日本の政治

10/10/2017

選挙における「言葉」の影響力

世間では,安倍総理による突然の大儀が不明瞭な解散,小池新党の誕生などで選挙一色である。そして,今日はいよいよ選挙の告示日である。

このような状況の中,ふと今回の選挙について思ったことを記事にしようかと思った時,残念ながら前回の記事から約1年以上ブログを更新していないことに気が付いた。

安倍政権による公私混同と思われる事象が多く報道され,大儀が不明瞭で,安倍総理の権力維持のためだけに行われたであろう今回の解散。

混迷の世の中において,はやり言論活動を通じて,一定の情報発信を続けなければならないと改めて思っている。

そこで,解散から今日までを振り返り,今回の選挙について私見を発したい。

私は,今回の選挙は,政治家の「言葉」の重さ・影響力を痛感する選挙戦になるのではないかと思っている。

1.安倍総理らに見る「まともに答えないではぐらかす」言葉

まず,最初に指摘すべきは,安倍総理や菅官房長官らの言動に見られる「質問や疑義にまともに答えようとせず,はぐらかす」姿勢である。

加計・森友疑惑の本質を勝手に「自分(安倍)が指示したかどうか」という点に絞り込もうと必死になり,この点について十分に説明したなどと主張しているが,このような言葉のトリックに,多くの国民は辟易としているのではなかろうか。

多くの国民が加計・森友疑惑において抱いている疑念は,安倍が直接指示を出したかどうかではない。国民の関心がある核心的争点は,「安倍総理又はその周辺のオトモダチが何らかの形で通常では通らないことを何か通したのではないか。」という点である。

だからこそ,安倍総理が説明する事実と異なる話や証拠が出てくるたびに国民の不信が深まり,支持率低下が続いていたと私は思う。それに対して,安倍総理や菅官房長官らは引き続き,「質問や疑義にまともに答えようとせず,はぐらかす」という言葉で説明と続けた時,この選挙において国民はどういう判断を下すのであろうか。

2.小池都知事の「排除」という言葉の力

もう一つ私が今回の選挙のターニングポイントと考えているのが,小池知事が発した「排除」という言葉だろう。この言葉が出てくるまでは,マスメディアは,希望の党が自民党を叩き潰すだろうといった勢いで,小池劇場化を手伝った。多くのメディアも有権者も,安倍自民に対抗する勢力誕生かと色めき立った。

しかし,「排除」という極めてキツイ言葉を小池都知事が発したことにより,①現実は路線の人は,希望の党の規模は二大政党制にはならないと考え,熱が醒め,②反安倍の原動力の中心であるリベラル派は,小池は危険だと移り,熱が醒めたと分析している。

その後,小池都知事自身が発言を少し抑制していることからも明らかなとおり,「排除」という言葉が持つ力は強すぎたというべきであろう。この言葉一つで,反安倍で一致した勢力の結集に失敗したと言わざるを得ない。

この失言により,都民ファースト内のごたごたも相まって,小池都知事は独裁的というイメージすらついてしまったのである。イメージ戦略の策士としては,大きな失言をしてしまったのではなかろうか。

3.言葉がSNSにより増強される時代

SNSによる言葉の発信という点では,先日報じられた「立憲民主、フォロワー11万人 ツイッター4日目で自民を追い越す」という記事も気になるところである。

偽アカウントでの水増しではないかというニュースまで出ているが,この記事が示す通り公式に同党は否定している。このようにFake Newsに対して否定をしなければいけない時代であるという点も新しい動きなのではなかろうか。

この記事にもある通り,立憲民政党が直ぐに偽アカウントでの水増しではないかという声に公式に否定するということは,今の政治家がいかにSNSによる言葉の拡散による影響力を意識しているかが良く分かる

4.「言葉の力」を検証するシンポジウムが投開票日に

安倍総理の不誠実な言動や小池都知事の「排除」という言葉がどのような影響を今回の選挙戦の結果に与えるのであろうか。

今回の選挙選では,候補者が発した言葉がいかにその結果に影響を与えるのかについて特に注目し,選挙結果が出た時に改めてこれを検証していきたい。

ところで,私がちょうどこの言葉の影響力について今回記事を書こうと思った時,慶應義塾大学で,言葉の影響力に関する大変面白いイベントが選挙の投開票日である10月22日(日)に開かれることがわかったので,ぜひ紹介したいと思う。

記事によれば,オックスフォード大学インターネット研究所でデジタル・メディアの政治への影響を研究するフィリップ・N・ハワード教授が来日し,講演するようである。同教授は東洋経済で「ソーシャルメディアと旧勢力の新たな冷戦」という記事にも登場していることからもわかるとおり,SNSと政治の関係についての第一人者的学者である。

また,同イベントでは,日本の憲法学者の中でも有名な慶應義塾大学で常任理事も務める駒村圭吾教授もトランプ大統領の例を踏まえ,権力と言葉の関係について発表があるようである。駒村教授は,ジャーナリストの池上彰氏とともに,2015年には「ジャーナリズムは甦るか」という本も出版しているなど幅広い活動をしている。

同教授は,法律時報において,同じような内容の記事を寄稿しており,非常に面白いものであった。

選挙当日なので,おそらく選挙そのものへの言及は避けるのであろうが,奇しくも衆議院議員選挙の投開票日に,「ことばの力」について,検証が行われるイベントが行われるというのは大変面白いと思う。

このイベントはオックスフォード大学出版局と慶應義塾大学が共催し,英国大使館のブリティッシュカウンシルが後援しているようである。

事前登録が必要なようなので,参加する場合は以下から登録する必要があるようである。

https://www.oupjapan.co.jp/ja/events/od2017/index.shtml

自分の投票行動が何らかの「ことばの力」に影響を受けているのかについてイベントに参加し検証してみるもの良いかもしれない。

今回の選挙戦,我々有権者はいかなる言葉に影響を受け,いかなる投票行動をすることになるのであろうか。言葉の力がどういうものなのか,この12日間考えていきたい

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07/30/2016

有権者の見る目が試される選挙

先日は6カ月ぶりにブログを更新し,「緊迫する社会情勢とある往年のミュージカル(ヨセフと不思議なテクニカラー・ドリームコート)の社会的意義」という記事で,社会情勢の変化で往年のエンターテイメントが有する意義が時代時代で変わってくるということについて意見を発信した。

今回は,毎日マスコミが騒いで取り上げる話題の1つ,明日の東京都知事選挙について私の意見を表明したい。

1.マスコミの罪

まず,マスコミが3候補に絞って報道をしていることから,この3候補以外に投票するのは死票になるのは明らかであろう。これはマスコミがいかに我が国の政治的意思決定において,有権者の判断する余地を狭めているかを示している。

マスコミからすれば,一応,最後に候補者全員を紹介しているんだから選ぶのは有権者の勝手であるし,"世論調査"での投票先は3候補がほとんどなのだから,俺たちはそれを単に伝えているだけだと反論するかもしれない。

しかし,公示前から既に有名な候補,いわば,今回の3候補に絞った報道がなされている時点で,マスコミの主張は失当である。

つまり,選挙告示前から無責任なマスコミが「注目」すべき候補か否かという恣意的な判断をし,その結果,実質的に死票とならない候補者の絞り込み(フィルタリング)が行われてしまっていると言わざるを得ない。

この点,有権者がマスコミの「注目」に踊らされており,有権者が未熟で,単に馬鹿なだけであるという見解もあるだろう。その見解は私はある意味正しいと思う。

しかし,マスコミが未熟で馬鹿な有権者を煽っているのは明らかであり,私はマスコミによる事前の絞り込み(フィルタリング)問題ということについては今後真剣に考えていかなければならないと思う。

なぜならば,マスコミがこの国の為政者の意向に沿ってのみ報道することになることは,いかに日本が形式的に民主主義の立憲主義国家であるとしても,実態は北朝鮮と同じということになりかえないためである。

マスメディアに自己の意思の決定を委ねないということが我が国の有権者として果たすべき責務であろう。

2.東京都知事選挙の投票

死票にならない3候補を比べた時,まともな人であれば,どの候補もパッとしないと思うだろう。

石原元都知事が色々と揶揄したオバサンは,明らかに権力欲の塊であり,自己の政治資金の疑念にきちんと回答したとはいえないのであって,この姿勢と資質から見ても,舛添と同じ結果になるのは明らかである。

他方,自民や公明に押されている増田というオッサンも何をしたいのか良くわかないし,改革なんか期待できない。

さらに,野党統一候補の高齢者についても,どうも東京都がどうあるべきと考えているのかが伝わってこない。

したがって,多くの有権者は「よりマシな候補」に投票しようとするのではなかろうか。

しかしながら,投票に際して考えてほしいのは,自分に候補者を見極める能力があるのか否かという点である。

私は今回の選挙でこの候補に入れるべきと推せる候補者は正直いない。

ただし,1つ言えることは,前々回の選挙で猪瀬に投票し,かつ,前回の選挙で舛添に投票した有権者は,明らかに見る目がないのは明らかなので,今回の選挙には投票に行くべきではないのではないかということである。

特に舛添については,彼の資質の問題であり,彼の都知事選挙前の言動を見ていれば,あのような問題を起こすような資質があるのは明らかであった。なぜならば,彼の言動に傲慢で,かつ,選民意識が強く,自己顕示欲の塊のような人間であることがよく表れていたからである。

それは彼の当選直後に私が書いた,「ジャーナリスト池上彰の凄さ(池上無双と言われる理由)」や「ジャーナリスト池上彰から敵前逃亡をした新都知事の情けなさ」という記事における池上氏と舛添とのやり取りを見ても明らかであった。

私は,当時の記事で,「舛添新都知事の度量の小ささは、ジャーナリスト、池上彰によって、当選直後に白昼にさらされた言わざるを得ない。」と指摘し,「今後、池上無双から逃げた舛添という誹りを挽回できるチャンスはあるのだろうか。これ以上失望させられないことを祈るばかりである。」と述べたが,私の懸念は的中した

度量が小さいから,あのようなセコイ政治資金の使い方をして都民から総スカンを喰らったわけであるが,それをしそうな資質は当選直後に表れていた

つまり,当時,投票した有権者が本当に見る目がなかったのである。

投票に行くのも行かないのも主権者たる国民,有権者の自由である。

私は投票率が高いことが必ずしも良い選挙だとは思わない。投票に行かない自由というのも保障されるべきであるし,見る目のない有権者は投票にいかないというのも民主主義に資すると思っている。

過去2回の選挙で明らかに問題のある知事を積極的に支持して投票した有権者は,はっきり言ってみる目がないのであるから,そのことを自覚した上で自らの投票行動を決めるべきであろう。

