東芝の粉飾決算疑惑に見る監査制度の闇
東芝をめぐる不適切な会計処理,いわゆる粉飾決算の問題が拡大しており,全く収束の気配を感じない。
日経新聞電子版の「東芝、不適切会計 根深く ほぼ全事業に疑念拡大」という記事が伝えるところ,ほぼ全事業にわたって,粉飾決算の疑いがもたれている。
記事によれば,次のとおり,内部通報により発覚したようである。
東芝は22日、不適切会計問題で第三者委員会が調査する範囲を発表した。すでに500億円の利益減額見込みを公表しているインフラ関連に加えて、テレビやパソコン、半導体という主力事業の大半が対象になる。仮に、利益の大半を稼ぐ屋台骨の半導体で問題が出てくれば、業績への影響は一気に膨らみかねない。全社的な管理体制のずさんさが浮き彫りになった形で、経営陣の責任問題に発展する可能性もある。
証券取引等監視委員会に届いた内部通報がきっかけで発覚した不適切会計を発表したのは4月3日。約1カ月半たって外部の専門家による本格調査がようやく始まるが、期間は示さなかった。「範囲が広がり、場合によっては深刻な事態に発展するかもしれない」と金融庁幹部は身構える。
「不適切な会計処理」という表現は,あまり大事ではない印象を受けるが,一般的に,「粉飾」と「不適切な会計処理」の違いは,故意の有無により区別しているようで,紙一重である。
そもそも,「粉飾決算」というのは法律用語ではない。会計用語や経済用語として頻繁に使われているが,「粉飾決算」という言葉の定義はあいまいである。
もっとも,会社の財務諸表の申告につき,虚偽のものを作成することは,会社法等の特別背任罪など複数の故意犯に該当することから,単なるミスの場合と区別して,故意が認められるケースにつき,「粉飾決算」という表現をしているようである。
いずれにしても,東芝の事案は,まだ全容がわかっていないものの,特別背任罪等を構成しうる事件に発展する可能性が囁かれているとおり,我が国の経済活動に与える影響は極めて大きいものになりつつある。
他方で,我が国の法規制及び執行状況は,経済犯,とりわけ,ホワイトカラークライムに対して,諸外国と比べると甘いと言わざるを得ない。
そこで,今回は,東芝の報道などを参考に,粉飾決算の問題点,つまり,会計監査制度のあり方について,私見を述べようと思う。
1.東芝の粉飾決算疑惑(不適切な会計処理)をめぐる状況
現在までに報じられている内容をみると,当初は,インフラ関連と呼ばれる,①原子力・火力発電などの「電力システム社」、②送配電システムなどの「社会インフラシステム社」、③ビル管理などの「コミュニティ・ソリューション社」の3つの事業の9件に不適切なものがあり,約500億円という説明であった。
上掲の記事によれば,「先行して調査したインフラ関連では、長期の工事で進捗度合いに応じて売上高や費用を見積もる『工事進行基準』と呼ぶ会計処理の運用がテーマだった。」とされているところ,この工事進行基準というのは,他の報道でも明らかなとおり,誤りやすい会計手法ということで,この基準の問題で終始するのであれば,当初の株価の暴落程度で済んでいたのかもしれない。
しかしながら,ここにきて,粉飾決算疑惑はさらに看過しがたいものとなっている。
先に報道によれば,第三者委員会は,調査対象を,ほぼ全事業としていることから,問題は,この工事進行基準という会計手法の解釈の問題ではなく,そもそも,同社の会計そのものに対する問題点があることを示唆している。
2.監査法人,新日本有限責任監査法人に関する報道と同法人の責任
東芝の会計監査人は,監査では最大手といわれる,Big4の1つである新日本有限責任監査法人である。監査法人を知りたければ,監査報告書を見れば明らかである。
同法人は英国のアーンスト・アンド・ヤング(Ernst & Young)と提携する監査法人であるところ,東芝はこの新日本有限責任監査法人から,現在に至るまでずっと東芝の財務諸表について,適正意見(リンク先資料35ページ)と呼ばれる以下の評価を受けてきているのである。
当監査法人は,上記計算書類及びその附属明細が,我が国において一般的に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して,当該計算書類及びその附属明細書に係る期間の財産及び損益の状況をすべての重要な点において適正に表示しているものと認める。
