日記・コラム・つぶやき

11/06/2009

思想の自由市場に寄与できるか

今日の訪問者数ですが、いつもより多くなっています。

これには理由があります。問題発言や問題のある動画を掲載して、このブログが炎上しているわけではありません。

株式会社ライブドアと本ブログとの間で、ブログ記事を株式会社ライブドアの「Livedoorニュース ― BLOGOS」というコーナーに掲載する旨の合意をし、今日掲載が開始されたためです。

ライブドア社さんから、既存のメディアによる一方的な報道だけでなく、様々な観点から情報を発信しているブログを統合し、メディアリタラシーを高めるような情報サイトの立ち上げを企画しているため、そこにブログ記事を掲載させてほしいという話があり、今回の掲載が開始されました。

私はこの「Livedoorニュース―BLOGOS」というサイトの試みは非常に面白いと思っています。

その目的として、同サイトには、「『BLOGOS』は、ブロガーの裾野を広げ、ネットメディアがマスメディアに対抗しうる存在になるための土壌づくりを目指しています。」という記載があるのですが、私自身もこのブログでの私見発信により、既存のメディアの情報だけが鵜呑みのされる時代からの変革に少しでも寄与できればと思い共感しました。

実際、同サイトには、政治家や学者、ジャーナリストから一般人と様々な方のブログを集めており、当然、様々な「色」も混在しています。

そういう様々な「色」のある情報が集まったサイトにおいて、自分自身がどう考えるかを構築していくというのは非常に重要なことのように思います。

私はかねており言っていますが、アメリカの大学の学生は、自分の信じる意見をしっかりと発信します。もちろん、おかしな意見や無謀な意見、教授に食ってかかる学生すらいます。

しかし、そこには、学生と教授の間の共通認識として、思想の自由市場というべき価値が存在します。

つまり、おかしな見解は論破されたり賛同を得られずに消えていくのに対し、良質の意見はそこに残っていくという発想です。

そして何が良質かを判断するのが他でもない情報の受信者ということになります。

しかしながら、従来の日本ではそういった教育は残念ながら実践されてこなかったように思います。

義務教育段階でも、学生に対し意見を求めるという教育ではなく、一方的に知識を講義により覚えさせる事ばかりに集中してきました。

センター試験というマークシート方式の試験方法により、思考をめぐらして答えを「考えさせる」のではなく、「答えを探す」という弊害が生じているという指摘をノーベル物理学賞を受賞した益川教授が以前指摘していたことは記憶に新しいと思います。

また、大学でも、講義中心の授業や講義ノートを吐き出せば単にを取得できるといった状況にある中、なかなか日本人の一般人がこの思想の自由市場を実践する場というのは限られていたのではないでしょうか。

今回こうしたサイトをライブドア社が立ち上げたことは、思想の自由市場という表現の自由の根本的な発想に寄与する試みかもしれません。

さて、このブログも今までは、好き勝手なことを思いついたままに書いてきましたが(その都度それなりの注意は払ってきたつもりですが・・・)、ライブドア社という巨大なポータルサイトで掲載されるということは、必然的に、訪問者も増えるでしょうし、私見に接する人も増えることになります。

つまり、このブログも、ライブドアというポータルサイトを背景に、その影響力が少なからず増大することになるでしょう(影響を受けていただけるほど、良質な情報を発信しているかは解りませんが・・・)。

もちろん、このブログはあくまで私が片手間に書いているもので、職業としてジャーナリズムの道にいるわけではありません。

とすれば、それとの対比において職業倫理上の責任はありませんが、今まで以上に巨大ネットメディアを背景に情報を発信する以上、自分の発信する私見に対し、その社会的責任は今までよりも増大することになると考えています(もっとも、法的責任は今までと変わらないと思います)。

他方で、社会的責任の重さから萎縮し、巷に溢れているようなそれ相応の批評しかできないとすれば、このブログの社会的価値は失われることになります。

そこで、筆者としましては、今回のライブドア社による掲載開始という機会に、情報を発信することの責任の重さを改めて認識するとともに、今後もより一層、適正かつ有益な言論活動を実践することで、我が国における思想の自由市場に少しでも寄与できるよう努力していきたいと思います。

従来からの読者の皆様におかれましては、今後も変わらぬご支援をいただければと思います。

なお、本ブログ上のコメント、トラックバックについては、従来と同様に、公序良俗、秩序維持の観点から、不適切と判断したもの等については、公開せずに削除しますので、御理解のほどよろしくお願い致します。

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08/09/2009

一人の我がままが他者の生命・身体を脅かす瞬間その2

最近更新が非常に少なく、読者の皆様には期待外れなことになっていますね。本当に申し訳ないです。

言い訳ですが、夏バテおよび最近非常に忙しい状態で、ツイッターでつぶやくことはできても、ブログでしっかりと文章を考えて、論理的な文章を書くのが少し面倒になってしまい、ついつい更新を先延ばしにしてしまっています・・・。wobbly

さて、前回の空港機内のマナーの悪さ(違法行為)について、今回も私の目撃した悪質事例を紹介します。

航空法は以下のような規定を置いています。

(安全阻害行為等の禁止等)
第七十三条の三  航空機内にある者は、当該航空機の安全を害し、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産に危害を及ぼし、当該航空機内の秩序を乱し、又は当該航空機内の規律に違反する行為(以下「安全阻害行為等」という。)をしてはならない。