多くのメディアは投票に行こうと呼びかけるが,見る目がない有権者が無責任に投票することこそ,民主主義の弱点であると私は考えている。

自信を持って投票できないのであれば,投票しないというのも選択肢の一つだろうし,投票する以上は,投票した候補者が猪瀬や舛添と同じような政治とカネの問題を起こした時には,自分は本当に見る目がないと真摯に反省すべきであろう。

3.候補者は池上無双の洗礼を投票日前に必ず受ける仕組みを作るべき

前回の参議院選挙でも,池上彰氏の池上無双ぶりは発揮されていた。民進党の岡田党首にも激しく切り込んでいたし,蓮舫議員もいらつくようなそぶりを見せ,彼女の底の浅さを見せつけていた。

さらに公明党にも恒例となった創価学会との関係について単刀直入で突っ込んでいたのは記憶に新しい。

しかし,本来あるべきは,このような池上氏の厳しい質問と候補者の応答を有権者が見極めたうえで,投票行動を決するようなメディアの仕組み作りではなかろうか。

例えば,NHKと民放が協力して,全候補者を集めたテレビディベート大会を2~3時間の枠で,池上彰氏のように単刀直入に候補者の嫌な質問であっても構わず行い,自分の意見などを言いすぎないジャーナリストを司会者にして行うべきである(ちなみに,現在,正直,池上氏以外にそれができるジャーナリストいないと思う。例えば,朝まで生テレビの司会を長く行っている田原総一朗氏は自分の意見を言いすぎるという点からディベートの司会者には向かないだろう)。

嫌な質問にどう候補者が答えるかで,その候補者の人間としての資質が見えると私は思う。

マスコミがそれぞれバラバラに下らない選挙特集をやるよりも,池上無双による候補者のスクリーニングをテレビディベートというような形で行う方が,よっぽど有益だし,候補者を見極める目を養うことに資するだろう。

いずれにしても,明日は投票日。

2度の恥ずかしい都知事を輩出した都民である我々に,有権者として見る目があるか否かが今再び試されている

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07/26/2016

緊迫する社会情勢とある往年のミュージカル(ヨセフと不思議なテクニカラー・ドリームコート)の社会的意義

暫くブログを休止していたが,書きたい話があるので約半年ぶりにブログ記事を更新しようと思う。

最近は,中東におけるテロやイスラム原理主義に傾倒したテロリストによる犯罪行為のニュースを聞かない日はないと言っても過言ではないだろう。

テロは中東からヨーロッパ,北米だけでなく,オリンピックが行われるリオでもその計画が明るみになり,もはや世界中で安全な地域はないとも思えるような暗いニュースが多い。

そのような情勢の中,我が国では,幸いにしてイスラム原理主義によるテロ犯罪は起こっていないが,我々の中東やイスラムに対するイメージは過去を見てもないほど日々悪化しているというのが実情であろう。

ところで,私は以前から何度か映画や演劇,オペラ,ミュージカルなどのエンターテイメントが社会や個人に与える力,その社会的意義,いわば,エンターテイメントの大儀について,様々な記事(例えば,「ディズニー(Disney)映画に見るセクシズムと限界」など)を書いてきた。

そこで,日本で公演されているある世界的なミュージカル作品についての私見を紹介し,今このタイミングで公演が行われた社会的意義について考えてみたいと思う。

1.30年以上前に作られたミュージカルの現代的意義

その作品は,邦題:「ヨセフと不思議なテクニカラー・ドリームコート」(原題:「Joseph and Amazing Techinicolor Dreamcoat」)(以下「Joseph」という。)である。

7月13日から渋谷ヒカリエの東急シアターオーブ(BUNKAMURA)で公演されて,7月24日(日曜日)で千秋楽を迎えたブロードウェイミュージカルである。

この作品については,スーザンボイル現象が起こった2009年頃に,「チャンス・ステグリッチ(Chance Steglich)君の歌唱力にも注目」という記事で,当時高校生であったチャンス君の高校生とは思えぬ高校での公演の動画を紹介したことがあったが,当時チャンス君が出演した作品がこのJosephなのである。

<参考:チャンス君の動画>

※以前紹介した記事の動画が見れなくなっているので今回新たに次の動画を掲載する。

ちなみに,当時高校生にして素晴らしい歌唱力を持っているチャンス君は,現在ユタ州のディクシー州立大学の劇場で俳優として活動しているようである。

さて,話を本題に戻すが,このJosephは,オペラ座の怪人,キャッツ,エビータなどを輩出した作曲家,アンドリュー・ロイド・ウェバー(Andrew Lloyd Webber)と美女と野獣,チェス,ライオンキングなどを輩出した作詞家,ティム・ライス(Tim Rice)が初めて1967年頃に生み出した作品で,トニー賞を1982年に受賞して以来,様々な演出が加えられエンターテイメントととして進化し続けており,アメリカやイギリスなどの欧米では知らない人はいないと言っても過言ではない。

アメリカの多くの人々が高校などで公演などをした際に参加したり,鑑賞したことがあるという経験を持っているだろう。

また,イギリスでは2007年にBBCが「Any Dream Will Do」という番組を放映した。

この番組では,Josephの主役を一般公募のオーディションをして勝ち上がったファイナリストから毎週番組で電話投票をして,最後に残った俳優が主役を演じることができるという番組を放映しているが,かなり好評だった。

いかにこの作品が英語圏で人気の作品か良く分かる。

そこで,今日の記事の本題である「この作品がなぜ今日本で公演されたことに意義があるのか」であるが,それはこの作品が扱うテーマである。

そもそも,この作品はキリスト教の旧約聖書,ユダヤ教の聖典,イスラム教の啓典の「創世記」をテーマにしたもので,まさに各宗教に共通の物語をミュージカル化したものであるが,宗教対立,宗教に名を借りたテロという殺戮,犯罪行為が横行する現代だからこそ,これらの宗教に共通して存在する物語をテーマにしたこの作品が今まさに時代に適っている

また,この作品の舞台は,カナン(古代パレスチナ)とエジプトである。

今まさに極めて情勢が不安定な地域を舞台に,それとは対極的な演出で,激しい歌と踊りで,楽しく,明るく,「ザ・エンターテイメント」といえる作品であることからも,社会に対する普遍的なメッセージを感じる作品である。

そして,作中で披露されるテーマ曲の1つも,混沌とした時代に忘れかけている大事なことを観客に喚起してくれる。

それが「Any Dream Will Do」である。

これはJosephのテーマ曲の1つでるが,この歌詞の中には次のような歌詞がある(和訳は私が仮訳としてリズムに合わせて付したものである)。

Far far away, (遠くで)

someone was weeping. (涙する人)

But the world was sleeping. (気にしない世界)

Any dream will do.(夢をみよう)

【中略】

And in the east, (東の空で)

the dawn was breaking (夜が明ける)

And the world was waking (世界が変わる)

Any dream will do(夢をみよう)

【中略】

The world and I, (世界と私)

we are still waiting (いつまでも待つ)

Still hesitating, (ためらい続ける)

any dream will do(夢をみよう)

我々日本人はバブル期に経済的な利益を追い求め,未だに物欲主義のバブル再興という夢を見ている人間もまた少なくない。

また,それを望んでいなくても,日々の仕事に忙殺され,精神的な安定と自己実現の価値についてなかなか向き合える環境ではないという現実も存在する。

そのような日本において,Josephは,夢をみること(夢を持つこと)の大切さという強いメッセージを送ってくれるのである。

私は,夢をみることというのは,思想の自由という精神的自由の根本的価値の1つの体現であり,私たちが人間として享受できる人権の最も根幹な部分と考えている。

つまり,個人がいかなる夢をもつことができるという自由なのであって,それは人間としての個々が存在し,自己実現をするためのもっとも重要な自由である。

この作品の冒頭で,ストーリーテラーのナレーターが歌う次の歌詞がある。

Now I don't say who is wrong, who is right (誰が正しいとか,間違っているとはいいません)

But if by chance you are here for the night (でも今夜,皆さんは偶然にもここに集まりました)

Then all I need is an hour or two (ほんの1,2時間を下さい)

To tell the tale of a dreamer like you(あなたのように夢を見る人の話をさせて下さい)

We all dream a lot -- some are lucky, some are not (私たちはたくさんの夢を見ます。幸運な人もいれば,不幸な人もいます)

But if you think it, want it, dream it, then it's real (でも,思い,欲し,夢を見れば,現実になるのです)

You are what you feel(感じていることそのものがあなた自身なのです)

非常に詩的な内容なので,仮訳も非常に難しいが,私はこの最後の部分にこそ,夢を見ることによる自己実現の重大さというメッセージを感じる

今の日本では,憲法が何たるかを全く理解していない為政者が,憲法を改正する力を手に入れてしまったという現実がある。

しかし,この自己実現という価値はまさに,憲法が保障する精神的自由の根幹部分であり,この価値が制限されるような世の中には我々は絶対してはいけない

また,世界では毎日テロという無意味な殺戮という犯罪行為による多くの市民が殺されている。フランスに続き,ドイツでも子どもをターゲットにしたテロが発生してしまった。こうした犯罪行為を絶対に許さないという強いメッセージを宗教リーダーは力強く発する必要があると感じるがイスラム教のリーダーからの強いメッセージはあまり聞こえてこない

この点,この作品では兄弟に殺されかけたJosephがその兄弟たちが危機に直面した時にどう対応するかというシーンがある。

この作品は他人に不寛容になり,宗教やその他の薄っぺらい形式のみの大儀の名の下で,他者を否定し排除するという世界の風潮に対し一石を投じており,30年以上前に作られた作品ではあるが,むしろ現在の社会情勢に鑑みて,改めて評価されるべきである。

ショーが終わった後,会場から出る際に,ある年配の観客の方が,「最近テロの話が多くて怖いけど,こういう物語のベースになるエジプトってやっぱりすごいわね。こういう作品が世界でもっと広がって,偏見や争い事が少しでも減るといいのにね。」と話していたのは大変印象的だった。

2.今回の作品の評価

前述でも触れたが今回の作品では,アレンジが加えられている。

1999年頃に映像化されたDonny Osmondが主演の作品はより子供を対象にした演出であったが,渋谷で公演した作品は,現代の大人に向けた演出が強かった

この点は,演出を担当したAndy Blankenbuehler氏が,冒頭のプロローグ部分で,汽車の音などを取り入れるなど1999年のDVD版とは異なるアレンジを加えた理由について,パンフレットの中で,「大人は進むべき道は(敷かれたれーつの上を走るように)ひとつしかないと思い込みがちだということも表したかった」と述べていることからも明らかである。

なお,Andy Blankenbuehler氏は今年のトニー賞を席巻したハミルトン米国大統領の生涯を描いたミュージカル「Hamilton」で振り付けを担当し,トニー賞を受賞している。

