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02/19/2013

オスカー・ピストリウス(Oscar Pistorius)選手の事件報道に見る捜査機関のリーク問題

前回の記事「マスメディアのお門違いな権力批判と未熟な国民主権」は、少し、抽象論となったので、今日は、より具体的な問題を取り上げ、メディアと権力との不適切な関係について、論じてみたい。

皆さんは既に、義足のブレード・ランナー(Blade Runner)こと、南アフリカの義足の陸上間距離走選手、オスカー・ピストリウス(Oscar Pistorius)選手が、恋人に対する殺人容疑で逮捕され、計画的殺人との罪状で起訴されたという報道に接しているだろう。

この事件、当初は、侵入者と間違った誤射として報道されたが、捜査機関の記者会見後は、計画的殺人だったかと思わせるような情報を各国メディアが報じており、現段階では、2つの情報が出ており、依然、詳細が分かっていない事件である。

しかしながら、この報道を通して、私は捜査機関というのは、どこの国も同じ問題を抱えていると感じた。

その問題というのは、否認事件における被疑者段階での意図的リークとマスメディアを利用した印象操作である。

日本のメディアや欧米の英字メディアが報じるところでは、南アフリカの警察は、当初、誤射の可能性があるとして報じられると、未だ事件から、1日、2日しか経っていないにもかかわらず、ピストリウス選手が攻撃的な人物であるかの如き、事件とは直接的な結びつきが薄い、いわゆる、"予断を生じさせる被疑者に不利な情報"を積極的に発表する一方、過失か故意かの判断に重要な犯行現場の状況や犯行動機などの情報は一切開示していないし、未だにその状況は謎である。

さらに、捜査機関が開示した予断を生じさせる被疑者に不利な情報には、被害者である恋人とのトラブルにより計画殺人に発展したとするには、直接的には関係のない情報が多々見受けられた

例えば、ピストリウス選手には、女性に対する暴行、いわゆるドメスティック・バイオレンスをした過去を示唆する情報 である。

英米のメディアはこれを「Domestic Incident」と報じていたが、示唆するのは、いわゆるDVといった暴行等である。

しかし、問題は、被害者との間での「Domestic Incident」なのか、別の女性に対するものなのかが判然しない形で報じられ、結局、これは、過去に付き合っていた、別の女性から通報があったが、嫌疑不十分で立件されなかったという話だということが判明しているが、そもそも、このような話は、今回の事件が故意による殺人なのか、過失による過失致死ないし重過失致死事案なのかという判断においては、関連性が極めて希薄であって、動機や犯行そのものを裏付けるような重要な証拠とはいえない事実である。

むしろ、この話は、別の女性に対する話であることに加え、嫌疑不十分で何ら起訴すらされなかったのであるから、この情報が事件直後に警察から流れること自体が、異常ではなかろうか

捜査機関である警察が、事件の核心部分である情報は証拠がないのかわからないが、そのような情報は一切発表せず、他方で、過去の不確かな嫌疑については、積極的にメディアに漏えいするという姿と目の当たりにすると、南アフリカの警察は、故意の立証が難しいがために、このような過去の不確かな嫌疑を開示し、被疑者であるピストリウス選手の性格が、凶暴であるという一定の方向に印象づけようとしているのではないかと思えて仕方ない

繰り返しになるが、この過去のDV疑惑は、警察自らが嫌疑不十分と判断していた以上、何ら根拠のないものなのであって、そのような根拠がないにもかかわらず、予断を生じさせる極めて危険かつ不適切な情報をあえて発表する理由何なのであろうか

この点には、南アフリカの捜査機関に対する強い違和感を感じざるを得ないのである。

しかし、これは、遠い南アフリカの警察の問題に限られる話ではない。

過去に前科があるという情報も、今回のピストリウス選手のDV疑惑と比べれば、一応、前科として確定した事実であるから、その事実そのものの真実性には、一応の根拠があるものの、前科はあくまで過去の事実なのであって、前科があるからといって、犯罪傾向があるから、当該犯行を行ったに違いないとする事実認定は、到底許されない。

