当者の説明と異なるものとなった場合には,当該番組の種類,性質やその後の事情の変化等の諸般の事情により,当該番組において上記素材が上記説明のとおりに取り上げられなかったこともやむを得ないといえるようなときは別として,取材対象者の上記期待,信頼を不当に損なうものとして,放送事業者や制作業者に不法行為責任が認められる余地があるものというべきである。

被告担当者の原告に対する説明が,本件番組において本件女性法廷について必ず一定の内容,方法で取り上げるというものであったことはうかがわれないのであって,原告においても,番組の編集段階における検討により最終的な放送の内容が上記説明と異なるものになる可能性があることを認識することができたものと解される。

原告の主張する本件番組の内容についての期待,信頼が法的保護の対象となるものとすることはできず,期待,信頼が侵害されたことを理由とする原告の不法行為の主張は理由がない。



7.
最判平成20年6月4日(大法廷)

<事例>

以下の2点が争点となった事例である。

①国籍法3条1項は,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子につき,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した(準正のあった)場合に限り日本国籍の取得を認めているところ,このことが父母が法律上の婚姻をしているか否かで非嫡出子の日本国籍取得の可否に区別を生じさ,法の下の平等を定める憲法14条1項に違反するか

②「父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した場合」という要件以外のすべての要件を満たしている場合に、日本国籍を取得するか。

<判断>

10対5で、①につき憲法違反、②につき日本国籍を取得するとする多数意見に同調。

裁判官今井功の補足意見に同調。

<理由(同調した今井補足意見を記載)>

②について

裁判所に違憲立法審査権が与えられた趣旨は,違憲の法律を無効とすることによって,国民の権利利益を擁護すること,すなわち,違憲の法律によりその権利利益を侵害されている者の救済を図ることにある。

国民に権利利益を与える規定が,権利利益を与える要件として,A,Bの二つの要件を定め,この両要件を満たす者に限り,権利利益を与えると定めている場合において,権利利益を与える要件としてA要件の外にB要件を要求することが平等原則に反し,違憲であると判断されたときに,A要件のみを備える者にも当該権利利益を与えることができるのかが,ここでの問題である。

このような場合には,その法律全体の仕組み,当該規定が違憲とされた理由,結果の妥当性等を考慮して,B要件の定めのみが無効である(すなわちB要件の定めがないもの)とし,その結果,A要件のみを満たした者についても,その規定の定める権利利益を与えることになると解することも,法律の合憲的な解釈として十分可能であると考える。

国籍法の定める国籍取得の仕組みを見ると,同法は,法的な意味での日本国民の血統が認められる場合,すなわち法律上の父又は母が日本国民である場合には,国籍取得を認めることを大原則とし,2条はこの原則を無条件で貫き,3条においては,これに父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したことという要件を付加しているということができる。

多数意見は,裁判所が違憲立法審査権を行使して国籍法3条1項を憲法に適合するように解釈した結果,非準正子についても準正子と同様に同項により国籍取得を認められるべきであるとするものであって,同法の定める要件を超えて新たな立法をしたとの非難は当たらない。



8.
最判平成19年6月13日(大法廷)

<事例>

次の2点が憲法14条1項に違反するかが争われた。

①2005年の衆議院議員総選挙の小選挙区において、選挙区間の格差が最大2倍以上に達していることが憲法14条1項に違反するか。

②小選挙区に候補者届出をした政党が候補者本人とは別に選挙運動ができること、および、小選挙区の候補者ができない政見放送ができることは、憲法14条1項に違反するか。

なお、補足的に説明すると、最高裁の判例は、衆院議員については、1:3以上の較差を違憲状態と判断し、参議院については、都道府県別選出制度という要素に対する考慮の比重の大きさから、1:6以上の較差を違憲状態と判断している。

<判断>

12対3で、①②ともに憲法14条1項には違反しないという多数意見に同調。

<理由(多数意見のみ記載)>

選挙区割りを決定するに当たっては,議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることが,最も重要かつ基本的な基準であるが,国会はそれ以外の諸般の要素をも考慮することができるのであって,都道府県は選挙区割りをするに際して無視することができない基礎的な要素の一つであり,人口密度や地理的状況等のほか,人口の都市集中化及びこれに伴う人口流出地域の過疎化の現象等にどのような配慮をし,選挙区割りや議員定数の配分にこれらをどのように反映させるかという点も,国会において考慮することができる要素というべきである。

1人別枠方式を含む同条所定の選挙区割りの基準は,国会が以上のような要素を総合的に考慮して定めたものと評価することができるのであって,これをもって投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するものということはできないから,上記基準が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない。

平成12年国勢調査による人口を基にした本件区割規定の下での選挙区間の人口の最大較差は1対2.064と1対2を極めてわずかに超えるものにすぎず,最も人口の少ない選挙区と比較した人口較差が2倍以上となった選挙区は9選挙区にとどまるものであったというのであるから,区画審が作成した改定案が直ちに同条所定の基準に違反するものであるということはできない。

本件選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は1対2.171であったというのであるから,本件選挙施行時における選挙区間の投票価値の不平等が,一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達し,憲法の投票価値の平等の要求に反する程度に至っていたということもできない。

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