これは英語を母国語にしない日本人には当たりだったように思われる。

私は,最終日の前日の最後の夜のショーを見たのであるが,会場には子どももちらほらいたものの,観客の多くは大人であり,年配の観客もかなり多くいた。

そして,驚いたのは,この大人の観客達が一体となって始まりから最後まで続くアンドリューロイドウェバーの「繰り返しのリズム」にまんまと取り込まれ,所々で大きな歓声を上げながら,最後は全員総立ちでスタンディングオベージョンをするほど熱狂した状態であった

特に,高齢の男性客が高いテンションで楽しんでいた姿は,大変印象的であった。

日本にはJosephのように観客を一瞬にして別世界に引き込む夢のあるエンターテイメントが非常に少ないことも起因しているのかもしれない。

特に印象に残ったのは,主役のJosephを演じたJC McCannさんの歌唱力,代役(Understudy)ではあったものの作中で主演女優というべきナレーター役のShea Gomezさん,コミカルでプレスリーのようなファラオ役を演じたJoe Ventricellさん,そして,脇役ではあるものの,ジョゼフの兄弟の一人であるBenjamin役を演じたMatthew J. Varvarさんの4名である。

主役のJC McCannさんは,アンドリューロイドウェバーがこの作品でよく使いたがるようなポップなアイドル的な俳優ではなく(そのようなキャスティングのせいでこの作品は子供向けと思われがちな傾向がある),どちらかというとクラシカルな「Oklahoma!」やLes MiserablesのEnjouras役などを演じてきた実力のあるミュージカル俳優というだけあり,きちんとした歌唱力に裏付けされており,Josephの役にはぴったりだっただろう。

主役級が印象に残るのは当然と言えば当然だが,Shea Gomezさんは代役であったものの凄く強い歌唱力であったし,おそらく多くの観客は彼女が代役とは気が付いていないかもしれない。

また,ファラオ役を演じたJoe Ventricellさんの演技も英語という障壁を多くの観客が抱えているにもかかわらず,プレスリーのような声で,絶妙な間合いとボディーランゲージによる演技で笑いを何度も取っていたのは素晴らしいと感じた。

そして,私が一番評価したいのは,あまり目立つキャラではあったものの,Josephの末の弟,Benjamin役を演じたMatthew J. Varvarさんである。

彼はバク転宙返りなどアクロバティックな演技もしていたが,私はそこではなく,彼が「One More Angel in Heaven」という歌のシーン(ジョゼフがいなくなり悲しんだり喜んだりしているシーン)で行った細かい演技に感銘を受けた

Benjaminというキャラクターは,Jacobの12番目の息子で,Josephの同じ母親から生まれた弟であり,もっともJosephと仲が良い存在であったとされている。

そのBenjaminを演じたMatthewさんは,上記シーンで,他の兄弟とは一線を画し,悲しんだり,後悔したりした姿を演じていたのである。

これは1999年に映像化されたシーンでも描けていなかった。それを今回の渋谷の舞台で細かく演じていたのは作品に対する高度なプロの仕事を感じたのである。

歌と踊り一辺倒となってしまいがちなアンドリューロイドウェバーの作品において,脇役ながらキャラクターの細かな心情の違いを演じきっていたのには驚くと同時に大変感心した。ぜひ今後も様々なミュージカルで成功してほしい俳優である。

他方で,作品をある程度批判的に考察することも必要であるからあえて厳しい評論もしようと思う。

まず,個人的にあまりしっくりこなかったのは,Judahの役のKyle Freemanさんが歌った「Benjamin Calypso 」とSimeon役のPeter Suraceさんが歌った「Those Canaan Days」の部分である。

前者は,演出のライトニングが暗く,Calypsoというカリビアン的な雰囲気が十分に出ていなかった。

そういう意味ではどうしても1999年のこのシーンのイメージを打ち破るだけのパンチが少なかったということだろう。このシーンでは,直前の緊張感のあるシーンから一気に開放され,愉快で南国の雰囲気が出てこないといけないと思うが,それも少し中途半端な感じで,歌もどこかあか抜けない感じだったのが残念であった。

後者は,好みの問題なのかもしれないが,このシーンでは「Those Canaan days we used to know. Where have they gone, where did they go?」という歌詞があり,where didというところで,かなり長く伸ばすシーンがあるのであるが,ここが最も俳優たちの歌唱力の強さを感じることができるシーンなのであるが,渋谷のショーでは,この部分をコミカルに笑いをとるだけにしてしまっており,もっと歌唱力の強さを感じたかったように思う。

例えば,トニー賞を受賞した時は,以下の動画の1:18辺りのシーンのように息継ぎなく長ーく伸ばしながら歌唱力を見せつけるような演出が見たかった。

このように物足りないと感じる部分も全くなかったわけではないが,今回の渋谷ヒカリエで上演されたミュージカルは総じて素晴らしいものであった。

さらに,前記の動画のとおり,渋谷ヒカリエでの「Go go go Joseph」のシーンは白い衣装で統一されていたが,やはりこのシーンはもっとカラフルで近未来的な演出をもっと過激かつ会場全体を巻き込む形でやった方が日頃大人しい日本人にとっては絶大のインパクトを与えることができたように思う。

この点,今回はUS Tourのキャストによる公演だったが,イギリスの公演の演出は,より華やかな印象を受け,また違うようである。例えば,イギリスでは,X Factorで有名になったLloyd Danielsさんが主役になったりしている。

次回はイギリスのキャストによる公演があると比較できて面白いかもしれない。

いずれにしても,残念ながら,Josephは,7月24日(日)の12時30分が日本での最終公演になる。

私が見た7月23日(土)の夜の回では,リピーターチケットということで,最終日のチケットも販売していたが,座席はほとんど埋まっており,この公演を見て感激し,2日連続で見ようとしている人もかなりいたようで,列ができていた。

この作品を見逃した人もそう落胆することはない。なぜならば,この作品は映画化も検討されているといわれている。

またYoutube上でもJoseph事態は様々な高校などのレベルでも演じられており,それを見ることができる。また,1999年のDVDバージョンもお奨めである。

ぜひ興味がある人は,このJoseph and Amazing Techinicolor Dreamcoatという作品を見て,現代におけるこのミュージカルの社会的意義を再評価して,この作品を楽しんでもらいたい。

なお,最後に,次の動画を紹介して,約6カ月ぶりの記事を締めたいと思う。

これは上述で触れた今年のトニー賞を席巻したミュージカル「Hamilton」の歌を披露するJoseph and Amazing Techinicolor DreamcoatのUS National Tourのキャストの動画である。

このメンバーが渋谷のヒカリエで公演したのであるが,この動画も必見である。

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07/24/2016

【移動しました】緊迫する社会情勢とある往年のミュージカルの社会的意義

記事を更新したことに伴い,当該記事は次のリンク先に移動しました。

以下のリンク先で記事をご確認ください。

緊迫する社会情勢とある往年のミュージカル(ヨセフと不思議なテクニカラー・ドリームコート)の社会的意義

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01/26/2015

ツイッターによるコラ画像をめぐる海外の評価(その2)とISISアカウントの凍結

昨日の記事(「イスラム国(ISIS)に対するツイッター利用者の攻撃と海外からの評価」)は,非常に大きな反響があったようで,このブログへの直接のアクセス数が約4万PVもあった。

また,本ブログが転載されるLINE社が提供するBLOGOSにおける昨夜の転載記事も最も読まれ,最も支持されたようである。

今回このような反響が多かったのは,今まさに日本で起こっている現象について,肯定的に報じている海外メディアが存在することについての情報が少ないからであろう。

そこで,今日もこの現象を肯定的に報じる海外メディアの記事を紹介しようと思う。

1.ツイッターによるコラ画像をめぐる海外メディアの肯定的評価

まず,RYOT Newsは,「日本のツイッターにおけるイスラム国人質事件に対する反応は全く素晴らしい(Japan’s Response on Twitter to the ISIS Hostage Crisis Is Absolutely Brilliant)」と題した記事で,この現象を紹介した上で,次のとおり指摘する。

【略】

結局のところ,テロという重大で恐ろしい不正義に立ち向かう上で,正しい方法も,悪い方法もない。しかし,近時のテロリストに対して,嘆いたり,激怒することから,ユーモアをもってテロリストを馬鹿にすることへの転換は,過激派が狙っている効果や望んでいる結果への対抗手段として,実行性があることは否定できない

(At the end of the day, there’s no right or wrong way to cope with a horrific injustice of this magnitude. But it’s hard to deny the recent shift from weeping outrage to humorous belittling does far more to defy the desired outcome these misguided radicals hope to effect.)

さらに Breitbart Newsは,「日本がツイッターにおけるコラ画像のタグ付けコンテストでイスラム国の人質ビデオに対抗(JAPAN MOCKS ISIS HOSTAGE VIDEO WITH PHOTOSHOP HASHTAG CONTEST ON TWITTER)」という記事で次のとおり指摘している。

交渉期限とされる72時間が経過し,日本がテロ組織と協調して,人質解放のために身代金を支払うのか否かははっきりしない。

(The 72-hour deadline has since passed, and it is not clear whether Japan will collaborate with the terrorist organization and pay them for the release of their citizens.)

結局,次の1つの呟き(ツイート)が,「#ISISクソコラグランプリ」というハシュタグの裏に込められたテロリストに対するメッセージを要約している。テロリストは,「地獄に落ちろ」ということである

(In short, one tweeter summarized the message behind the hashtag directed at ISIS, namely telling them to “go to hell”:)

【同紙はPeter Payneさんというツイッター利用者のツイートを引用】 「#ISISクソコラグランプリ」のメッセージは,「お前たちは,我々の同朋を殺すことができるだろう。しかし,日本は,早いインターネットがある平和で幸せな国である。地獄に落ちろ。」

また,RadioFreeEurope/RadioLibertyは,「(日本のツイッター利用者がイスラム国を馬鹿にして嘲笑うことで,人質事件に反抗(Japanese Twitter Users Defy Hostage Crisis By Mocking Islamic State)」と題した記事で,ネットでイスラム国のテロリストをコラ画像で嘲笑われた現象は,今回が初めてではなく,匿名のロシア人インターネット利用者により行われたことがあると紹介している。

テロリストのジハード戦士を名乗る「ジョン」は,「日本の国民(少なくとも日本のソーシャルメディアの利用者)」が彼のテロの脅威に対し,コラ画像コンテストという形で,対抗するとは予期していなかったと考えるのが合理的であろう。

(It is reasonable to assume that “Jihadi John” was not expecting that the “Japanese public” (or at least Japanese social-media users) would react to his threats in quite the way they have -- with a Photoshop contest.)