第七十三条の四  機長は、航空機内にある者が、離陸のため当該航空機のすべての乗降口が閉ざされた時から着陸の後降機のためこれらの乗降口のうちいずれかが開かれる時までに、安全阻害行為等をし、又はしようとしていると信ずるに足りる相当な理由があるときは、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために必要な限度で、その者に対し拘束その他安全阻害行為等を抑止するための措置(第五項の規定による命令を除く。)をとり、又はその者を降機させることができる。

 航空機内にある者は、機長の要請又は承認に基づき、機長が第一項の措置をとることに対し必要な援助を行うことができる。

 機長は、航空機内にある者が、安全阻害行為等のうち、乗降口又は非常口の扉の開閉装置を正当な理由なく操作する行為、便所において喫煙する行為、航空機に乗り組んでその職務を行う者の職務の執行を妨げる行為その他の行為であつて、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために特に禁止すべき行為として国土交通省令で定めるものをしたときは、その者に対し、国土交通省令で定めるところにより、当該行為を反復し、又は継続してはならない旨の命令をすることができる。

つまり、機内での離着陸時の電波を発する機械の利用、および、機内で携帯電話の電源を入れる行為は、航空法73条の3の定める「安全阻害行為」として禁止されます。

そして、73条の4第5項で、機長命令が発せられた場合、これに違反すると、罰金刑(50万円以下)に処せられます(航空法150条5の3号 )。

このように法律で定められており、航空会社がしきりに呼びかけているにもかかわらず、自分のエゴで、これを守らない人が多いのは残念ですし、同乗者として安全を阻害されているわけですから、腹が立ちます。

機内での携帯電話の電源については、ついうっかり電源を切り忘れたという人もいるでしょう。こういう人まで責めるつもりはないのですが、私が目撃したのは、飛行機が着陸したとたんに携帯電話に電源を入れ、ぺちゃくちゃと話し出した若い(かつチャラい)男性の行為です。

この男はおそらく、「着陸したんだから電話かけてもいいだろ?落ちることないじゃん」程度の安易な発想で、利用していたのでしょうが、飛行機は着陸後、そのまま復路や別路線に利用されるわけで、着陸後、逐一丁寧な整備をしているわけではありません。

だとすると、器材に影響を与える可能性がある行為は当然辞めるべきです。仮に、携帯電話の電源をつけて、電話利用をした行為によって、計器に影響をきたし、航空事故につながった場合、安易な行為が大勢の命を危険にさらすわけです。

携帯電話と器材への影響についての因果関係は十分明らかではないという反論もあるでしょうが、可能性がある以上、やめるべきですし、航空会社が安全阻害行為として、利用を禁止しているのですから、遵守されるべきでしょう。

私の目撃したことでしかないですが、一部の航空会社では、この携帯電話の利用行為に対する対応が甘いところもあります。その若い男性は私のかなり前方にいたのですが、客室乗務員は気がついているのに、注意してなかったように思います。

他方で、私が以前利用した際、JALの客室乗務員の対応は毅然としていて、素晴らしかったです。携帯電話でメールをしていた男性に、機内で利用しないように注意したところ、男性が「今、送信が終わるので」とわけのわからない回答をしたところ、客室乗務員の方は、「安全を阻害する行為ですので、すぐに切らない場合は搭乗をお断りすることになります。」と毅然とした態度で言われていました。

男性もその迫力(?)に押されたのか、すぐに電源を切っていました。

こうした個々の客室乗務員が見逃さず、安全確保のために毅然とした対応をとることは、利用者の生命を守る上で非常に重要ですから、機内での会話行為という常識外れの行動を見逃すような一部航空会社には2度と利用したくないなと思ってしまうわけです。

また、一番責められるべきは、機内で会話した男性で、機内からでるのに遅くとも5分程度なのにもかかわらず、その5分を我慢できずに、禁止行為を行い、他人の生命を危険にさらしているのです。

「俺はもう機内から降りるから携帯使っても安全に影響ない」という自分勝手な判断により、のちにその飛行機を利用する乗客の生命を脅かしているとすれば、非常に自分勝手な判断ですし、決して許される行為ではありません。

携帯電話で注意されている人を見ると、どうして、その数分を我慢できないのだろうと私はいつも思います。

欧米では携帯電話の利用を一部解禁しているようですが、私は「そこまでして携帯電話を利用しないといけないの?」と思ってしまいます。

人間が機械を利用しているのではなく、機械に人間が利用されている典型例が、いつでも携帯電話を利用できないと困るといった携帯電話に対する依存症ではないでしょうか。

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08/05/2009

一人の我がままが他者の生命・身体を脅かす瞬間

最近、ブログが更新できていなくて、すみません。

先週末は、旅行に行っており、昨日帰ってきたんですが、今日は朝から、日頃全く縁のない力作業に従事したせいで、既に筋肉疲労が・・・。重いものを持ったせいか手のひらが火照って、熱いんですよね。

さて、ツイッターでもつぶやいたんですが、飛行機に乗って驚くべき光景を見ました。夏休み時期というのもあるのでしょうか。この時期の乗客はマナーが著しく悪い人目立ちます。

