安倍首相の芦部憲法を知らない発言で再燃する自民党改憲案の問題
今日はエイプリルフールだがまじめな話題を記事にしたい。
土曜日からツイッター上で、懐かしい名前が飛び交っている。
それは、憲法の芦部先生の名前である。
土曜日に、「安倍首相『有名な憲法学者』の名にポカン 『芦部信喜知らないって…』支持者もドン引き」という記事がネットに流れたのだが、これにより、現行憲法の改憲を積極的に目指している安倍首相と野党民主党の小西議員との国会でのやり取りを知ることになった人が多いのではなかろうか。
このニュースを聞いて以来、私がしたツイートの内容を編集して今日は紹介しようと思う。
まず、この記事を見た私の直感は、「芦部先生を知らないで改憲とは片腹痛い。こんなあんぽんたんが首相なんだから日本に将来はない。」というものである。
既に、法曹関係者やその他多くの法律を勉強したことある人はツイッター上でも指摘しているが、芦部先生を知らないという人は、まともに憲法なんか勉強したことないことを意味する。
なぜならば、芦部先生は、現行憲法における現在の通説的見解を体系的に説明した学者であり、憲法の少しでもまじめに勉強をした人間であれば、芦部先生の名前を聞いたことがないということはまずもってあり得ないからである。
憲法を勉強したことがない人に、別の例を挙げて例えるならば、芦部先生を知らない改憲論者なんて、英語辞典のロングマン社を知らない通訳とか、日経新聞を聞いたことのないビジネスマンというくらいのレベル なのである。
さらに安倍首相は、小西議員の憲法13条の意味を問うた質問に、包括的人権規定であることすら応えられなかったというのであるから、お粗末であること極まりない。
この程度の話は、クイズ形式だとかいうが、クイズと言えるほどの高度な専門的知識でもなんでもない。
これに対しては、まず、安倍首相の学生時代は芦部憲法が存在しなかったなどと主張して、安倍首相が知らないことは問題ないとする声もあるが、これは明らかに失当である。
学生当時知らなかったとしても、安倍首相は、三権のうちの一つ、行政府の長であり、立法府の一員であるのだから、現時点において、現行憲法の通説的見解を知らないことを肯定する余地はない。
この一事をもってしても、現行憲法の通説的見解である芦部先生の名前くらい知っていても良いはずであるが、安倍首相は、このような立場に留まらず、積極的に改憲を主張する人物なのであるから、この程度の基本中の基本である知識は知っていて当然であることは言うまでもない。
にもかかわらず、安倍首相は、これらを回答できなかったというのであるから、経験則上、安倍首相が憲法を真摯に勉強したことがないであろうと推認されることは極めて自然なのであって、その点につき、批判を受けることはやむを得ない。
そもそも、憲法を改正するというのは現行憲法に問題点があると考えるからであろう。
そうであるならば、最低限、憲法の基本中の基本である芦部憲法がまとめる通説的見解、いわば、現行憲法の共通認識と知った上で、どういう問題があるから、どう変えるのかという議論がなされるのが通常である。
しかし、安倍首相の今回の発言は、現行憲法の通説的見解を勉強すらしていないことを示しており、現行憲法の共通認識も知らずに、改憲を主張しているという極めて危険な実態を示すものである。
何度もいうが、憲法をまともにかじれば、芦部先生の名前は当然出てくるのである。
次に、芦部憲法や13条のことを知らなくても、首相は憲法改正という判断ができれば良いから、ブレーンに細かいことは任せれば良いのであって問題ないという主張があったが、これも一見にして失当である。
何度もいうが、憲法13条が包括的人権規定というのは、憲法初学者でも知っていなければおかしい基本的な知識である。
国会議員は、立法府の一員として憲法に適合した法律を作ることがその職責なのであるから、この程度は知っていて当然といっても過言ではない。
にもかかわらず、このような基本的な知識を知らない人間が、憲法改正という重大な判断を的確に成し遂げるとは到底思えないのである。
安倍首相はまず改憲の議論する前に、憲法の通説的な本と言っても良い芦部先生の主張を理解し、その上で、芦部先生の主張に反論できるだけの勉強をした上で改憲を主張すべきであろう。
現行憲法を理解せずして、改憲すべき問題が正しく理解できるなどとは到底思えるはずがない。