「#ISISクソコラグランプリ」と題したツイッターのハッシュタグを使い,日本のツイッター画像は急速に広まり,数百もの画像が共有されている。1月20日時点で,ツイッター上では,4万回もこのハッシュタグが使われている

(Using a Twitter hashtag that translates roughly as “ISIS crappy photoshop grand prix,” the Japanese Twitter meme has gone viral, with hundreds of images being shared. On January 20, there were around 40,000 mentions of the hashtag on Twitter.)

【中略】

ユーモアによって,イスラム国武装グループのプロパガンダに対する反撃を行うということは今や最も大きく広まり,最も人気な現象となっているが,日本のコラ画像グランプリが初めてのものではない

(While it is the largest and most popular phenomenon to date of using humor as a counter to the Islamic State group’s propaganda, the Japanese “Photoshop grand prix” is not the first case of its type.)

ロシア人の匿名インターネット利用者のグループがイスラム国のグループ(ロシア語を話す武装集団)に対して,数か月にわたって反撃したことがある。

(A group of anonymous Russian Internet users have been mocking the Islamic State group -- and Russian-speaking militants in Syria and Russia in general -- for months via a parody group known as TV Jihad, which claims to be a “joint project of Kavkaz Center (the media wing of the North Caucasus militant group the Caucasus Emirate) and TV Rain (a liberal Russian TV channel).")

【中略】

このツイートでは,イスラム国の指揮官, Umar al-Shishaniを雪の中の入れた画像を掲載し,ウクライナのドネツク州ドンバスのロシア分離主義者「Arseny Pavlov」のニックネームである「モトローラーか?」というメッセージ載せている。

(This tweet shows an image of IS military commander Umar al-Shishani in the snow and asks, “Motorola?” -- a reference to Arseny Pavlov, a pro-Russian separatist in the Donbas:)

この記事の最後の部分であるが,私は,ロシア情勢に詳しくないので,どういう説明なのかいまいち理解できないが,おそらく,イスラム国の武装リーダーを雪の中に入れて,ロシア分離主義者のモトローラーなる民兵と見た目が似ていることを馬鹿にしているのではないだろうか。

インターネット上で調べたところ,このモトローラーなるロシア分離主義者はドネツク州で死亡したという話もあるので,その関係でも意味があるのかもしれないが,はっきりとはわからない。

2.イスラム国関係者のツイッターアカウントが凍結

ツイッターが欧州の若者をイスラム国に参加させるプロパガンダの手段となっていることはよく知られている。

これに関して,非常に興味深いニュースをイギリスのデイリーメール紙電子版が報じている。

同紙によれば,数百ものイスラム国関係者・支持者のツイッターアカウントと疑われるものが,反テロキャンペーンにより,凍結されたという。

特に,1月20日の一晩(イギリス時間と思われる)で,400ものアカウントが凍結されたというのである。

ISISクソコラグランプリの影響か否かは不明であるが,私も確認したが,ツイッター上の「ISISクソコラグランプリ」の現象に反応していたイスラム国のアカウントは軒並み凍結されている。

また,日本のインターネット上では,「#ISISクソコラグランプリ 小市民が40びょうで出来る社会貢献」と題する記事などもあり,日本のツイッター利用者も,ISISクソコラグランプリに参加しつつ,ツイッターにイスラム国関係者のアカウントを通報する動きをしているのではないだろうか。

実際,私自身も,一部のイスラム国のツイッターアカウントが残忍な写真を掲載していることから,ツイッターで迷惑行為として通報している。

この点,デイリーミラー紙に対し,ツイッターの広報担当者は,「我々は,他者に対する直接又は特定の暴力を禁止した利用規約に違反したという報告を受けたアカウントをすべて精査しています(“We review all ­reported accounts against our rules, which prohibit direct, specific, acts of ­violence against others.”)」と述べており,こうしたイスラム国関係者の疑いがあるアカウントを通報するということは,テロリストのプロパガンダ活動を邪魔する点において有効なのかもしれない

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01/25/2015

イスラム国(ISIS)に対するツイッター利用者の攻撃と海外からの評価

イスラム国により拘束された人質の殺害予告事件が行われ,連日メディアで報じられている中,一部のメディアでは取り上げられているが,まだあまり知られていないのが,日本人のツイッター利用者が,イスラム国の関係者と思われるツイッター利用者のアカウントに対して行った「ISISクソコラグランプリ」という『攻撃』である。

今日は,この現象について,海外,特に英字メディア等の評価を紹介する形で取り上げてみたい。

1.ツイッター上で行われている「ISISクソコラグランプリ」の概要

事の発端は,日本人拘束者の殺害予告動画をツイッター上で掲載していたイスラム国(ISIS)の関係者と思われるツイッター利用者のアカウントに対して,日本人のツイッター利用者が「#ISISクソコラグランプリ」と題したタグを付けて,殺害予告動画の一部の画像を加工して,送り付けたというものである。

この「クソコラ」というのは,糞みたいなコラージュ作品の略であり,クソというのは,「酷い」という意味で使われている。

具体的に言うと,日本人のツイッター利用者が,人質2人と「ジョン」というニックネームの黒づくめのテロリストの顔などを入れ替えたり,別の画像(例えば,アニメーションのキャラクターなど)と入れ替えたりするなどして加工し,イスラム国関係者の思われる利用者に送り付け,それが,「#ISISクソコラグランプリ」と題して,ツイッター上でイスラム国と思われるアカウントなどが炎上しているのである。

どのような画像であるかについては,以下のようなサイトに掲載されているし,ツイッター上で「#ISISクソコラグランプリ」というタグで検索をすれば,発見できるであろう。

本ブログでは著作権の侵害に当たるような画像であるため,かかる画像そのものは掲載しないが,次の2つのサイトから具体的な本件の流れは理解できるであろう。

○ ツイッターで #ISISクソコラグランプリ が流行 → イスラム国の人が洒落にならないほどキレてる

http://matome.naver.jp/odai/2142181104980381001

○ 【謎展開】イスラム国メンバーが #ISISクソコラグランプリ に参戦しだしたんだけど・・・

http://blog.esuteru.com/archives/8026850.html

私は,この行為を発見した当初,「酷い。テロリストに馬鹿が挑発攻撃できてしまう時代。とてつもないことがツイッターで行われてしまっている。」と極めて否定的に受け止めていた。

また,日本のメディアで本件を報じているものも,「不謹慎である」,「人質の命にかかわるのですぐに辞めるべきだ」などと全面的に否定的に報じる風潮である。

また,他のツイッター利用者の反応を見ても,「酷い」とか,「日本でテロが起きたらどうする」とか,「フランスでテロが起きた原因を理解していない」などと極めて厳しい評価が多く見られた。

しかしながら,この日本人ツイッター利用者達の『攻撃』を,意外にも海外メディアは全否定せずに報じている例えば,「テロにユーモアで対抗」とか「アメリカ政府すら成し得なかったことを日本のツイッター利用者が実現した」などとむしろ肯定的に報じているのである。

2.肯定的に報じる英字メディア

そこで,いくつかの英字メディア,ジャーナリストの反応を紹介する。

なお,和訳は私が簡易に仮訳を付したものであり,誤訳等があるかもしれないことを前提に読んでいただきたい。

日本のツイッター利用者がイスラム国にコラージュ画像で対抗(Japanese Twitter Users Stand Up to ISIS with...a Photoshop Meme)」と題した英字記事は,各コラージュ画像を紹介した上で,次のとおり指摘する。

いくつかのコラージュ画像をみると,ツイッター利用者が単にテロリストによる身代金要求という状況を軽視し,ふざけているだけなのかは判然としない。

他方で,日本人のツイッター利用者は,コラージュ画像で,イスラム国をからかっているように見える

人質の命を軽んじ,呑気過ぎるのではないかという懸念があるのは明白である。

しかし,日本のツイッター利用者は,恐怖を通じて人々をコントロールしようというテロリストの手法に対し,ユーモアで対抗しているのではかなろうか

(With some of the Photoshops, it's unclear if people are simply making light of the situation. In others, it does appear that they are poking fun at ISIS. The concern, obviously, is that people might seem too light-hearted about the lives of these men. Or perhaps, they're using humor to resist being controlled through fear?)

【中略】

はっきりしていることは,日本のツイッター利用者が日本政府に対し身代金を支払うように圧力をかけろというテロリストの要求に対して,それを拒否しているということである。

(What is clear, however, is that there are some Twitter users refusing to bow down to demands that they pressure the Japanese government to pay up. For now, that is.)

このように,全面否定することなく,客観的な視点から分析し,肯定的な面を指摘しているのである。

また,アメリカのNBC Newsの電子版も「日本のツイッター利用者がインターネット画像でイスラム国を嘲笑う(Japanese Twitter Users Mock ISIS With Internet Meme)」と題し,この現象を紹介した上で,次のとおり指摘する。

日本のツイッター利用者は,日本人人質事件において,全国的なコラージュ風刺画像を用いた戦いで,イスラム国を嘲笑うことで反抗している

(Japanese Twitter users are defying their country's hostage crisis by mocking ISIS with a nationwide Photoshop battle of satirical images.)

【中略】

ソーシャルメディア分析会社のTospy社によると,「ISISクソコラグランプリ」という日本語のフレーズは,この1日,2日で,6万回以上もツイッター上で言及されているという。これらのつぶやきでは,イスラム国の様々な人質映像の一部を切り取り,面白おかしく日本のゲーム文化の画像などとともに,多くが加工されている。

(The phrase, which loosely translates to "ISIS Crappy Photoshop Grand Prix," has been mentioned more than 60,000 times over the past few days, according to social analytics company Topsy. These tweets include screengrabs from various ISIS hostage videos photoshopped in comical ways, and many of the images reference Japanese gaming culture.)

このとおり,アメリカの大手メディアも必ずしも否定的には報じていない。

さらに別の英字メディアは,「日本の馬鹿げたイスラム国のプロパガンダに対する対応は,アメリカ政府でさえ成し遂げられなかったことをやってのけた(Japan's silly response to ISIS propaganda did what the U.S. government couldn't)」と題し,次のとおり指摘する。

今週,日本のインターネット利用者は,団結してイスラム国を嘲笑うためにコラージュ画像を用い,馬鹿馬鹿しく,軽蔑した画像をテロリストに送り付けるという戦いを展開した。

この努力は人質の救出には繋がらないであろうが,将来のテロを防止するという点において,少なくとも役立つものである。

(This week Japanese Internet users rallied together to mock the Islamic State (a.k.a. ISIS or IS) with a Photoshop battle that shows the terrorists in a series of  absurd and contemptuous images. This effort won’t save the hostages, but it could, in at least a small way, help prevent future terrorism.)