私は、かなり頻繁に飛行機を利用するのですが、このような悪質なケースに遭遇したのは未だかつてありませんでした。なので、それだけ衝撃的でした。

まず、持ち物検査のゲートで30歳後半から40歳前半の母親らしき女性がハサミ(たぶん化粧用か何か)を取り上げられそうになっていたんです。刃物は基本的に預けるというのが9・11テロ以降、極めて常識的ルールだと思うんですが、それができていないんですね。

良い歳の女性で、母親ですよ。こういう大人の非常識、ルール違反を子供が見ていると思うと恥ずかしくなります。

普通、航空係員から「ゲートから先に持ち込めません」と言われれば、常識的な人間は、「すいません。処分してください。」とか、「預けます。」とか言うはずです。

にもかかわらず、その母親は、ダダをこね出しました。

なんて言い張っていたかというと、「来る時は持ち込めました。」と執拗に係員に食い下がっているんです。

来る時は持ち込めたかどうかは何の基準でもないし、正当化理由ではありません。むしろ、たまたま来る際の空港係員が見落としていたのであって、テロを誘発しかねないミスといっても過言ではありません。

それを、後ろが列になっているにも関わらず、ごねているわけです。社会常識の欠如も甚だしい。

私は幸い、この非常識な方の1つ前にゲートを通りぬけたので、迷惑行為の被害には逢わなかったのですが、どうも見過ごせない非常識な行為で、関係はないのですが腹正しさを感じました。

この事例からもわかるんですが、日本人は、危機感がないんですね。航空係員も生易しすぎます。

もしかすると、読者の中には、化粧用のハサミぐらい良いじゃないと安易に考えたり、ゴネても良いと母親に同調する方も万が一いるかもしれません。

しかし、私の常識では、やはり、こういう危険物の持ち込みに対する甘さは許せないんです。

私は9・11テロがあった際に、アメリカにいたんですが、テロの3ヶ月後だったでしょうか、ワシントンDCからニューヨークを飛行機で往復しました。

DCのナショナル・レーガン空港を行きに利用した際は、全く問題なくゲートをすり抜けたのですが、復路で事件は起こったんです。

ニューヨーク市内に一番近い、ラガーディア空港でした。

手持ちバックの奥に、メガネのネジを締める小さなドライバー(全体で5センチもあるかないか)が入っていたらしいのです。

私もその存在に全然気づいておらず、セキュリティーゲートで突然止められ、屈強な白人の係員が、「I need to open your bag here(ここでバックを開けさせてください)」と言われ、指示に従いました。

開けている最中に、危険物の持ち込みがないか尋ねられ、「持っていない」と答えると、そのドライバーが出てきたわけです。

係員は、「What is this? You cannot bring it.(これは何ですか?これは持ち込めません。)」と言うので、眼鏡用のドライバーで入っているのに気がつかなかった旨を説明すると、係員は、すかさず、「You must put this into your luggage you give to your airline or you must give up your right of this property.(航空会社に預けた荷物に入れ直すか、この物の所有権を放棄しなさい。)」と言ってきました。

すると、突然、私の後方にいた、白人と黒人の二人の空港警備にあたっている兵士が大きなマシンガンを携え、私と係員の方に向かってきて、「What's going on? (何が起こっているのですか?)」と言うわけです。

そのマシンガンの威圧感はもちろん、プロですので、私が突然暴れ出して、逃げ出したりしないよう、行動範囲を制限できる立ち位置にたっているので、恐怖感すら覚えました。

もちろん、私はゴネもせずに、戻っている時間はなかったので、その場で所有権を放棄して、処分してもらったのですが、そのときの航空セキュリティーに対する意識の強さとある種の安心感は忘れられません。

つまり、確かに、マシンガンを持って近づいてくるわけですから、威圧感もあるのですが、これだけ熱心にセキュリティーを確保しようという姿勢も同時に感じることができ、テロ後ということもあって、飛行機に乗るうえで、テロに対する怖さはなくなりました。

テロ以前のアメリカのセキュリティーは現在の日本よりもちょっと緩い感じだったのですが、テロ以後は様変わりしました。日本のセキュリティーもテロ後は厳しくなったのですが、それでも、まだまだ生易しいです。

現在でも、アメリカの主要空港には兵士によるセキュリティーを実施いている場所もありますし、係員の態度も日本に比べ厳しく、乗客に要求します。

日本の係員は丁寧ですし、優しいですから、それに付け込んだ非常識な客が理不尽な要求をして、ゴネるわけですね。仮に、この女性がアメリカの空港係員の対応を前にして、同じ行動をとっていたかは疑問です。

その後、その母親と係員がどういう結論に至ったかはわかりません。ただ、係員の方は他の係員と協議た上で、それでも持ち込みが認められない旨を丁寧に説明していたところは見ました。

仮に、万が一、航空係員が見落としていたり、空港係員が折れて持ち込みを黙認していたとすれば、それは他の乗客の生命、身体に対する甚大な脅威になるでしょう。

この乗客の女性にとっては、数百円から数千円程度の価値のあるお気に入りのハサミを失う程度ですが、これが何らかの形で、ハイジャックや航空機テロに利用される可能性は依然残るわけですから、他の乗客の生命と身体の安全という具体的保護利益に比して、どちらが優先されるべきかは明白です。

こういう非常識な人間にだけはなりたくないものです。

皆さんも、もし母親と同じ行動をするかもと思った方が万が一いらっしゃったら、比較考量をして常識的な判断をしてほしいと思います。

また、私個人は、空港係員は乗客を怒らせてもよいので、もっと厳格な態度で臨むべきだし、常識的なルールを守れない乗客には厳格な態度で搭乗拒否をすべきだと思います。

私は、優しい姿勢が、乗客をつけあがらせるだけでなく、テロという大事件につながるという危機感が空港係員およびその教育姿勢にも必要だと強く思うわけです。

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07/29/2009

ブログの累計訪問者数が4万人を超えました!

