地方政治

10/09/2009

橋下大阪府知事のメール問題から考察する民主主義の弱点

今日は、大阪府の橋下知事の反論メールに対する処分について。

これについては、今回、処分が法的にどうこうというより、政治的な視点から、民主主義の恐ろしさというテーマで、議論したいと思うわけです。

そもそも橋下知事は、就任当初、「異論、反論があるのであれば、率直にぶつけてほしい。」と職員に対して、訴えていました。

今回のメールが民間出身の副知事による、「非常識」という指摘ですが、メール内容が、意図的なのかそうでないのかは別として、断片的にしか公開されていない中で、「非常識なのかどうか」は判断できません。

したがって、これだけで、処分を正当化する理由の説明責任を果たしているとは言えませんし、上述した当初の方針を変更している点についての、府民に対する説明は欠如しているというべきです。

しかし、不思議なの(私は無知の知を知らない典型で恐ろしいとさえ思うのですが)は、これだけ断片的な情報でしかないのに、マスメディアや一般の方の反応に、無批判で橋下知事を支持してしまう声が結構あるということです。

仮に、メール内容が侮辱に当たるようなものではないとすれば、職員の意見を聞くと言っていた姿勢とは、180度異なる行為であり、風通しの良い組織を作るのとは逆に、萎縮効果を生じさせる重大な行為だと思います。

さらに、最大の問題は、副知事がその内容を閲覧できている点です。

知事本人以外の人間が閲覧でき、その者の意見に従って処分を決めているのは、風通しのよい組織にし、不祥事がある場合の職員の内部通報という意識の向上に逆行する萎縮効果すら生じさせると私は思います。

たとえば、雪印で、2000年頃から、偽装問題や食中毒事件が発生し、不祥事が多発した結果、会社の存亡にかかわる事態に至ったのは、記憶に新しいと思います。

この時の最大の問題が、不祥事が現場や本部長レベルで行われ、隠蔽し、取締役にまで十分な情報が上がっていなかったことです。そこで、この事件を境に、コンプライアンスという言葉が世間でも広まりを見せました。

その後、雪印乳業は生まれ変わって、消費者の信頼を再度獲得するために何を行ったか。その1つが内部通報制度の確立でした。つまり、コンプライアンス担当の取締役に直接不正に関する情報が入り、それも完全な秘匿扱いにして、内部通報者の保護と信頼の確保が可能な制度設計をしたのです。

大阪府内の内部通報制度がどうなっているのかは私にはわかりかねますが、少なくとも、どの組織においても、組織の長に直接情報を入れることができる状況は確保されているはずです。

にもかかわらず、組織の長が日頃、自分のところに来たメールを他に公開するだけでなく、それを他の重役と相談して、メール内容を理由に処分してしまえば、職員との信頼関係、内部通報を促進できるような関係は築けません。

なぜなら、内部通報者は任意に意を決して行うわけですから、自分の人生や生活を賭してしまうかもしれないという恐怖や不安が必ず生じます。

そのときに、「直接意見をすれば、処分されるかもしれない」、「知事以外の人間が自分の内部通報のメールを見るかもしれない」という不安感情が通報者に生じるのは明らかであって、これが萎縮効果となるわけです。

今回のメール処分事件を浅い視点で一見すると、「失礼なメールを職員が送ったのだから処分されてもよい」と考える人も多いかもしれません。

しかし、重要なのは、そうした単純な視点で思考停止してしまい、今回の処分行為を「リーダーシップの表れ」とか、「強い姿勢で良い」とかと勘違いしてはならないということです。

むしろ、この事件に接したときに、「あれ?本当にこういう処分の仕方で、大阪府、ひいては、大阪府民にとって、中長期的に利益があることなのだろうか」という懐疑的視点でニュースを見る必要があると私は思います。

日本は内部通報制度に対する意識が、民間組織はもちろん公官庁においても非常に低いです。

公益通報者保護法があることをほとんどの人間は知らないでしょうし、知っていても、いざ自分が内部通報者の立場に立った時に、このよくわからない法制度を利用して、内部通報をしようという勇気のある人がどれだけいるでしょうか。

そういう状況を考えると、大阪府という組織が不祥事を絶対に起こさないパーフェクトな組織であれば格別、そうでないのであれば、こういうメールのやり取りに関する問題で、処分するというのは、果たして、組織にとって利益になるのでしょうか。