【中略】

アメリカ政府は,イスラム国のネット上でのプロパガンダに対し,反論のためのプロパガンダ技術を駆使してきたが,これまでのところ,アメリカ政府の試みは失敗に終わっている。

アメリカ政府の手法は,ジャーナリストに反イスラム国のメッセージを送ったり,粗末に作られたビデオを作成したりするというものであって,時代遅れであり,いずれもパッとしないものであった。

アメリカ国務省の前顧問であるShahed Amanullah氏もガーディアン紙に対し,アメリカの戦略はイスラム国のグループを強くしてしまったに過ぎないと認め,「イスラム国は彼らの支持者に対し,『見てみろ?我々はすべてにおいて力がある。アメリカがそれを証明している。』と言わせてしまっている」と述べている。

(The U.S. government has tried counter-propaganda techniques by engaging with IS online, but has failed thus far. Their methods, which include sending anti-IS quotes to journalists and creating poorly produced videos, are dated and lackluster. In a piece for the Guardian, former State Department advisor Shahed Amanullah says that America’s tactics have only made the group stronger: “They turn right around to their followers and say, ‘See? We’re every bit as powerful as we say we are, the US government is proof.’”)

では,なぜ今回の日本での出来事が貴重なのであろうか。それは,アメリカ政府が失敗してきた試みを効果的にやってのけたからである。

(So, why is Japan’s response so valuable? Because it was effective where America's attempts have failed.)

プロパガンダに対する反論を展開する上で重要なのは,相手の効果を減殺することにある。イスラム国についていえば,武装グループは,自らが正義であり,かつ,獰猛であると見せたいのである。

しかし,イスラム国のプロパガンダを間抜けなアニメのキャラクターと合成することで,日本のインターネットユーザーは,イスラム国自身が馬鹿げた存在であるように見せることに成功したのである。

テロリストグループに参加しようとする人々を,テロリストを世界の指導者が強く警戒しているということを知り,テロリストが自らの正義のために闘っているということが,参加を促すものとなってしまっている。

しかし,日本のツイッター利用者は,テロリストを取るに足らないものとして描写し,弱体化させることで,テロリストが発するメッセージの重さを破壊したのである。

(The point of counter-propaganda is to undercut the other side's efforts. In the case of IS, the militant group wants to look righteous and fierce. By combining IS propaganda with goofy anime characters, Japanese Internet users in turn made IS look silly. Those looking to join the terrorist group know that it is admonished by almost every world leader, which is part of the draw—standing up for what they see is right. But, emasculating these terrorists and depicting them as anything but serious subverts the gravity of their message.)

これは,小さな勝利かもしれない。しかし,テロリストが参加者を増やすことで力を増していることを考慮すれば,日本人がイスラム国に対する完璧な武器を用いて,世界に,そのメッセージを発したことが,新たな参加者を妨げる唯一の方法となるだろう。

(This may sound like a small victory, but considering that a terrorist group is only as powerful as its number of recruits, and it can only draw new fighters through the strength of its messaging, the Japanese may have just provided the world with the perfect weapon against IS.)

このとおり,全面的にこの現象を肯定的に捉えているものもあるのである。

実際、この現象が続く中で,いかなる理由かは不明であるが,いくつかのイスラム国関係者と思われるツイッターのアカウントが凍結されている。

確かに,この現象極めて不謹慎であるようにも思うが,英字メディアの指摘は必ずしも的外れの指摘とは切り捨てられない説得力があることは否定できない。

3.日本の自己責任論の検証

多数の日本人の世論は,イラクでの人質事件の時と同様に,今回の人質事件についても,自己責任論が徹底して浸透していると思われる。

この自己責任論を批判する動きもあるようであるが,なぜ自己責任論が日本では根強く徹底して浸透しているのかについて,以下,少々検討してみたい。

まず,自己責任論は結局のところ日本人の規範意識の高さにある意味起因しているのではないだろうか

つまり,我が国は,規範意識が諸外国に比べて高く,政府などが「危険などで行くべきではない」とか,「危険なので行うべきではない」という明確な忠告があり,その忠告を十分認知できる状況であったにもかかわらず,その忠告を破って,当該行動を行い,それに伴う危険が現実化したとしても,そのような人を助けることの必要性は極めて低いという思考につながっているのであろう。

これはコース外滑走の遭難者への非難という現象についても同じことがいえる。

これは,刑法における故意論にも似ていると思われる。

故意犯を強く批判する本質は,規範に直面して反対動機の形成が可能であったにもかかわらず,あえて当該犯行を行った点にあると説明される。

つまり,「反対動機形成可能であった」というのは,「犯行を踏みとどまることができたにもかかわらず」ということである。

これと似た思考が自己責任論の根底にあるのであろう。

この当否は別途議論されるべきであろうが,自己責任論そのものは,我が国の国民の規範意識の高さを示すものであり,人質に対して冷たいかもしれないが,テロリストには屈しないという姿勢を示すものとしては,否定されるべきものではないと考える。

また,上記の英字メディアの指摘を踏まえ,改めて考えてみると,テロの恐怖に屈し,畏怖した姿勢を示してしまうことがテロリストの目的であるプロパガンダ効果に利することになるのであって,我が国及び国民がいかなることがあっても,不当な犯罪者の要求を受け付けないという姿勢を示すことが,更なる被害を防ぐことになるだろう。なぜならば,日本人を拉致し,殺しても,一切響かないとテロリストに思わせることができるからである。

いずれにしても,テロリストも日本国民の多数が自己責任論を再び強く唱え,さらに,「ISISクソコラグランプリ」などという現象を展開し,テロリストの要求を呑むように働きかける動きがほとんど起きていなかったことは予想していなかったのではなかろうか

※ コラ画像をテロリストと思われるアカウントに送付する行為が刑法の外患に関する罪に当たるとかいうわけのわからない主張があったので,言及しておくが,単に送付する行為は外患に関する罪には当たりえない。当たると言っている人はいかに無知な主張をしているか刑法81条以下の各条文を読んでみることをお勧めする。他方で,コラ画像は著作権を侵害し違法なものもある。

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06/25/2014

ヤジ問題拡大の最大の責任は誰か - 裁判長の法廷秩序維持権等からの考察

連日取り上げられている東京都議会におけるヤジ問題であるが,与党自民党は,鈴木章浩都議の謝罪で幕引きをしようとし,自民党の国会議員もこの都議に対する批判と”自民党の謝罪”という陳腐な行為で終わらせようとしているようである。

しかしながら,「謝って済むのであれば,警察は要らない」といわれるように,政治家の謝罪ほど陳腐なものはないし,過去に我々,日本国民は何度,同じような政治家の不適切発言を目の当たりにし,単なる陳腐かつ形式的な謝罪で騙されれば気が済むのであろうか。

最近は,どこの企業も不祥事があった場合には,謝罪と共に具体的な再発防止策を発表することが定着している。

東京都議会の全議員が今回の問題を真摯に受け止め,再発防止策を示すくらいのことは最低限してもらいたいものである。

そして,我々,有権者である日本国民は,我々が選んでしまった薄っぺらい政治家の不適切な行為に対して,しっかりと,「落選」という報復的な懲罰を与えるべきであろう。

もっとも,今回のセクハラヤジ問題がここまで拡大した最大の責任は誰にあるだろうか

この点について,十分な検討が必要であると考えることから,ヤジ問題拡大の最大の原因がどこにあり,誰がその責めを負うべきであるのかについて検討してみようと思う。

結論からいえば,当該極めて下劣かつ低俗なヤジを発した人間が一番責めに問われるべき立場にあることは格別,私は,この極めて下劣であり,低俗なヤジ問題が世界中に発信され,日本の品位を著しく傷つけた原因は,当該ヤジを許容してしまった議長にあると考える

東京都のHPによれば,そもそも,議長の職務とは,議場の秩序を保持し、議事を整理し、議会の事務を統理するなど議会活動を主宰するとともに、外部に対して都議会の意志を表明することにあると説明されている。

つまり,議場の秩序保持と議事の整理が議長の職務なのであるから,議場において,本件のような極めて下劣かつ低俗な発言がなされれば,議長の職務内容として,議場の秩序を保持しなければならなかったのである。

別の言葉で言えば,議場の秩序を破壊するような下劣かつ低俗な発言に対して,議長の権限及び義務として,その場において発言者を特定し,注意し,制止しなければならなかったといえる。

その根拠は,東京都議会会議規則からも明らかである。

(議事進行の発言) 第五十一条 議事進行の発言が、その趣旨に反すると認めるときは、議長は直ちにこれを制止しなければならない。

(議事妨害禁止) 第百八条 何人も会議中は、みだりに発言し、騒ぎその他議事の妨害となる言動をしてはならない

(議長の秩序保持権) 第百十一条 法又はこの規則に定めるもののほか、紀律に関する問題は議長が決める。ただし、議長が必要があると認めるときは、討論を用いないで会議に諮つて決めることができる。

かかる規程にもあるとおり,そもそも,ヤジは,その性質上,登壇して発言している議員の質問等を邪魔する行為であって,その程度及び内容によっては,議事妨害に当たることは明らかである。

また,本件のような極めて下劣かつ低俗なヤジは,議場の秩序を害していることは明らかであって,紀律を著しく害する問題であることから,議長の秩序保持権を発動して,発言者を特定し,注意し,発言の制止をする必要があったはずであろう。

しかしながら,現在の議長である三鷹市選出の吉野利明議員は一切このような議長の職務を怠ったのであって,この一事からして,その職務遂行能力には著しい疑問があると断じざるを得ない

これを司法における裁判長の法廷秩序維持権との対比でみれば,尚更,職務を執行する能力も意思もないお飾りでしかない地方議会及び国会における議長の存在がいかに無駄な存在であるかより見えてくると思う。

裁判所法71条は1項で「法廷における秩序の維持は、裁判長又は開廷をした一人の裁判官がこれを行う」とし,2項で,「裁判長又は開廷をした一人の裁判官は、法廷における裁判所の職務の執行を妨げ、又は不当な行状をする者に対し、退廷を命じ、その他法廷における秩序を維持するのに必要な事項を命じ、又は処置を執ることができる」と規定する。

実際,裁判長の性格にもよるが,訴訟当事者であれ,傍聴人であれ,期日中に,不規則発言や秩序を乱す行為をする者に対して,裁判長等は毅然たる処置をとる場合が多い

例えば,傍聴席で居眠りをする者,傍聴席で足を前の座席に乗せるなど見苦しい態度に出ている者,傍聴席で不規則発言をする者に対しては,即座に裁判長は注意するし,当該注意に従わない場合は,躊躇することなく退廷を命じる

これは訴訟当事者の場合も同じである。

裁判長の矜持として,法廷秩序を害する人物に対しては毅然とした態度でそれを排除し,適切な訴訟指揮を行うことこそが自らの職務であって,義務であるという自覚があると考える。