気が付いたらココログでの累計訪問者が4万人を超えていました!

4万人にカウントされた方、おめでとうございます!といっても、何の賞品もないのですが・・・

8月31日で、ブログ開始約1年が経過するのですが、以前のYahooブログの訪問者(現在4230人)を合わせると、数日後には、45,000人を超えそうですね。

ブログ1年で、どれくらいの訪問者数があるが一般的なのか解りませんが、繰り返しこのブログを見てくださっている方、いつも有難うございます。

毎日質の良い記事を書くのは難しいので、結構適当なことを書いてしまっているときもあるのですが、楽しんでいただければと思います。

なお、少し気軽な雰囲気で、英国・米国メディアが注目している情報を更新するツールとして、Twitterを利用しています。

http://twitter.com/ESQ_JPN

サイドバーに表示されるようになっていますが、興味のある方は、こちらの方も確認してみてください。

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07/26/2009

気軽なブログ?トゥイッターに挑戦。

トゥイッター(Twitter)というのを始めて見ました。

https://twitter.com/ESQ_JPN

なぜ始めたかというと、私が多才な方だと尊敬している公認会計士の山田真哉先生が、これを始めたということを先日ブログでおっしゃていたので、どんなものかと思い実験的に始めてみました。

なかなか面白くて、携帯からも投稿できるようで、ブログだとすぐに情報にして更新できないことが多いので、こちらも使ってみます。

このブログの右サイドバーにも表示されるように設定したので、見てみてください。

おそらく、ブログは真面目な評論や長い紹介記事であくまでもメインの情報発信媒体で、Twitterの方は、ブログ記事を書く上で、私が興味を持った情報について、短くかつ迅速に発する媒体になるのではないかと思っています。

ただ、使い方がよくわかってないので、どうなることやら・・・

興味がある方は、私のTwitter上でのつぶやきを読んでみてください。

ところで、Twitterにも書いたのですが、スーザン・ボイル(Susan Boyle)さんがアメリカNBCの番組に出演したところ、憧れのミュージカル女優、エレイン・ペイジ(Elain Paige)さんが突然登場するサプライズがありました。

ボイルさんは感激のあまり、言葉を失っていました。

自分の憧れの有名人に、数か月の間で対談できるほど成功するなんて、なかなか経験できないことですよね。

また、番組では、ボイルさんの憧れのアイドルだったミュージカル俳優で歌手のドニー・オズモンド(Donny Osmond)さんからもサプライズ・メッセージをもらい、ボイルさんは終始驚いた様子です。

ちなみに、ドニー・オズモンドさんは、ジョゼフ・アンド・アメイジングテクニカラーコートの主役を演じており、有名なミュージカル俳優です。

このミュージカルに興味がある方のために、以下にアマゾンで紹介されているDVDページのリンクを掲載しておきます。

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07/07/2009

モニターに初参加!?

最近忙しいので、軽いネタです(随時、最高裁裁判官の評価をアップしていければと思うのですが、忙しくてなかなか進みませんbearing)。

「ウー(?)、ダノン(Danone)」というCMとヨーグルトでおなじみのダノン社から新発売される『DANONE BODY-ism Calcium Works』という飲み物のモニターに参加したので、今日はその感想を紹介する。

商品はこんな感じで、スポーツ飲料のようにも見える。

Danon01

毎日新聞6月12日付朝刊によれば、女性の99%がカルシウム不足という数字が出ているので、興味のある人は多いかもしれない。

Danon02

Danon03

肝心の味だが、カロリーゼロということもあり、甘さが一切ない。レモンの風味があるものの、清涼飲料のようなレモンの甘味とは異なる。

したがって、甘党の人があえて好んで飲むというものではないかもしれない。

一言で例えるなら、「甘さのないレモン水」といった感じで、健康のために(カルシウム不足を補うために)飲むというのであれば飲めないことはないと思う。

正直なところ、一般受けする飲料水を目指すのであれば、もう少し甘さを出さないと難しいかもしれない。

カロリーゼロという響きも、飲料水としての「おいしさ」があって初めてカロリーゼロが生きるので、もう少し改良した方がヒット商品になるのではないだろうかと私は思う。

ただ、ダノンのこうしたモニターブロガーを募集してPRをしようというのはなかなか面白い試みだと思う。

ところで、冒頭にも書いたダノン社のCMの言葉であるが、「うー、ダノン」なのか、「うーん、ダノン」なのか、はたまた、「ノンダノン(飲んだとかけているという説)」なのかというのが我が家で話題になったことがある。

おそらく、一番最初の言葉だと思うのだが、人によっては、最後のように「ノンダノン(飲んだとかけている)」という空耳が聞こえるというのは面白い。

コネタマ参加中: 『DANONE BODY-ism Calcium Works』モニターキャンペーンスタート

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06/01/2009

ボイルさん現象を分析する(コメントへの返信)