すなわち,一連の粉飾決算疑惑が生じている不適切な会計処理について,会計監査の最大手である新日本有限責任監査法人は,適正いう判断をし,少なくとも,疑義がもたれるような実態があることを見抜けなかったというのである(現時点では,情報が少なく,原因関係が明らかではないところ,監査法人が見抜けなかったとして,法的責任を負うか否かの検討は時期尚早であること,及び,監査法人自体が粉飾に関与していた可能性も排除できないことは付言しておく)。
同監査法人をめぐっては,いくつか報道がなされているところ,平成24年7月6日に,同監査法人は,オリンパス社の粉飾決算問題を理由に,金融庁から業務改善命令を受け,「当該改善命令を厳粛かつ真摯に受けとめ、より一層の監査品質の向上に、全法人を挙げて取り組む所存です」などと述べている。
こうした経緯を考えると,私は,東芝の不適切な会計処理を見抜けかなった会計監査人たる新日本有限責任監査法人の少なくとも倫理的,社会的責任は極めて重いのではないかと考えている(もっとも,法的責任を負うか否かは別途検討を要する)。
この点,ある記事では,「新日本さんの名誉のために言っておくと、1年前には、米国サウステキサスプロジェクト(STP)の減損処理を巡り東芝側と相当に激しいやり取りを行っていたことなどが報じられたこともあるのです。つまり、そうした報道内容からする限り、新日本の公認会計士さんたちは真摯な態度で任務を全うしようとしていたことが窺われるのです。」という意見もあるようであるが,私はこの見解には全く賛同できない。
おそらく,この記事のいう報道とは,週刊ダイヤモンドの電子版の記事について言及しているのであろう。
このダイヤモンドの記事の内容が正確であるとすれば,1年前に新日本有限責任監査法人は,東芝の関係処理について問題があるとの認識を持っていたというのであるから,そうであれば,適正意見など書くべきではなかったことは明らかである。
また,仮に真摯な態度で任務を全うしようとしていたのであれば,問題のある会計基準に固執するクライアントに対して,会計監査人を辞任することを持って迫るなど早期発見につながるの余地はいくらでもあったのではなかろうか。
むしろ,この週刊ダイヤモンドの報道が1年前にあったにもかかわらず,現時点まで,何ら会計監査人としての責務を果たすことなく,本件が「証券取引等監視委員会に届いた内部通報がきっかけで発覚」したことは,新日本有限責任監査法人が,市場の番人としての責務を何ら果たしていなかったことすら示唆するのではないかと私は考える。
マスメディアは,同監査法人について言及はしているが,同監査法人に対する厳しい報道はまだ聞こえてこない。
しかし,東芝の不適切な会計処理がここまで大規模な疑惑になっている今,会計監査人として,同社の会計処理を見てきたはずである監査法人の責任は厳しく問われる必要があるのではなかろうか。
3.会計監査人の一人は品質管理の責任者
さらに,私は,この東芝の問題について,懸念していることがある。
それは会計監査人についてである。四半期レビュー報告書によれば,以下の4名が業務執行社員として名を連ねている。
指定有限責任社員 業務執行社員 公認会計士 濱尾宏
指定有限責任社員 業務執行社員 公認会計士 石川達仁
指定有限責任社員 業務執行社員 公認会計士 吉田靖
指定有限責任社員 業務執行社員 公認会計士 谷渕将人
このうち,一番上の濱尾氏は,新日本有限責任監査法人の品質管理本部長を務めていた又は現在も務めているようである。
同姓同名の人が2人いるということは考えられなくはないが,おそらくその可能性は低いと思われるところ,本部長というのであるから,おそらく,同監査法人の品質管理の最高責任者なのであろう。そのような人物が監査に関与しておきながら,このような不適切な会計処理として,少なくとも500億円の指摘がなされていることは,看過しがたい事実ではなかろうか。
すなわち,品質管理を担当していた又はいるのであれば,当然,監査手法について問題がないか等を熟知していた立場であろうし,上記ダイヤモンドの記事が正しければ,そういった会計基準の問題についても,当然把握していたはずである。