知事の権力や権威を示すという意味では、効果があるでしょうが、それが何の意味を府民にもたらすのか、私にはわからないわけです。

失礼な内容であれば、直接呼び出して注意すればいいのであって、処分という権力的行為に走る姿勢が、橋下知事の浅はかさを露呈していると私は思いました。

なお、橋下知事の内部告発受付制度自体に対しては、2008年5月の時点で、公益通報者保護の活動やオンブズマン活動で活躍されている阪口徳雄弁護士が御自身のブログで批判的考察をされていらっしゃるので、興味のある方は読んでみると良いでしょう。

さて、今回このブログ記事で考えてほしいのは、それだけではありません。

最初にも書いたように、「民主主義の恐ろしい弱点は何か」について考える材料としても、橋下知事は格好の題材なのです(ええ、皮肉がたっぷりこもっています)。

そこで、皆さん、古代の政治思想論にもつながる話なのですが、民主主義という政治体制の恐ろしい弱点は何でしょうか?考えてみてください(考える時間の目安、1分)。

さて、どんな解答が思いつきましたか?

1つの解答例ですが、プラトン(Plato)の記述にあるソクラテス(Socrates)の考えによれば、民主主義という政治体制の一番の弱点は、独裁者を生み出すことだと指摘しています。

プラトンのいうソクラテスの考え方によれば、民主主義は独裁者を生み出す衆愚政治を招き、専制君主政治、暴君政治に移行するというのです。

この古代政治哲学者の指摘は、その後の人類の歴史を見れば、全くその通りと言わざるを得ません。

まず、20世紀は民主主義国家が増えましたが、同時に独裁国家も多数存在しました。その代表例が、ナチスドイツのヒットラーによる独裁体制の確立です。

ヒットラーは何ももともと独裁者だったわけではありません。極めて素晴らしい人権を謳っているワイマール憲法を有するドイツにおいて、その民主主義の下に、独裁者ヒットラーが着実に力をつけ、誕生したのです。

最近では、ジンバブエのムガベ大統領をはじめ、もともとは民主主義が確保された政治制度から、独裁者は生まれ、民主主義が形がい化し、独裁政治による弾圧と粛清が対白人に対する形で始まり、しまいには自らの政治の反対勢力に対する露骨な形で、生じるようになり、選挙での著しい不正が問題になっています(ムガベも当初は露骨な弾圧はせず、ジンバブエの奇跡と称されるほどの良い政治家でしたが、晩年は権力の維持に固執して違法な手段に出たため、180度変化してしまいました)。

つまり、民主主義というのは万能ではないので、有権者が為政者をフリーハンドで支持したりせず、監視できなければ、必ず独裁的リーダーが誕生してしまいます(なお、誤解のないように言っておきますが、独裁的リーダーはヒトラーのような違法な手段により権力を得た独裁者とは本質的に違います)。

独裁的リーダーは、短期的には強権を発することで、有権者の過熱的な支持を受けるのですが、晩年は反対派の弾圧に走ります。

現在の日本でこれに当たりうる政治スタイルを持っている人間は、小泉純一郎元首相や橋下大阪府現知事だと思います。

小泉元首相は、マスコミという衆愚に訴えるツールとして最も影響力を行使しやすいものを巧みに利用し、反対派をその理由のいかんを問わずに、抵抗勢力と位置付け、国民からの信託を背景に、戦う姿勢を示してきました。独裁的リーダーシップの典型といえます(小泉改革が悪かったかどうかは別として、リーダーシップのあり方を話しています)。

同様に、橋下大阪知事は、小泉元首相ほど計算され巧みさと緻密さを欠きますが、マスコミを利用し、反対派と戦う姿勢を示したり、過激な発言をすることで、思考停止した有権者を中心に、「何かやってくれるかもしれない」というような根拠のない期待感を有権者に植え付け、強いリーダーシップを演出しています。

これらの独裁的リーダーシップ(何度も言いますが、彼らの政治的実績はここでは問題にしていません)は、私は民主主義における最大の恐怖と弱点をついたもので、衆愚政治に向かう非常に危険なものだと考えています。

そして、独裁的リーダーは必ず衰退し、大きな負の遺産を残します。それは、監視を怠っった有権者へのツケといっても過言ではありません。

この負の遺産は、様々な形で表れるでしょう。例えば、典型例としては、不正な支出であったり、公用財産が不適切かつ不透明な方法により競売されたりという金に絡む問題から、人権の蹂躙(法的に保護された法益を不正に侵害する)に至るなど。