とても面白いコメントをいただいたので、返信の形ではなく、記事の形でそのコメントに対する私の見解を紹介しようと思います。

個人的にはコメントの内容に賛同できないのですが、このコメントは、今回のスーザン・ボイルさんの人気現象を分析することを通じて、アメリカ社会の本質や日本社会について考える上でとても良い材料となると思い、こうした形をとらせてもらいます。

以下のコメントは、「どんどん注目を浴びるスーザン・ボイル(Susan Boyle)」という記事に寄せられたコメントです。

>日本も、早く物欲主義がら抜け出せて、一般の人に>埋もれているこういう>才能が発掘されるチャンスが
>ある世の中になってほしいものですし

そうでしょうか?
根底に偏見が根強い国、人ほど彼女を評価すると思います。
私に偏見がなかったせいか、彼女の歌、ギャップで感動することはなかったですね。私の周りもそうです。
彼女はとてもうまいし素敵です。ただ普通にプロ並にうまい。スーザンさんほど上手に歌う人はプロにたくさんいるため、これほどの話題になるのはやはり偏見からではないでしょうか。
そういう意味では日本であまり話題にならないのは、ある意味、偏見のなさもあるかもよ

以下、私の見解とコメントに対する回答です。

Teraさん

はじめまして。コメント有難うございます。

>根底に偏見が根強い国、人ほど彼女を評価すると思います。
>私に偏見がなかったせいか、彼女の歌、ギャップで感動することはなかったです
>ね。私の周りもそうです。

確かに、一面においては、彼女の見た目が普通の人なのに、すごい歌を歌うという点で偏見があり、それとのギャップで感動ということはあるでしょう。

しかし、私は以前からこのブログで指摘していますし、他のコメントしてくれる方もそうですが、ボイルさんの歌声は、技術では測れない何か不思議な魅力があると思っています。

私は音大こそ出ていませんが、アメリカの大学で2年間、オペラ歌手の先生からボーカルスタディーを受けていました。なので、歌の技術という点では、多少うるさいと自認しているのですが(自分が声楽が上手いかどうかは別として・・・)、ブログでも指摘していますが、彼女の歌の技術はやはりアマチュアです。ただ、プロにはないまた普通のアマチュアにもない不思議な魅力のある声だと思うのです。

私は彼女の歌声を何度も聞いていますが、目を閉じて聴覚を研ぎ澄ませ、その歌声に集中すると、より彼女の不思議な声の魅力が鮮明になると思います。これは、彼女のもともとの素質、生まれ持った才能としての声の良さではないかと考えていますが、人に癒しを与える不思議な魅力ある声だと思います。

>彼女はとてもうまいし素敵です。ただ普通にプロ並にうまい。スーザンさんほど
>上手に歌う人はプロにたくさんいるため、これほどの話題になるのはやはり偏見
>からではないでしょうか。

私は、彼女が話題になるのは偏見からでは無いと思います。

おそらく、貴殿の言われる偏見というのを定義するならば、「その辺のオバサンなんかに人を感動させる歌なんて歌えない」とか、「小太りのおばさんが世界の注目を集めているから話題性がある」とかいう意味で偏見があるということなのでないかと思います。

ただ、彼女の話題性の原動力は、偏見ではなく、彼女の不思議な魅力ある声はもちろん、インターネットによる原動力と特にサクセスストーリーを好む世論にあるのだと私は思います。

つまり、既存主要メディア(特に、アメリカ)が取り上げるのは、

①インターネット(Youtube)で、過去6番目に再生回数が多いと言うほど注目を浴びていること、

②アメリカではYoutubeが選挙戦にも影響を与えるほどの強いメディア媒体になっていること、

③そして、アメリカンドリームの精神が根強く残っていること

以上3点が理由であると分析しています。

①②については、そのまま御理解いたただけると思うのですが、③については多少補足します。

アメリカという国の本質は、フロンティア精神(開拓精神)です。つまり、このフロンティア精神の本質は一攫千金を狙うハングリーさという要素があります。そして、アメリカンドリームはまさにフロンティア精神そのものだと言えます。

このアメリカンドリーム(またはフロンティア精神)は、アメリカ社会において、最も重要な価値であり、アメリカ合衆国の統一はこれによって、支えられていると言っても過言ではありません。

御存じのように、アメリカは他の国に類を見ないほどの人種、異文化のるつぼです。

これは世界中広しといえどもアメリカ以外にこれほど多様な人種が国民を構成している国家はありません。とすれば、アメリカには様々な異文化、異民族が混在しているのであり、常に衝突しうる状態であるともいえます。

そこで、これを1つの国家として、秩序維持するには、多様な文化が混在する国民に1つの価値を提供して統一を図る必要があります。それが、まさに、フロンティア精神の継承であり、アメリカンドリームという価値そのものです。

アメリカの1セント硬貨には、「e pluribus unum」という言葉があります。これは、ラテン語で、「多くから作られた一つ」とう意味で、さかのぼるとこ、1776年のアメリカ独立宣言が発表された時に、起草委員会のベンジャミン・フランクリン、ジョンアダムス、トマス・ジェファーソンにより考案されたといわれています。この「多くから作られた1つ」を統一する価値が現在でいう、「アメリカンドリーム」、すなわち、「フロンティア精神」という価値だと考えています。

(蛇足ですが、類似する異民族国家、中国が、中華思想や共産主義思想という価値で国の統一を図っているのと同じようなものだと考えるとより分かりやすいかも知れません。)