わが国でも、最近世間を騒がしている遠隔操作ウィルス事件の真犯人逮捕のニュースにおいては、捜査機関が真犯人と目している被疑者、片山氏について、日本の警察は類似行動をし、マスメディアもそのリーク情報に乗っかって、逮捕前の映像を隠し撮りし、片山氏があたかもコンピューターオタクっぽいとの印象を与える報道をしている一方、警察が本来握るべき決定的な証拠については、逮捕当初ほとんど報じられなかった

さらには、弁護士の矢部先生が指摘しているとおり、逮捕報道が逮捕の着手をする1,2時間前に流れるなどの罪証隠滅の機会を自ら提供するがの如き事態は、警察の極めて重大な失態が露呈しているにもかかわらず、それを追及する声は、インターネット以外では何ら聞こえてこないのである。

刑事裁判は、英米法の影響を受けている国においては、とりわけ当事者主義の構造上、公判廷という公の場で、それぞれが証拠を開示し、被告人及び弁護人と検察が、対峙していくのが本来的な姿である

その前提となる証拠収集段階で、情報を警察が漏えいすること自体そもそもおかしな話なのではあるが、本件は、警察が自白偏重による冤罪を生んでしまったことと深く結び付いている事件なのであって、そのことへの反省を踏まえて慎重な捜査をしているのであれば、このような失態は生じないはずであろう。

こうしてみると、日本の警察も、南アフリカの警察も、証拠収集過程である捜査段階において、意図的なのか、被疑者に不利な情報(特に、決定的な証拠とはいえない部類の質の悪い情報)を漏えいし、あたかも、自分たちが逮捕した被疑者が、かかる犯行をしかねない人物だという印象を世間一般に与えてしまう情報漏洩を行っているのであって、このこと自体極めて恐ろしいことである。

私は南アフリカの刑事裁判制度につき明るくないが、陪審員制度や裁判員制度が採用されて、捜査段階の警察リーク情報に触れる可能性が極めて高い一般市民が裁判に参画するという制度を採用している国においては、尚更、予断排除に対する強い意識が捜査機関に強く要求されているのではなかろうか。

さて、話をピストリウス選手の事件に戻すが、警察のリークに基づく報道内容を見ていると、どうも不可解な点が多く、故意の立証、ましてや、計画殺人としての、計画性の立証をできるだけの証拠資料を警察が抑えているのか疑問に思えてくる。

まず、近時、新たに報道されている内容としては、①ステロイド剤が被疑者宅で発見されたということと、②血のついたクリケットのバットが発見されたということである。

まず、①についてみると、事件直後にピストリウス選手は、既にアルール等の量を調べる血液成分のテストを受けたと報道されていたところ、その結果は何ら発表されない一方で、ステロイド剤の所持のみが報道されている。

確かに、ステロイド剤には、興奮作用等があるため、南アフリカの警察は、これで凶暴になり抑えが利かなくなったという見立てなのかもしれないが、ステロイド剤の所持や服用の事実が、仮に立証されたとしても、それだけで、故意の立証があるとはいえない

仮に、ピストリウス選手が、犯行当時ステロイド剤を過剰に摂取していたとしても、過剰服用の事実は、何らかの動機が立証された後に初めて、その動機に基づいて犯行をするうえで、ステロイド剤の服用が自己自制作用を減退させ、犯行につながったという間接事実としての意味合いを持つ事実である。

そうすると、犯行動機について、二人の間にトラブルがあったのではないかという憶測の域を出ない情報しか報じられていない段階で、それ単独では意味を持たないステロイド剤の所持という情報がリークされることには違和感を感じるのである。