また,論難により訴訟の遅滞を招くような当事者に対しても,瞬時に裁定を下し,必要な根拠を示して反駁する訴訟指揮権の発動が期待されているのであり,それを行うことがその職務そのものといえる。

一方,立法機能の地方議会や国会の議長の言動及び議事進行の態度を見た時,私は,大多数の議長が自らの権能に対して,極めて薄弱な意識でその職務遂行をしているとしか思えないのである。

欧米の議会における議長権限は絶大である。

ヤジの多いイギリス議会においても,議長の権限は絶大であり,議長が積極的に介入し,秩序を維持する。

例えば,John Bercow(ジョン・バーコウ)議長の次の動画は議長が議場の秩序を担っていることに対する矜持が表れている。

バーコウ議長は,子どものように,「ブー」「ブー」とブーイングを続ける議員に対して,繰り返し,「静粛に(Order!)」,「静かにしなさい(Order!)」と述べた後,その後もブーイングを続ける議場に対し,「大人として振る舞いなさい。そうできないのであれば,直ちに議場から退出しなさい。」と述べている。

そして,さらに騒がしい議場において,指名された発言者が発言できない状況に介入し,「これは公の場において,許容し得ない態度です。(笑っている議員に対し)いいえ。まったく可笑しい話ではありません。可笑しいと思っているのはあなただけです。ローングトン議員。みっともない。(This is intolerable behaviour as far as the public. No, it is not funny. Only in your mind, Mr Loughton, is it funny. It is not funny at all; it is disgraceful.)」と積極的に秩序維持権を行使していることがわかる。

この議事進行については,イギリスでも賞賛する声が多い。

このような議事をする議長は彼だけではない。2010年6月8日から2013年9月10日の間下院副議長をしていたナイジェル・エバンス(Nigel Evans)議員も次の動画のように,「静粛に(Order!)」,「静かにしなさい(Order!)」などと注意をした後,それでも止めない議員に対して,「これは大切な討論です。議場で叫ぶような発言は不要です。」などと窘め,それでもヤジを続ける議員に指を指して,「静かにしなさい。理解しましたか。分かったのかと聞いているんです。黙りなさい。」などと極めて強い口調で秩序維持権を発動し,適切な議事をしようとしている

さらに,エバンス副議長の後任である女性副議長のエレノア・レイン議員の「静粛に!(Order!)」という姿も迫力があり,秩序維持権を行使できるか否かがまさに議長たる者の気迫にかかっているかがよくわかる

イギリス議会も極めてヤジが多いが,我が国のそれとの大きな違いは,議長の秩序維持権の行使方法に尽きるのではなかろうか。

つまり,議長が適切に秩序維持権を発動することこそが,下劣かつ低俗なヤジを防ぎ,適切な議論の場を生むのであって,それができない議長は,一見して明らかに職務怠慢というほかない

以上の考察から,今回のヤジ問題拡大の最大の責任者は,私は議長であったと考えるのである。

私は,冒頭,都議会は再発防止策を考えろといったがおそらくまともな案は出てこないだろう。

私は,積極的に議長としての職責を果たせる人物が議長としての矜持を持ち,積極的な秩序維持権を発動することこそが,レベルの低い議員達を適正な民主主義の展開へと導ける唯一の方法ではなかろうか

ぜひ,地方議会の議長や国会の議長は,裁判所でも傍聴して,裁判長の訴訟指揮権や法廷秩序維持権から,議会における秩序維持権のあり方を学んでもらいたい

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04/30/2014

不法残留者を増やす政府の査証免除政策

前回は,ディズニー社の映画「アナと雪の女王」に関する著作権侵害を活用した発信力について記事「侵害排除ではなく機会を逃さずに侵害を活用する柔軟な発信力が重要」 を書いたが,この映画,特に,劇中の歌と音楽は世界的な大ヒットを続けており,全世界の興行収入は4月27日時点で11.4億ドルを突破したらしい。

さらには,日本では珍しいが,映画館で映画を見ながら,観客が歌うという「みんなで歌おう歌詞付上映」という試みも先週の土曜日から行われており,ディズニー社の攻めの姿勢がよく見える。アメリカでは,このような試みはミュージカル映画では時々行われているのは知っていたが,日本でも好評のようで,私が調べたところ,週末や祝日は軒並み完売のようである。日本人の観客がどのように楽しむのかを見てみたいし,個人的にも映画館で一緒に歌うというものを経験してみたいので,行ってみたいと思っている。予約が取れれば,ぜひ行ってみたい。

1.タイ人の不法残留者急増とそれを検証すらせずに更なる査証免除に突き進もうとする政府

さて,今日は,前回のカルチャーの発信というような話題とは変わり,より政治的な話題を取り上げたい。それが,安倍政権の査証政策である。

既に一部の新聞が盲目的肯定姿勢で,査証緩和政策について,報じているが,どの官庁の意向を受けているのかわからないが,この政策が失政ともいうべき重大な負の遺産を生じさせていることについては,一切報じていないのである。

それが,安倍政権が行った査証免除が原因と考えられるタイ人の不法残留者の急激な増加という問題である。

私は以前,中国人に対する数次査証の発給に対する外務省の姿勢を厳しく批判したが,どうも我が国の政治家たちは,バブル経済の幻想から逃れられない経済界の意向のせいなのかわからないが,目先の経済的利益を確保したいという思惑で,日本の治安の良さや平穏な社会という極めて貴重な財産を犠牲にしたいようである。

一部報道によれば,政府自民党は,インドネシア,ベトナム,フィリピンの査証免除を実施することを考えているということである。

しかしながら,政府は昨年7月にタイ人に対する査証免除を実施しているところ,タイ人の不法残留者の急激な増加について,国民的な検証はおろか,十分な情報公開を一切行っていないのであり,我々国民には,治安の悪化や平穏な社会の毀損につながる重大な情報を知らせないまま,更なる不法残留者増加政策を進めようとしていると言っても過言ではないだろう。

そこで,法務省が唯一公開している大雑把な情報から,タイ人の不法残留者がいかに急増しているか検討したい。

法務省の公表資料によれば,平成24年1月1日時点のタイ人の累積不法残留者数は,3,714人である。

そして,平成25年1月1日時点のタイ人の不法残留者数は,3,558人である。

つまり,当時は,タイ人が我が国に入国するには外務省が所管する在外公館から必ず査証を受けることとなっていたことから,この数字からは,外務省による査証発給拒否や入国審査官による水際での入国拒否の努力により,不法残留の可能性があるタイ人の入国を排除して,増加を抑制していたことはもちろん,退去強制されたり,自ら出頭して出国したことにより,平成24年1月1日から25年1月1日までの間,タイ人の不法残留者は,少なくとも,156人の減少に成功していることがわかる。

ところが,平成25年7月1日に査証免除が実施されたことに起因するとしか思われないような数字の増加が平成26年1月1日時点のタイ人の不法残留者数に見られる

平成26年1月1日時点のタイ人の不法残留者数は,なんと,4,391人である。つまり,833人もの新規不法残留者が発生しているのである。

他方で,報道によれば法務省は平成25年12月に税金を使ってチャーター機を使用した退去強制を実施しているところ,退去強制されたタイ人は,46人ということである。

査証免除の実施は7月1日からであるから,そうすると,約半年の間で,約900人近いタイ人が新規に不法残留化しているのではないかという推論が成り立つだろう

仮に,このままのペースで増加し続けているということであれば,1年間(昨年7月1日から本年6月末に向け)で,約1,800人の不法残留者が増加している可能性があり,平成25年1月1日時点の約3500人の半数にも及ぶことになる。いずれにしても,半年で約900人というのは異常であり,不法残留者を安倍政権と外務省及び外国人観光客の誘致を急ぐ観光庁の失政により増加させたと言えるのではなかろうか。

政府は,まず新たな査証免除をフィリピンやベトナム,インドネシアなどに対して実施する前に,きちんとした情報公開を国民に対して行った上で,タイ人の新規不法残留者が一見して急増している原因につき,国民的な議論をして検証すべきではなかろうか

しかしながら,政府がこれについて検討しているという話は一切我々国民には聞こえてこない

もちろん,この833人が査証免除開始の昨年7月1日より前に発生したということも考えられなくはないが,公開情報からすれば,原因が査証免除にあると考えるのが自然であろう。

査証を免除するということは,国家が有する外国人に対する強力なスクリーニング権限を放棄するということである。我が国の入国審査では,東京ディズニーリゾートもビックリするような,待ち時間を20分以内にするという目標が設定されているようで,せいぜい1人に係る時間は数分ということになるから,入国審査という水際において,不法残留の懸念がある外国人を十分審査することは不可能に近いだろう(個人的には不審な外国人を排除するためには徹底した入国審査を行うべきであり,その結果,1時間以上の待ち時間が生じたとしても,外国人は甘受すべきであると思うし,現に,他の国に私が行くときはこれくらいの待ち時間は普通である)。

つまり,日本で不法就労目的で入国し,不法残留者となって,犯罪に手を染めていくような外国人をいかに排除するかは,在外公館における査証審査にかかっていると言っても過言ではない

にもかかわらず,不法残留者が多い,東南アジアの国に対して査証免除を実施するというのは,不法残留者増加政策と言っても過言ではなく,政府は,目先の経済的利益を優先し,我が国の治安と社会的平穏を犠牲にする極めて売国的政策を実施しようとしているのではなかろうか

政府や自民党は,経済効果があると言っているようであるが,これは目先の利益である。不法残留者が増えることによる社会的経済負担の増加については,一切検討されていない。

上記でも述べたが,政府は,退去強制者を送還するため,数千万円の予算を計上し,チャーター機を手配している。これだけでも大きなコストであるが,不法外国人が逮捕され,刑事裁判を受け,さらには退去強制されるまでに,警察官,検察官,裁判官,刑務官,入国警備官,入国審査官と様々な官憲が関与しており,これらの公務員が関与したことに対するコストは膨大なものであるし,さらには,刑務所や収容所での食費等も税金で賄うのである。なぜ不法外国人に対する税金を増やすような政策をするのか私にはさっぱりわからない

法務省の推移表をみても明らかなとおり,5年をかけてやっと,約9万人近い不法残留者を削減してきたにもかかわらず,半年で約900人のタイ人の不法残留者の急増という問題に対する検討はもちろん,情報公開を一切していない政府は売国政策を推進しているとの誹りを免れないのではなかろうか。

外国人労働者の受け入れを拡大するという報道も多々見られるが,日本政府は,社会の平穏がいかに貴重であり,治安が良いというのはタダではないという事実をより真剣に考えるべきである。

そして,外国人の労働者の安易な受け入れは,イギリス,フランス,ドイツをはじめとする欧州各国が抱えている不法移民と共存の難しさについて,もっと開かれた真摯な議論を尽くしたうえで行われるべきではなかろうか。