かかる立場にある人間が,業務執行社員としてかかわっていたにもかかわらず,このような事態になっていることについては,通常人の合理的理解からは,何とも解せない不信感がわいてくると言っても過言ではない。
この点,一部ネット上では,東芝の監査担当者がJALと同じ面々だったなどという話もあるが,これは明らかな誤報ではなかろうかと思っている。
というのも,会計監査人が誰かは,監査報告書等を見れば明らかであるところ,JALのHPで公開されている過去の監査報告書を見ると,同じ新日本有限責任監査法人が破たん前に担当していたことはわかるが,業務執行社員として名前が記載されている公認会計士は,東芝のそれとは違う。
したがって,業務執行社員以外にJALの破たん前に監査を担当していた公認会計士が東芝の監査のチームの中にいる可能性は排除できないが,少なくとも,業務執行社員が同じだったということではないようである。
4.公認会計士,監査法人制度の問題点
既に,知られていることであるが,やはり企業から報酬を受けて,監査をするという制度自体が問題であると私も考えている。
というのも,ネットで調べた限りではあるのもの,東芝は,新日本有限責任監査法人にとって報酬額第6位のクライアントであり,同法人は約11億円の監査報酬をもらっているのである。
このようなビッククライアントであれば,監査報酬を失うことへの不安から,担当する業務執行社員(一般的にパートナーと言われる人々)が,及び腰になることは容易に想像できる。
欧米では,2011年以降,監査法人の順番制(ローテーション制)というのは議論されてきたが,我が国ではこのような整備が未だ十分とは言い難い。ローテーション制は限定的である。特に,ホワイトカラークライムに甘い我が国のことであるから,世界に先駆けてより厳しい制度の導入をする気概は期待できないが,やはり,職業倫理任せで何ら監査法人制度にメスをいれないのは,健全な市場を確保し,公正な経済活動を担保する上で,あまりに無責任ではなかろうか。
この東芝の事案を見る限り,私は,大会社等のみならずその範囲を拡大し、一定規模の会社について,より厳格な監査法人のローテーション制度や監査報酬の支払いに関する規制を見直し、監査法人が従属的なシャンシャン監査と決別できるような制度すぐにでも導入すべきであると考えている。
なぜならば,今回,問題をあぶりだした内部の特別調査委員会のメンバーには,別の監査法人のグループに属するデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社の築島委員がおり,同業他社の会計士がこの問題のあぶり出しに一役買っているといえるのではないだろうかと考えるためである。
ちなみに,第三者委員会の委員を見ても,山田委員は有限責任監査法人トーマツの経営会議メンバーを務めた人であり,同じく同業他社の会計士が問題の追及に関与しているのである。そして,調査補助者は引き続き,デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社が担当している。
以上の状況からすると,私は,この第三者委員会がどこまで追求できるかが今後の監査法人制度のあり方を示してくれるのではないかと期待している。
すなわち,東芝の事案のように,同業他社のような第三者の専門家が入り,疑惑を発見して原因追究をすることこそが,クライアントと監査法人のズブズブの関係を断ち切る上で極めて重要であるところ,ローテーション制度の厳格化や監査報酬規制の改革などを行えば,少なくとも,会計士が業界を挙げて一致団結してごまかそうとしない限り,別の視点で,会計士が企業の財務状況,会計処理状況を精査する機会が作られ,一定の緊張感をもって,会計士が職務に当たり,また,不適切会計の早期発見にもつながると考える。
粉飾決算というのは,投資家に対する詐欺である。さらに言えば,経済市場に対する背信であり,極めて重く処断される必要がある。
ホワイトカラークライムに対し,我が国はもっと問題意識を強くし,関係官庁は抜本的な改革をしなければ,日本企業に対する不信は増々増大し,我が国の経済にとって重大な危機をもたらすのではなかろうか。
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