今回の安倍発言は、いかに自民党の改憲案が稚拙であり、現行憲法の通説的見解や共通認識を無視したレベルの低いものであるかを再認識させてくれたという点では非常に有益なものであったといえるかもしれない。
そもそも、既に、弁護士の落合先生などが指摘しているとおり(参考として、togetter.com/li/421489、 http://togetter.com/li/420466 )、自民党の改憲案は、憲法が何たるものであるかを全く理解していない。
まず、憲法とは何かと問われれば、一言で答えると、憲法は国家を制約する原理である。
にもかかわらず、自民党改憲案の第12条は、「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」などと国民の権利及び自由を不必要に制約する表現をあえて使っているのである。
なぜ、現行憲法の公共の福祉という現在の人権衝突の調整規定を公益と公の秩序に置き換えなければならないのであろうか。
この規定は一つを見ても、自民党が現行憲法の共通認識を全く無視し、憲法が国家を制約する原理であるという基本中の基本が看過されていることは明らかなのであるが、その党の総裁の今回の発言は、さらにそれを強く印象づけるものであって、いかに自民党案が稚拙であるか明らかにするものと言えよう。
自民党の改憲案の稚拙さは指摘しだすときりがないので、今回はここまでで留めるが、芦部憲法に代表される現行憲法の共通認識を知らないし、無視しているから、このような恥さらしともいうべき稚拙な憲法案を掲げて、憲法改正などといえるのだろうと感じたのは、私だけではないだろう。
中にはツイッター上で、「人間が空気を意識する必要が無いように、憲法も問題が無い限り意識する必要は無いのでは。」などという主張をしてきた人がいたが、これが明らかに失当であることは一見して明白である。
現行憲法第12条が、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と説くように、我々国民は憲法が保障する権利と自由について、常に意識しなければならない。
なぜなら、空気が汚染されて有害になってからでは遅いのである。
前述のように、公益と公の秩序で国民の権利を不当に制限することを容易にし、憲法97条を全部削除する自民党の改憲案は、我が国の貴重な空気を汚す中国のPM2.5と同じぐらい有害なのであって、国民はこの貴重な憲法の貴重な規定を国家権力がむやみに弄ることがないよう十分に警戒しなければならない。
なお、憲法が国家を制約する原理という基本中の基本がわからず、その重要性すら理解出来ない人は、映画やミュージカルの「レ・ミゼラブル」でも見て、人類が如何なる状況から天賦人権の考え方に立脚し、近代的立憲主義を勝ち取りその犠牲がいかに尊いものだったか考えてほしい。
以前にもブログ記事「映画、『レ・ミゼラブル(Les Miserables)』の評価 ― 映画から読み取る政治、社会問題に関するメッセージの一考察」で解説したが、あのミュージカルは勉強する上で大変良い教材である。
今回は、折角なので、憲法学における正統な本を紹介しようと思う。
我が国の憲法が故・芦部信喜博士の通説的理解を中心に発達してきたのは紛れもない事実であろう。芦部憲法が未だに通説的理解の根底にあることはだれも否定できない。
もっとも、近年は最高裁判例が芦部憲法とは違う理解をしているという批判が多くなっているという。また、芦部博士が亡くなって久しく、取り扱っている判例も古くなっている。
そこで、 憲法判例の理解に当たっては、芦部憲法に加え、以下の本もお勧めである。
まず、この高橋先生は芦部博士の一番弟子といわれており、芦部憲法を前提に最近の議論が説明されていることは憲法学における通説的な理解をするのに良い本である。
最近の判例の理解を深めるという観点からは、戸松先生のこの本は訴訟的観点から判例を丁寧に分析しているので解りやすい。
なお、これらは法律家向けの専門的なものであることは否めない。
そこで、一般向けの本としては、渋谷先生の書かれた本がオーソドックスでよいのではないかと思う(渋谷先生は、基本的には独自説を通説がごとく記載する方ではないし、憲法学者としても実績がある方で、その方が一般向けに書いた文庫本であり、お勧めできる)。
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