私は,今の自民党政権が行おうとしていることは,今後,100年以上にわたって我が国に重大な社会的不安要因をもたらす極めて危険な政策であると考えている。

外国人労働者を受け入れるということは,彼らとの社会的共存と社会への統合をいかに行っていくかという問題と表裏一体の問題のはずである。

しかしながら,現在報道されているような話は,いかに経済成長を進めるのかという目先の議論のみである。

2.フランス,ドイツ,イギリスが抱える移民問題

の目先の利益を優先した結果,フランスではアラブ諸国からの移民が急増し,フランス社会への統合を望まないアラブ系移民が治安を悪化させると同時に,フランス文化を毀損し,さらには社会保障費の負担を増加させているという話はよく聞く話である。

フランスの国民戦線という政党が支持を伸ばしているのも,そうした移民への不満が根強いとされている。

あるフランス人の友人は,アラブ系移民が増えて,宗教的価値観や自分たちのイスラムの価値観を他者に押し付けた結果,パリではおいしくないハラルの肉ばかりとなり,フランス料理のレベルが落ちていると述べていた。

実際,フランスでは,ハラル肉の問題は2012年の大統領選挙の争点となっているほどである。

つまり,少数者の権利保護を優先したあまりに多数者が同じハラル肉を食わされてしまっていることへの不満が根強く,その声は大統領選の争点となるほど高まっているのであり,このことは,フランスがいかにイスラム系移民との共存と社会への統合が失敗しているかを如実に表わしているだろう。

また,ドイツは,トルコ系移民の共存及び社会への統合の問題を抱えている。ドイツはまさに今日本が行おうとしているような期限付きの単純労働者の受け入れを第2次世界大戦後に実施した結果,その問題が未だに尾を引いている。社会に統合されないトルコ系移民が犯罪に走ったり,社会保障費を増加させているのである。さらには,そうしたトルコ系移民に対するヘイトクライムも多々発生していると聞く。

イギリスも同じである。

今年2月のイギリス紙電子版の報道によれば,世論調査において,70%のイギリス人がこれ以上移民を受け入れるべきではないと回答したという。

また,左派で移民を推し進める主張が強い英国自由民主党を支持する人を見ても,およそ半数が移民受け入れ政策を改め,現在の受け入れ人数の半数以下にすべきと回答していることも注目に値する。さらに,注目すべきは,44%の人が移民が英国国民の生活に何ら寄与していないと感じている点である。こうした数字の背景には,社会的統合ができていない現実が如実に表れているのである。

こうした欧州の主要国の現状を見ると,我が国が進めようとしている目先の利益を優先した政策が,長期的な視点で見れば,百害あって一利ないことは明らかではなかろうか。

3.まとめ

よく国家100年の計などといわれるが,安倍政権及び自民党の性急な査証政策及び外国人受け入れ政策は,不法残留者増加推進政策及び社会的不安増大政策と評されても仕方ない

外国人犯罪は増加傾向にあり,警察庁の発表によれば,特にベトナム人による犯罪が目立っている。

政府は,まず,タイ人の不法残留者増加の原因についてきちんと検証した結果を国民に提示し,そのうえで,今進めようとしている政策が今後の日本社会のあり方に重大な危機を及ぼすかもしれないという強い危惧感を持ち,欧州の抱える移民問題と同じ道を進まないためにはどうすべきかという視点で,情報を国民に開示し,十分に国民的な議論を進めるべきではなかろうか

また,与党の政治家も野党の政治家もくだらない国会質問をするのではなく,政府が積極的に公表したがらない情報を追及するような質問や主意書を作成して,国民の代表使者としての機能を果たし,我が国の治安や社会の平穏に影響を重大な影響を与える政策が主権者抜きで進まないように監視すべきである(残念ながらそのような気骨のある政治家はおらず,短絡的な視点で目先の経済的利益を優先し,貴重な治安や社会の平穏を安売りする売国的な政治家が与党にも野党にもあふれているようであるが・・・)。

そして,我々,国民も政府が流す都合のよい情報を垂れ流すだけの主要メディアの情報のみをうのみにせず,公開情報をつぶさに検証し,不都合な情報が隠されていないかという視点から慎重に外国人の受け入れの問題について,議論を巻き起こしていかなければならないだろう。

今,日本の進むべきあり方が問われている

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02/21/2014

森東京五輪組織委員会会長の失言と浅田真央の底力

この発言を聞いて,日本中で怒り心頭の人が多いのではないだろうか。

それはもちろん,シンキロウこと,森喜朗東京オリンピック組織委員会会長の発言である。

既に多くのメディアにおいて報道されているところ,一部では,擁護するような意見も散見されたため,今日は,いかにこの発言が五輪精神の欠片もない醜悪なものであるかについて,私の意見を発するとともに,このような極めて醜悪かつ失敬な発言を完膚なきまでに叩き潰した浅田真央の素晴らしい演技に敬意を評して,記事を書くことにした。

まず,森氏の発言についてである。

産経新聞がその詳細を載せているので,これをベースに論じることとしたい。私は十中八九の人がこの発言を聞いたら,どのような意図があったにせよ極めて強い不快感を抱くのではないかと思う。しかしながら,ネット上では,この発言を擁護し,マスメディアの意図的な攻撃などという意見があったので目を疑った。

この発言はスポーツの素人である私からしても,選手の気持ちを一切考えていないメダル主義的というか,利己的な発言と言わざるを得ない。

まず,一番ひどいのはリード兄妹への発言である。これは侮辱に等しい。

オリンピックに出るだけでもその能力に対し我々は賞賛すべきであるし,まして東京オリンピック組織委員会の会長職の立場となれば,オリンピック精神を尊重し,このような選手の心を折るような発言は厳に慎むべきではなかろうか。

にもかかわらず,「アメリカの代表になれないから帰化させて出してやっている」というような傲慢な発言をした時点で,公の要職に就くことの資質がない人間であることは明らかであろう。

さらに,浅田選手は,再三,日本を代表しているという趣旨の発言を自らしている。国を代表して自分の演技をするために必死で頑張っている選手に対して,「銅メダルでもいいから,メダルを取るために,団体に出すべきでなかった。」「出したから失敗した。」と言わんばかりの森氏の発言は到底看過することのできない著しくオリンピック精神に違背する発言というべきである。

既に海外メディアでもこの件について日本の元首相が浅田真央を批判したとして,報じられている

我々日本人は,東京オリンピックの開催国の国民である以上,このような森氏の失言は絶対に許してはいけないし,このような発言をするような人物が東京オリンピック組織委員会の会長をしている事実について真摯に向き合い,引きずりおろすべく怒りの声を挙げるべきであろう。

今回の発言を森氏自身への批判に置き換えてこの発言への批判としたい。

「頑張ってくれと見ていましたけど(浅田)真央ちゃん、(SPで)見事にひっくり返りました。あの子、大事なときには必ず転ぶんですね」

「恥をかくような失言をしないでくれと見ていましたけど,シンキロウさん,見事に選手の気持ちを踏みにじる非常識な発言をしました。あのおっさん,不必要な場面で必ず失言失言するんですよね。」

 「日本は団体戦に出なければよかった。アイスダンスは日本にできる人がいない。(キャシー・リード、クリス・リードの)兄弟はアメリカに住んでいるんですよ。(米国代表として)オリンピックに出る実力がなかったから、帰化させて日本の選手団として出している」

「日本はオリンピックの組織委員会の役員に政治家なんか置かなければよかった。世界の顔としてオリンピックの組織員会の役員は日本にできる政治家がいない。森喜朗は失言ばっかりしていた支持の極めて低かった政治家なんですよ。国民の支持がなかったから,不透明な人選過程を通じて,東京オリンピック組織員会の会長として偉そうにしている。」

 「浅田さんが(団体戦に)出れば、3回転半をできる女性はいないから、成功すれば3位になれるかもとの淡い気持ちで出した。それで、見事にひっくり返ってしまった」

「森さんが要職に就けば,土建屋に利権を振りまくのはうまそうだから,成功すれば日本経済の成長になるかもと淡い気持ちで要職についているのを黙認した。それで,見事に五輪精神や選手の気持ちを踏みにじるような極めて醜悪な失言をして世界に恥をさらしてしまった。」

 「その傷が残っていたとすれば、ものすごくかわいそうな話。負けると分かっている団体戦に、浅田さんを出して恥をかかせることはなかった」

「過去の失言歴のことを考えれば,ものすごくかわしそうな話。失言して日本の恥を世界にさらすと分かっているのに,森さんを要職において恥をかかせることはなかった」

 「転んだ心の傷が残っているから、自分の本番の時には、何としても転んではいけないとの気持ちが強く出たのだと思いますね。勢いが強すぎて転んでしまいました」

「失言癖が残っているから,自分が目立つ場に立つ時は,何としてもリップサービスして失言しないという気持ちが強く出たのだと思いますね。その思いが強すぎて,取り返しのつかない失言をしてしまった。」

ただ,こんな発言をもろともしないのが浅田真央という選手だった。

私も生放送で見ていたが,まさに長野オリンピック銀メダリストのミシェル・クワンさんの発言にもあるとおり,浅田真央選手の演技は視聴者の心に響き涙を誘う忘れられない演技であった。

様々な気持ちが交差し,気持ちの整理すら難しい状況であろうと思われる中,浅田真央選手は,会場を,そして,視聴者を一体とするような素晴らしい演技を我々に見せてくれたのである。

浅田選手の演技は,日本人だけでなく,世界中の人々に感動を呼び,涙を誘ったようである。

ツイッターでも,浅田選手を絶賛する海外の人のつぶやきが多く,スポーツアスリートのパフォーマンスから生まれる感動というのは世界共通の価値観であることを改めて感じさせてくれた。

さらに,浅田選手の演技は,オリンピックがメダルの獲得数だけではないということを改めて教えてくれる演技であった。

世界中の選手が4年に一度の一瞬のために必死に過酷な練習をし,最大のパフォーマンスを発揮しようとする姿こそ感動を呼ぶのであって,その選手が最大の実力を発揮した後の表情には,メダルの有無にかかわらず,最大の賛辞が贈られるべきものであることを改めて気が付かせてくれた。

視聴者として,本当に素晴らしい演技を「ありがとう」と言いたい。

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02/11/2014

ジャーナリスト池上彰の凄さ(池上無双と言われる理由)

半年ぶりのブログ更新であったが、大変嬉しいことに、多くの人が土曜日に更新した「スカイマークの制服にみる日本企業のあり方」という記事を読んで下さったようである。

また、昨日のブログ記事、「ジャーナリスト池上彰から敵前逃亡をした新都知事の情けなさ」はライブドアニュースのポータルサイト、ブロゴス上でも1番人気の記事なったり、Facebookの「いいね!」の数がかなり多いなど大変人気を博しているようであり、多くの人の目にこの記事が触れたのは大変喜ばしい限りである。