アメリカンドリームの例を挙げると、アメリカ国民の皆に愛される大統領、リンカーンは開拓時代の丸太小屋の中で生まれ、両親は開拓者の子孫の農民だったので、それほど恵まれた子供時代ではありませんでした。しかし、若いころから家を離れ、その後、いくつかの失敗を繰り返した後に、弁護士、政治家と成功していくわけですが、財のないところから成功していく姿はまさにアメリカンドリームです。

現代でいえば、引きこもりのように内気で、友人にはオタク扱いされ、馬鹿にされた少年時代を過ごしたスティーブン・スピルバーグが、今や世界的な映画監督になって成功するとか、同じように、コンピューターオタク扱いされていたビル・ゲイツが自分の才能だけで成功するとか、そういう普通の人が一攫千金するのがアメリカのフロンティア精神の体現であり、アメリカンドリームそのものといえます。

テレビ番組で、億万長者ドナルド・トランプ氏が司会をする一攫千金番組)「アプレンティス(The Apprentice)」が人気なのもこのアメリカンドリームという価値に合致しているためかもしれません。

私は、今回のアメリカでの熱狂的なボイルさんへの陶酔も、このアメリカンドリームの体現そのものとして、アメリカ国民に受け入れられていることに起因していると私は分析しています。

すなわち、ボイルさんという48年間誰にも注目されない普通の人が、隠れた歌声という才能を公衆の前で開花させ、成功していく姿はまさにアメリカンドリームそのものとして、アメリカ国民に共感されているのではないでしょうか。

したがって、偏見がどうのこうのというレベルの話ではないと私は考えています。

>そういう意味では日本であまり話題にならないのは、ある意味、偏見のなさもあ
>るかもよ。

日本で話題になっていないといえるのかは疑問です。

私の認識としては、かなり話題にはなっていると思っています。今日もフジテレビの「とくダネ」では番組のトップ扱いで、時間を割いて取り上げていたようですし、読売新聞の朝刊でも大きく取り上げられていました。

また、このブログは通常50人も閲覧に来れば良いくらいのものでしたが、この話題を取り上げるたびに、1000人、2000人の閲覧者が記録され、私にとっては異常な訪問者数を記録しました。また、アクセスログからわかるのですが、多くのメディア関係者の方もこのブログを参照してくださっているようです。そういう意味で、日本社会のボイルさんに対する関心はかなり高いと言っていいでしょう。

ただ、確かに、アメリカの熱狂ぶりや現地イギリスでの盛り上がりと比べると、話題性は低いかもしれません。

しかし、その話題性が低いというのは、相対的な話ですし、日本でも多くの人が彼女の歌声の不思議な魅力に感動したのではないでしょうか。

また、盛り上がりがイギリスやアメリカと違うのは、言語の壁も大きいでしょう。多くの日本人がこの情報に接しようとしても、英語という壁があるので、得られる情報が限られています。英語が苦手な人は特に情報を得るのに苦労するはずです。

そして、仮に、貴殿の偏見度の国別の違いにより、ボイルさんの取り上げ方が違うという見解に乗るとしても、これをもって、我が国の偏見が少ないという帰結になるには論理の飛躍があります。

私からすれば、日本は偏見に満ち溢れた社会と言っても過言ではありません。

例えば、刑事事件では、「犯人=容疑者=被告」という偏見をもった取り上げられ方です。松本サリン事件の教訓を一切活かしていません。裁判員制度が始まりますが、どれだけの人が「疑わしきは被告人の利益に」という原則を本当に理解できているか疑問です。

小沢一郎氏の秘書逮捕の報道もそうですが、検察が流す情報はいつも正しいという認識(偏見)がマスメディア、その受け手である国民にあり、情報操作されていることすら気が付いていない人も多いはずです。

また、身近なところの話でいうと、私のイギリス人の(現在はロンドンに在住)友人が日本に住んでいた時の話ですが、店などに行くと、他の客がその友人は英語しか話せないと思い、日本語で外国人の悪口(白人はすべてアメリカ人と思いこんでいるのか、彼をアメリカ人だと思って悪口を言っていたそうです)をおもむろに話し出し、非常に気分を害することになったという経験を何度もしていると言っていました。

不幸なことにその友人は日本語が堪能なので、すべて悪口を理解できたそうです。そういう経験がかなり頻繁にあったと聞きますし、そういう経験をした外国人の友人はかなり多くいます。

学歴や経歴に対する偏見もそうです。近年はだいぶ緩和されましたが、未だに学歴に対する偏見は根強くあります。

これまた私の友人の話ですが、京大出身で、官僚なのですが、やはり根強く東大の学閥があり、こんなことでは優秀な人材が辞めてしまうと嘆いていました。現に、法曹界もそうですが、学閥は根強くあります。最高裁の判事の経歴や大手法律事務所のパートナーの学歴を見れば、東大出身者で多く占められています(決して、東大出身者が多いのが悪いというわけではありません)。それには少なからず、採用段階等で、東大卒の方が他大より優秀だろうという偏見が存在すると思います(それが良いか悪いかは別の話です)。

経歴もそうです。「医者、弁護士、商社勤務=収入が高い」という偏見があるでしょうし、企業や公官庁内部でも、「Aさんは、○○に飛ばされた経験があるだ。」とか「Bさん、可哀そうに△△課に行くなんて、出世コースから外れたね」、なんていう話をよく耳にすることがあるのではないでしょうか。つまり、左遷組だという偏見があるわけです。