ここで、私が言いたいことは、独裁的リーダーシップを好む政治家を盲目的に信用したり、フリーハンドで支持することは、有権者が自ら思考を停止し、監視を怠ることになり、不正や不祥事を見逃す温床を作ってしまうという危惧なのです。

そして、独裁的リーダーの下での不正や不祥事の発覚は非常に難しくなります。なぜならば、有権者が盲目的に支持しているので、小さな不正や不祥事があまり重要視されず、後々に大きな問題として顕在化する場合が多いためです。

橋下知事の場合は大きな負の遺産に当たるような問題は顕在化していませんが、私は、彼の独裁的リーダシップを見ていると、非常に危うさを感じます。

例えば、ワッハ大阪移転に絡む吉本興業への圧力は、ある種の公権力による財産権侵害(契約上の正当な利益の侵害)に至る可能性もあると思います。

そして、今回の反論メールに対する処分も、当初の彼の「言いたいことは何でも言ってくれ」という主張と反し、権威づけ、見せしめ的処分ではないかと感じるわけです。

組織における不祥事というのは、組織の長が積極的に関与する場合だけでありません。見逃してしまうことも多いわけです。そして、見逃したとしてもその責任は組織の長にあります。

そうすると、前述したような萎縮効果をもたらす今回の処分問題は、本当に、大阪府という不正や不祥事、無駄の多い組織を浄化させるという橋下知事の公約を実現させるうえで、本当に適切だったのかはわかりません。

今回の問題を有権者が接したときに、「メール内容が失礼かどうか」なんていう問題の上っ面だけで、今回の処分行動を評価するのではなく、彼の政治的リーダーシップの在り方や不正の温床に切り込む内部通報者制度の運用への影響など多角的な視点で評価することが大切だと思います。

為政者に対する監視を怠ったツケは有権者に必ず返ってくることは、人類の歴史上明らかなのです。

以下お勧めの図書ですが、中でも、3つ目の「国家」の下巻が一番良いと思います。

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07/13/2009

都議会選の結果にみる危惧(民主党はうかれずに気を引き締めろ)

東京都都議選の結果が既に明らかになった。

今回の結果について、多くのメディアは民主党の勝利とみているようだが、私は、民主党にとっても厳しい民意が示されていることを民主党自身が読み取らないと、次の選挙では衆議院の過半数を獲得できず、衆議院と参議院で与野党が対立し、政治家混迷化するとみている。

こういうことを言うと、民主党支持者からは、「地滑り的大勝利じゃないか。どこが厳しい民意だ?」と反論されるかもしれない。

しかし、各選挙区で当選者と落選者を見れば、必ずしも民主党に対して十分な評価を都民がしたとは言い難いということが見えてくる。

まず、大田区。民主党の新人2人がトップ当選するも、現職は2人とも落選が確定的となっている。大田区は定員8名であり、他の当確者はいずれも現職である。そう考えると、大田区の有権者は、民主党の現職の職務に対する評価は低く、民主党の新人に投票することで、若返りに期待したのではないだろうか。

現職が評価されないというのは、今までの民主党議員の実績に有権者が不満がある(少なくとも満足していない)ということを示しているのであり、東京都の民主党議連は今回の結果に浮かれている場合ではない。

次に、品川区。品川区は民主党議員が2名とも当選確実となっているが、やはり現職に対し、新人が倍の得票率を得ている。税理士という経歴があるにしても新人がこれだけ票を伸ばしているというのはやはり現職ではなく新鮮な新人に期待しているということであり、現職に対する評価がいまいちであることを真摯に受け止める必要があろう。

そして、目黒区。ここでは、創価学会がバックの宗教政党である公明党に新人が敗れている。民主党の現職がトップ当選しており、この余剰得票数を新人が得ていれば、二議席確保できたはずである。また、負けた相手が宗教団体の組織票しか持たない公明党である。選挙戦略が不十分だったのかもしれない。

現状の自民・公明政権に対する不満を考えれば、もう少し投票数が上がり、民主党への票があってもおかしくないはずだろう。そうした票の掘り起こしができなかったことをもっと真摯に受け止めて反省し、衆議院議員選挙に向け気を引き締めなければ、衆議院を野党が過半数を取れず、自民も2/3を失い政治が混沌とし、国民にとって最悪の事態に至るのではないだろうか。

また、今回の選挙で特に気になったのは、公明党の23人全員が当選してしまったことである。いかに組織票があるとはいえ、23人も特定の宗教団体の思想実現のために組織された政党から議員が生まれてしまっていることに危機感を感じる。