他のメディアでも、池上彰さんの「池上無双」と称されるその様子は具体的に報じられ始めている。

そこで、今日は池上さんと舛添新知事やその他の人間とのやり取りをもう少し詳しく、具体的に紹介することで、いかに「池上無双」が凄かったかをもう少し詳しくお伝えしようと思う。

まずは、TOKYO MXでの舛添新都知事への質問の概要である。

(池上氏)

舛添さん。池上彰と申しますが、インタビューよろしいですか。

(舛添氏)

はい。どうぞ。

(池上氏)

あ、よろしいですか。今回はですね。舛添さん、過去には自民党を批判して離党されたわけですね。あるいは、除名処分を受けました。今回、自民党から支持を得て、まあ、もちろん他の方々からの支持もあって、当選ということいなりますけれども、そこである種の自民党に借りを作ってしまったということはありませんか

(舛添氏)

いやいやそういうレベルの話をもうするのはほとんど意味がないと思いますね。池上さん。つまりですね、政策を掲げて政策に賛成ですかと問うて賛成なんで、もう過去を見るより、先を見て投票どうするかを考える。自民党の皆さん方も、連合東京の皆さん方も、公明党の皆さん方も、その一点において力を合わせてやったからなんで、そりゃー、政治家ってのは、いろんな経歴がありますから、そんなこといちいちあげつらうような段階では、申し訳ないけども、もはやありません

このやり取りから、舛添氏が突かれたくない質問をされて、イライラしている気持ちがその回答ぶりに表れてしまっていることは明らかであろう。

しかしながら、この程度の質問は、事前に当然予想される程度の質問であって、池上氏の質問の仕方も、いわば、「素朴な疑問」をぶつけたに過ぎないが、そんな質問に対して、舛添氏は、のっけからイライラした感情を出してしまったのである。

候補者の「人となり」、つまり、「器の小ささ」や「政治家としての胆力のなさ」を当確直後に視聴者の目にさらした点において、池上氏のジャーナリストとしての凄さを感じずにはいられない

さらにインタビューは続く。

(池上氏)

なるほど。政治家にはそれぞれ色んな経歴、履歴があるというご発言でした。それで言いますと、例えば、エネルギー問題ですよね。原子力発電所に関して、舛添さんの先ほどのご発言、今のお立場、よくわかるんでありますが、過去のはですね。原発に関してはもう少し稼働又は原子力発電所をエネルギー源として活用していくというので、もう少し積極的な発言をされていたと思うのですが、今回、変わったのですか。

(舛添氏)

みなさんね。3・11福島の原子力発電所の事故の後、私だけでしょうか。変わったのは。圧倒的多数の日本国民があれにショックを受けたと思いますよ。ですから、皆が原子力エネルギーの専門家ではありません。だから、環境をどうするか、CO2の温暖化をどうするか、そういうことを総合的に考えて判断していましたけれども、しかしながら、ああいう事故を受けて、なんの感想もない。なんの意見も変わらないという方が私にとっては不思議なのであって、今あなたが言われたような質問もほとんど意味がないように思います。

(池上氏)

突然割り込んでしまって申し訳ありませんでした。

このやり取りでも、視聴者は舛添新都知事が普通に回答できず、イライラしながら、「ほとんど意味がない」などと無駄に攻撃的な回答をしていることに疑問を感じたはずである。

池上氏の質問は、特段、失礼であったり、攻撃的でもなかった。

にもかかわらず、普通に回答せず、イライラ感を全面に出したまま回答してしまう舛添新都知事の器量の無さを視聴者に見せつけた池上氏の質問は、ジャーナリストとしての真骨頂といっても過言ではないだろう。

しかし、まだまだ池上氏のジャーナリズム精神はこの程度では終わらない。

そこが、ダラダラと質問をするNHKの記者や、民放ニュースの司会者である宮根誠司や古館伊知郎、安藤優子などのとの違いである。

舛添氏の事務所からスタジオに戻った途端、池上氏は政治家とメディアとの駆け引きの内情を暴露するのである。

(池上氏)

舛添さん、インタビューはですね。実はかなり前からインタビューをお願いしますというところでですね。なぜか私もインタビューをするという予定の時は実は都合が付かないからということで、一度、MXテレビのインタビューをお断りになったんですね。で、改めて、風戸記者それから近藤キャスターが質問をしますと申し入れをしたら、今度はなぜか都合が付いたようでですね。インタビューに応じていただけるということでした。ですから、私は今回、途中から割り込んだという形になったのですが、何とかお答え頂けたということでした。

池上氏がこのような内幕をしっかり視聴者に伝えたことで、視聴者は、なぜ舛添氏が無駄に攻撃的な回答をしているのか一瞬にして「あー、なるほど」と分かったわけである

このやり取りを視聴者として目の当たりにすることで、私は、昨日のブログ記事にも書いたように、新都知事の「情けない」、「チキン」と評すべき言動を生の事実として捉えることができ、新都知事の当選直後の姿勢がいかに幼稚であるかを的確に把握することができた大変貴重な一言を池上氏は隠すことなく伝えたのである。

さらに、池上彰氏のジャーナリズムはここで終わらない。

次の標的となったのは、石原伸晃氏であった。

(池上氏)

今のインタビューの中で、舛添さんは都民の支持があるんだよというお話がありました。つまりは、勝てそうな候補だから舛添さんを選んだということなんじゃないですか。

(石原氏)

私どもは違う候補者を考えていたのですけれども、実はその方に断られてしまいまして。それでやはり政策的にどの方が一番我々に近いんでだろう。都議会の第一党ですから、候補者を立てないという選択肢はないわけです。そんな中で、舛添さんと都議会の皆さんが政策協定を結ぶことができました。(略)

池上氏が、石原伸晃氏に対して、「勝てそうな候補だから舛添さんを選んだのでは?」との問いをぶつけると、石原氏は思わず、「別の候補者を考えていましたが断られました。」と発言してしまった。つまり、舛添氏という勝ち馬に乗ろうとしたことを自民党都連幹部に認めさせたのである。

さらに、池上氏は、不用意な石原伸晃氏の「都の防災対策はガタガタ」という発言を見落とすことなく、その真意を追及した。

(池上氏)

今、石原さん、記者のインタビューに答えて、東京は防災対策がガタガタだとおっしゃいました。これまで自民党がずっと推薦してきた知事が東京都知事だったわけですよね。にもかかわらず、防災対策がガタガタということになりますと、過去の取り組みをかなり否定する発言になると思うのですがいかがですか。

(石原氏)

そういうことではなくて、やはり想定外の震災というものを私たちは3年前に体験しました。想定内の中では着実に防災対策を取り組んできましたけども、それよりも想定されないものが起こった時にも耐えうるものを作っていかなければならない。舛添候補がずっと言ってまいりましたが、やはり、火事が死傷者の最大の要因になる。しかし残念ながらそこの部分は、財産権の問題で、多くの方々が木造密集地、道路も本当に消防車も入ってくれないようなところに住んでいらっしゃる。こういう人たちにも万全の対策を取っていかなければ、大きな大きな災害になってしまう。(略)

石原氏の回答は、何ら、自民党が支援してきた知事が震災前も、震災後もずっと都知事であったにもかかわらず、「ガタガタ」と発言したことに対する答えにはなっていない

不用意な発言をしてその場しのぎのために、3・11が「想定外」だったと述べ、切り抜けようとしているが、そもそも、住宅密集地の問題は、「想定外」の地震に特有のものではない。阪神淡路大震災の時からずっと指摘されてきた問題である。

つまり、伸晃氏は、この鋭い指摘に、その場しのぎの詭弁ともいうべき内容でしか反論できなかったのである。

「ガタガタな防災対策」しかしてこなかった自民党が、何の反省もなく、無責任に「想定外」の震災のせいにしている姿を露呈させたのは、池上無双と称させる池上彰氏ならではのジャーナリズムスキルであろう。

池上氏の伝説はここでも終わらない。

ゲストで出演した松沢成文氏からもなかなか聞けない発言を引き出した。

(池上氏)

それにしましても、石原さんから出てくれと言われたから、じゃー出ようといったのに、石原さんご本人から、俺が出ると言われると、なんか梯子を外されたようなもんですよね。

(松沢氏)

まあ、でも、政治の世界はこうゆうことがあるもので、騙すほうも悪いけど、騙されるほうも悪いんですよね

(池上氏)

騙されたんですか。

(松沢氏)

まあ、そういうことになったと思います。(以下、略)

このように、鋭い質問でありながら、まろやかな口振りで、相手が安心して本音を言わせてしまうのは、やはり、池上彰さんならではのジャーナリストスキルである。

また、細川元総理を支持していた円より子氏に対しても、「都知事選挙を脱原発に利用して違和感と指摘する声もあったがどう思うか」と問いただすと、円氏はその質問にまともには答えようとすらせずに、違和感はなかったと言わんばかりに必死に反論していたが、その姿は視聴者に、「真摯に批判的な声に耳を傾けることのできない、プライドの高い、融通のきかないおばさん」との印象を与えたのではなかろうか

どの陣営に対しても、「批判的な声があることに対してどう思うか」という素朴な疑問をぶつけ、それに対する回答の仕方から、「政治家の力量」、「人となり」という生の事実を視聴者に見せてくれる池上彰さんの質問は、まさにジャーナリストというべき姿勢なのであって、選挙特番における池上氏は本当の意味でのジャーナリストが減っている日本の現状において、大変貴重な存在であると感じた。

そして、この番組の後、池上彰さんはTOKYO MXからテレビ東京に移動し、そのテレビ東京の冒頭で、昨日のブログ記事のような新都知事の敵前逃亡が報告されるのである。

ちなみに、この番組に出ていた石破氏は、のらりくらりと池上氏の切り込みを上手にかわしており、個人的にはあのしゃべり方などは好きではないが、それは別として、この点において、石破幹事長には、政治家としての安定感を感じた。

残念ながら、テレビ東京は、その報告のやりとりは、オン・デマンドで放送されているシーンからは削除されてしまっているため、ネットではそのやりとりを見ることはもうできない。

また、TOKYO MXも、昨日の夕方頃までは、この話題の選挙報道番組をYoutubeの公式チャンネルで公開中であったが、現在は残念ながら非公開になってしまったようである。

上記の池上氏と政治家とのやり取りについては、見逃した方も多いことを考慮し、かなり忠実に再現したつもりである。

今後も、選挙特番の度に、池上無双伝説が新たな1ページを刻み続けることを期待してやまない

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