関西に行けば、未だに部落差別が存在します。例えば、京都の九条あたりには、スラムのような地域があり、部落差別の温床となってきました。未だに、その地域出身の人が就職したり、結婚する際には、どこからともなくその人が部落出身者であることを伝える情報が周り、邪魔をされるということが現に行われています。私もその地域を訪れたことがありますが、なんとも言えない雑然としたスラムの雰囲気があり、それが偏見の温床になっているのだなと感じた思い出があります。

数を挙げればきりがないですが、日本だって偏見社会と言ってもいいかもしれません。偏見があるかどうかは国によって違いはないでしょう。どのような国に言っても偏見はありますし、その度合いも基本的には変わりありません。なぜなら、偏見は先入観から生じるものだからです。人間である以上、先入観を捨て去るのは容易なことではありません。

唯一の違いは、その偏見についてオープンに語る文化があるか、そうでないかの違いだと私は思います。

以上、とても長くなりましたが、①ボイルさん現象に偏見は関係ないということ、②偏見が日本にはないというのは間違いだというのが、私の見解です。

この反駁を通して、アメリカ社会の本質や日本社会の偏見の在り方などについて、読者の興味関心が喚起できれば幸いです。

48歳の英歌姫、優勝逃す=でも前途は洋々?
5月31日21時8分配信 時事通信

【ロンドン31日AFP=時事】英オーディション番組で地味な外見に似合わぬ美声を披露し、一躍有名になったスコットランド人女性スーザン・ボイルさん(48)が30日、番組の決勝戦に出場したものの、優勝を逃し2位に終わった。
 優勝候補に挙げられていたボイルさんは、先ごろ行われた準決勝でミュージカル「キャッツ」の「メモリー」を歌ったが、ときどき調子を外すなどやや不安定な歌いぶりで、精神的プレッシャーに苦しんでいるとの見方が出ていた。また英メディアによると、滞在していたロンドン市内のホテルでかんしゃくを起こし、警察が介入する騒ぎもあったという。
 生放送で行われた決勝戦では、4月に初登場した時と同じミュージカル「レ・ミゼラブル」の「夢やぶれて」を熱唱し、改めて審査員や聴衆から喝采を浴びた。だが、100万人を超える視聴者の投票の結果、優勝し賞金10万ポンド(約1500万円)とエリザベス女王の前で演技する機会を手に入れたのは、10人組の若いダンサーグループだった。
 「最も優秀な人々が勝ったのであり、彼らの成功を祈っている」と勝者をたたえたボイルさんだが、複数のメディアは31日、世界的となった知名度を生かせばボイルさんは来年大金を手にできるかもしれないと伝えた。ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙によれば、アルバム制作などのプランが進行中とされる。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090531-00000074-jij-ent

この記事にも一言。ホテルでかんしゃくを起こしたと書いていますが不正確です。BCCなどの報道では、二人組のタブロイド紙の記者が滞在先のホテルに押し掛けてボイルさんを追い回し、挑発する発言浴びせたので、ボイルさんが怒りを顕わにし、その場にいた警察官が記者を追い出して、ボイルさんに事情を聴いたという話なのに、まるでボイルさんが理由なく精神的不安定になったかのような記事の書き方です。

時事通信はもう少し正確な記事を配信しなければ、今でさえ難しい経営はさらに難しくなるのではないでしょうか。

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02/01/2009

気合いを入れる曲

昨日は体調が優れませんでした。どうも金曜の夜や土曜日に疲れがドッと出てしまい、土曜日を無駄に過ごしてしまうことが最近多いです。

インフルエンザもはやっているようなので気を付けないといけません。

コネタマ参加中: 聴くと気合が入る曲を教えて!

ところで、ココログでは、こうやってブログのネタを提供してくれるサービスがあるようで、いつもはあまりこのブログに馴染むトピックが少ないのでほとんど利用していませんが、まさしく気合いを入れないといけないなと思っていたところにこのトピックがあったので、記事を書くことにしました。

昨日のように体調がすぐれないときに気合いを入れないといけない!という時、私が必ず聞く曲があります。

それは・・・・

カーリー・サイモンのLet The River Runです。知っているでしょうか?

映画ワーキングガールの主題歌として使われた曲で、この曲を聴くと、80年代のアメリカの良き時代を思い出します。

といっても、私がアメリカで生活していたのは、2000年からなので、80年代のアメリカを経験しているというわけではないんですが、当時はNYに行くたびに、この音楽が頭の中を駆け巡ることがありました。

アメリカのエネルギッシュさが伝わってくるリズムで、気合いを入れるのにはもってこいの曲です。

ただ、日本ではこの映画よりも、ドラマ「ホテル」の挿入歌としてもイメージが強いかもしれません。私個人は、やっぱりワーキングガールの曲だよ!と思うのですが・・・happy02

このアマゾンにあるアルバムの15番目の曲です。おそらくYoutubeでも視聴できるとおもうので、Let the River Runをぜひ一度聞いてみてください。

なお、もう1つ気合いを入れるのに良い曲があります。

それは、ミュージカル「Les Miserables」の曲で、「Do you hear the people sing?」と、「One Day More」という曲です。