この原因はひとえに投票率の低さである。

メディアや民主党は投票率が50%を超えたというだけで喜んでいるが、結果的には、都民の半分の民意しか反映されていない。

さらに、127人の議員定数のうち、フランス政府からカルト指定を受けている宗教団体の政党から候補者23人全員が先進国の首都の議会選挙で当選しているというのは異常だし恐ろしい。

私の知る限り、宗教政党がここまで躍進しているのは民主主義が根付いている先進諸国では日本ぐらいではないだろうか。

これは、東京都民にとって非常にマイナスだと思う。

メディアは自民対民主党という構図の中で、こうした本質的問題を十分に取り上げないが、宗教団体の政党である公明党が自民党と肩を並べる勢力になっているという危惧をもっと持たなければならないだろう。

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喜びかみしめ「自民にノー」=当確次々、「都政を超えた期待」-民主・都議選
7月13日1時12分配信 時事通信

 開票の結果、都議会第1党の座を自民党から奪った民主党。東京都千代田区の党本部で記者会見に臨んだ岡田克也幹事長は「自民党に対し、都民がノーを突き付けた結果。われわれを勇気付けるものだ」と喜びをかみしめるように話した。

 開票結果が続々と判明する中、国会議事堂に近い党本部には党関係者や多くの報道陣が詰め掛け、熱気に包まれた。5階の記者会見場には、党東京都総支部連合広報委員長の蓮舫参院議員らが集結し、候補者の「当選確実」がニュースで伝えられるたび、会見場の壁の候補者名にピンク色の花を次々に張り付けていった。「やった」「すごい」。苦戦が予想されていた選挙区でも「当確」が出ると、満面の笑みをこぼし、幹部らが次々と固く握手を交わした。

 都連会長の菅直人党代表代行は、勝因について、石原都政のおごりへの反発に加え、「民主党は鳩山由紀夫代表の下でまとまった。都政を超えた民主党への期待があったのでは」と分析。麻生太郎首相に対し「国民に対する義務だ」と改めて早期の衆院解散を求めた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090713-00000011-jij-pol

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07/12/2009

東京都議会選挙の開票開始

午後20時をもって、東京都都議会選挙の投票所が閉鎖されました。

東京都都議会選挙がこれほどまでに注目されたのはかつてあったかと思うとあまり記憶にはありません。

選挙が近くなると、通勤の駅などで普段は見かけない人が一生懸命聞いていない通勤客に訴えている姿は東京のあらゆるところで見かけるくらいの注目しかいつもはないのですが、今回は多くの都民だけでなく全国の有権者がいつもとは違う関心をもって都議選の行方を見ているでしょう。

このブログでも政治関連の話題を扱うことがあってか、都議選中は様々なコメントが寄せられました。しかし、選挙中であるため、都議会選挙として、直接特定の候補者や政党を応援または批判する書き込みについては、公職選挙法142条1項4号との関係で、承認しない方針としてきました。

そのため、読者の方においては、自分のコメントが反映されない方もいらしたと思いますが、御理解のほどよろしくお願いします。なお、それとは別に誹謗中傷や公序に反する書き込みは常に承認しない方針です。

投票所が閉鎖されたので、これでオープンに選挙の話題を論じることができます。

今回の都議選ですが、期日前投票の投票率が1.8倍(読売新聞調べ)、そして、午後18時現在の投票率が約5%前回よりも高い(読売新聞調べ)ということなので、やはり注目の高さはある程度あったのではないでしょうか。

ただ、最終的に50%をぎりぎり上回るという状況のようなので、約半分の民意しか現れていないというのは残念なことです。無理なのかもしれませんが70%近くの投票率がやはり、理想です。70%などに至らない原因は明らかで、選挙権があるという価値について、国民一人一人の認識が低いのでしょう。

先進国に行けばいくほど、投票権があることが当たり前となってしまい、投票率が下がる傾向があるのも事実です。

前回ブログ記事でも触れましたが、今後、外国人への地方参政権付与という問題が議論されるようですから、この問題も含め、投票権が付与されるという価値がどれだけ重要なものなのかを教育を通じて考える場を設けたりする等、日本人が民主主義の本質的価値の重要性を考える機会が増えなければ、いかに政権交代などが叫ばれ、行われたとしても、本当の意味での成熟した政治の実現は不可能だと思います。