アメリカの大学では、歌や楽器のレッスンを受けることができるのですが、その時に、歌のレッスンを受講していました。そこで、これらのミュージカル音楽を知ったのですが、とても迫力のある曲で気に入っています。

また、Les Miserables自体が革命時期のフランスを描いた作品で、人間のあり方などを考えさせられるVictor Hugoの傑作であるため、その世界観に引き込まれます。

余談ですが、その話の中に、法の順守を徹底しようとするJavertという捜査官(Inspector)が登場するのですが、ある意味、法の支配と法治主義の在り方を考えさせてくれるキャラクターで深い話だといつも思います。

上記2つの曲は以下のCDの収録されています。よければ聞いてみてください。歴代のミュージカルキャストで一番上手な人を選んで10周年の記念コンサートを1996年にやった時の曲です。このミュージカルができて、もう23年が経つんですね。

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01/15/2009

えぇ!? いったい何が?

昨日のブログアクセス数が、一日で1664人!Σ( ̄ロ ̄lll)

ヤフーのニュース記事でブログが関連ブログとして紹介されてもせいぜい1日100人の訪問者がいればいいとこ。

本当に驚きました。もしかして、小倉キャスターの記事を書いたから、どこか有名な掲示板にでもさらされたのかな?と思ったり。

すると、原因は、このブログサーバーのニフティーのトップページで「今日の注目ブログ」として紹介されたようです。

興味のある方は、http://guide.cocolog-nifty.com/ にある14日の注目ブログというところを探してみてください。

こういう紹介って一方的に何の通知もなくされるんですね。なにか通知があってから取り上げられるのだと思ってました。(゚ー゚)

多くの人に見てもらえる機会になったのは嬉しいです。今後も不定期にはなりますが、色々な視点で自分の考えなどを紹介できればと思います。

今回を機にこのブログに興味を持ってくれた方がいらしたら、よろしくお願いします。(=゚ω゚)ノ o(_ _)oペコッ

いつになく顔文字を使ってみました。

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12/29/2008

マクドナルドによるアクセス急増

またアクセス数が急増しているので、驚いたら、やはりヤフーニュースの関連ブログとして取り上げられたらしい。これを機にこのブログの記事に関心を持ってくれる人がいるとすれば、ありがたいことである。

このブログで様々な問題を取りあえげているが、その都度、関係者からのアクセスもあるので、記事の書きごたえもあるというものだ。

今回のアクセス数が増えたのは、やはりマクドナルドの記事にリンクが貼られたからというのが原因のようである。

そこで、マクドナルドに関する話をもう1つすることにする。

管理人のブログにケンタッキーのリンクがあることから、ある友人に、「マクドナルドは嫌いだから厳しいコメントを書いたのか?」とたずねられた。

全くもってそんなことはない。なので、今回は違う視点からもう少しこの問題について述べてみたい。

昔のマクドナルドは比較的評価してた。アメリカの本場のマクドナルドと違い、日本のマクドナルドのスタッフは、スマイル0円に代表されるようにスピーディーで、気さくな対応をしている。アメリカのファストフード店のスタッフの多くは、やる気がない、いかにも面倒くさいといった対応をし、ハンバーガー1つ買うにしても、長蛇の列になり、10分以上かかることもある。この違いは日本が世界に誇れるサービス力の代表例だと常々思ってきた。

また、積極的に高齢者のスタッフなども採用し、お婆さんのような方もてきぱきと仕事をしている姿を見たときは、元気づけられる瞬間でもあった。

しかし、そうした大勢のスタッフ個々の努力を踏みにじるような決断を経営者はしてしまったのではないか。

マクドナルドをはじめとする外食産業が厳しい状況にあるのはわかるが、利益追求の利益が短期の金銭的な利潤の追求になってしまい、企業として一番重要な意識であるコンプライアンス意識がおろそかになってしまっていると私は思う。

もちろん、接客をするスタッフや従業員は、給与もそんなに高くないのに一生懸命働いている。この労働意欲の高さは日本人特有のもので、誇るべきものだが、海外、特にアメリカなどにいけば、同じように安い給与であれば、一生懸命働く人の方が珍しい。

吉兆のおかみがのれんに胡坐をかいていたと反省しているように、マクドナルドの経営者は、従業員の労働意欲の高さに胡坐をかいているのではないだろうか。

賞味期限の偽造などは外食産業としてあってはならない根本的な間違いである。また、労働者に対する評価が低いから労働基準法違反の就業規則などを定め、時間外の未払いなどの問題が生じる。そして、話題性をとにかく作りたいとなりふり構わない姿勢で、サクラを用意する。

これでは、消費者はもちろん、会社の下で働いている従業員に対しても失礼極まりない行為だろう。株価が下落したのは市場によるまともな判断だと思う。すくなくともこの事態を機に取締役会は代表取締役の責任を問うべきだろうし、取締役会が機能しないのであれば、監査役が責任追及の訴えなどを提起するなど経営者の責任をあぶりだす自浄作用に期待したい。

それでもだめなら、株主による代表訴訟などで、責任を明らかにするということも考えるべきだろう。

特に今回を含め、一連の不祥事については、賛否あるかもしれないが、私は口に入るものを扱う企業だけに、より高い倫理感が要求されることになると思う。

消費者や市場関係者は、マクドナルドという企業がどのような自浄作用を働かせて、対処するのかしっかり注目する必要があるだろう。

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