さて、都議選の行方ですが、事前の報道を見る限りは、民主党が優勢ということです。

しかし、私も昔、世論調査に関わったことがありますが、なかなかずさんなもので、世論調査の出口調査も調査員が広くサンプリングするために、新聞社から指示された年齢層や性別などを見た眼で(独断と偏見で)判別して行うものです。

また、回答してくれる人もある程度協力的な人、すなわち、自分の投票行動を教えても良いと思っている選挙に熱心な人が多いわけです。

そして、出口調査以外の世論調査においては、サンプリングした人が必ずしも同じ投票行動をとるとは限りません。選挙にいかない場合も多くかなりの不確定要素があるわけです。

今回事前に民主優位という報道が、有権者にどれだけの影響を与えたか、たとえば、優位ならわざわざ投票に行かなくてもよいなどの消極的効果を与えたか、逆にみんな民主党なら私も民主党に入れておこうという勝ち馬に乗るという効果を与えたか、この辺は予測が難しいです。

ただ、投票率の動きを見る限りは、後者の効果が出ているような気もします。

私の予測でも、民主党が第1党で過半数を取れるのではないかと思っていますが、これにより、麻生おろしが実現することはないと思っています。

というのも、麻生首相は、イギリスのブラウン首相の動きを念頭にしている感じがします。

ブラウン首相も、つい1か月前に、労働党が統一地方選および欧州議会選で惨敗したのですが、内閣改造を行い、党内のブラウンおろしをけん制して、首相の座に居座り続けています。

ブラウン首相は、キャラクターがない、リーダーシップがないともっぱら首相個人の能力の欠如を理由に批判する声が上がっていますが、内閣改造をてこにして、労働党内の批判勢力を抑えようとしましたが、入閣要請に対して拒否を受けるなど難航し、現在でもブラウンおろしは下火ではありますが着々と不満が鬱積している状況です。

麻生首相も都議選前に、東国原知事などの話題性をもって、内閣改造をしようとしましたが、結局断念に追い込まれました。つまり、党内けん制として失敗したわけです。

こう考えると、都議選で自民・公明が負ければ、麻生おろしになりそうという考えは確かに説得力があります。

しかし、イギリス労働党の政治状況は、日本の自民党の政治状況とは異なります。イギリスの場合は、有力な対抗勢力として、ミリバンド外相などがポスト・ブラウンとしています。

また、有権者は、与党の腐敗に飽き飽きしつつも、ブラウンがダメで、労働党にはまだ政権を続けてほしいという声も強くあります。

他方、日本の場合は、自民党にポスト・麻生がいません。また、有権者も、「今の自民党はもうダメ」という意識が強いと思います。

したがって、イギリスのような、首相おろしをしている余力が今の自民党にはないと考えるのが妥当なような気がしています。

もしかすると、都議選の結果に関わらず、9月の任期満了まで麻生内閣が続くかもしれません。

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01/11/2009

地方議会の問題点

これをテーマに、テレビ朝日のサンデープロジェクトで特集をしていた。

これを見て一言。「もっと早くこの問題をえぐり出せ!」

私は数か月前から、この問題を指摘している。サンデープロジェクトで、地方議会の議員数の絶対的数が大きいことは指摘されていない。つまり、議員が無駄に多いということ。官僚機構の縮小も大事だが、無駄な政治家の集団の縮小の方がもっと大事だろう。

以前の記事は、以下から参照してほしい。

・多すぎる議員数(日米の市議会議員数の違い)【2008年9月29日掲載】。 http://blogs.yahoo.co.jp/nothingventurednothinggained777/1578238.html

・議席を減らせば、年間500万円の財源が生まれる【2008年9月29日掲載】。 http://blogs.yahoo.co.jp/nothingventurednothinggained777/1591784.html

・地方議員数を減らせ。調査はネットや電子文献を使え(地方議会の無駄遣い)【2008年10月3日掲載】。 http://blogs.yahoo.co.jp/nothingventurednothinggained777/1712326.html

ただ、地方議会が荒廃しているのは、その住民の責任であることは忘れてはいけない。選挙のたびに、「今まで●●党だから」とか、「●●●●議員にいつも投票しているから」などという貧しい判断ではなく、「この政党は、この候補者はこういう政策を持っているから(例えば、議席を減らすと言っているから)」という理由を胸を張って答えられるような姿勢で判断することが必要だろう。

国政にも通じることだが、政治の腐敗は誰の責任でもない。人の責任にする前に、自分たち有権者の判断の責任であることは忘れてはいけない。

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