そして、ステロイド剤の所持という事実そのものは、陸上の選手というピストリウス選手のイメージを低下させることには、極めて有効な情報であることに鑑みれば、本来、捜査機関としては、被疑者が否認している以上、最大限の注意を持って、慎重に情報を扱うべきであるにもかかわらず、未だ重要な意味を持たない情報をこの段階でリークすることに、私は、南アフリカの警察は、動機の立証が困難であるか、それを立証する証拠が乏しいから、わざわざ、こうした印象操作ともとれるリークを次々にしているのではないかと考えてしまうのである。

次に、②の血のついたクリケットバットであるが、この血が誰のものであるか、また、被害者の死因が拳銃に撃たれたものなのか、バットで殴られたものなのか、全く判然としない中で、このような物が発見されたという報道が先行することにも、何か違和感を感じざるを得ない

さらに、仮にピストリウス選手が警察の見立て通り、粗暴な側面を有している人物であったとした場合、彼の交友関係からの情報が出てしかるべきであるが、マスメディアが報じているのは、酔っぱらっていた状態で川でスピードボートで衝突し、スピードボートを破壊したとか、過去に付き合っていた女性を巡ってお金持ちの男性と激しい口論をしたことがあるとかいう、粗暴な姿として報じられる情報のほとんどが、確たる証拠を伴っていなかったり、警察からのリークに基づいていたりすることも、この事件の報道を見ていて、何か釈然としないものを感じるのである。

ところで、殺意の認定は、一般的にどのように認定するかご存じであろうか。

一般的に、殺意の有無は、①凶器の種類、形状、用法、創傷の部位、程度といった犯行の態様、②犯行の背景、経過、動機、③犯行中または犯行後の被告人の言動(例えば、犯行中に殺してやるという発言があったか否かとか、犯行後に平然としていたかどうかなど)等の状況証拠を総合的に考慮して認定する。

もっとも、ピストリウス選手の事件においては、これらについても、多少考慮の仕方が変わってくるだろう。

争点は、ピストリウス選手が、被害者を被害者として認識した上で撃ったのか、被害者を強盗と誤認した余地があったのかという点となる。

つまり、仮に強盗と誤認していた場合、ピストリウス選手本人は、正当防衛が成立するという違法性阻却事由を基礎づける事実につき、誤認しているのであるから、事実の錯誤の問題として、責任故意が阻却される余地がある

例えば、よくネット上では、「4発も撃っていて誤認はないだろ」などという短絡的な意見があるが、これもどちらにも転がる事実なので、慎重な認定が必要となる。

まず、「4発撃って命中した」という事実だけ取り出せば当然、上記の①からしても、殺意の認定はできるだろうが、だからといって、この事実をもって、誤認はないという結論には直結しない

すなわち、特に、南アフリカの治安は極めて劣悪であり、拳銃等を護身用として持ち歩き、「やられる前にやる」ということが許容されているような社会においては、「4発撃って命中」したとしても、「相手が知らない強盗で、夜中ないし明け方に侵入してきたため、無我夢中で撃ち続けた。命中したのは日頃から護身用に備えて射撃場で訓練していた」と弁明されてしまえば、誤認という主張を覆すことは難しいのではなかろうか。

したがって、この誤認の主張を覆すためには、犯行状況や被害者の死因、また、ピストリウス選手が誤認していない場合にどういう経緯ないし動機をもって犯行に及んだと立証するのかが極めて重要なポイントになるが、これらを決定づける情報は未だ警察からは発表されず、これ以外の証拠価値の低い情報が積極的に警察から開示されるというのが、違和感の根源である。

そして、私個人の最大の疑問(おそらく多くの人も同じ疑問を持っていると思うが)は、仮にピストリウス選手が誤認をしていなかったとした場合、なぜ金メダルを獲得し、世界的な名声を既に手に入れ、これからも選手として将来のある人物であり、かつ、同じような境遇の子供たちに対し、義足を与えるための財団設立にも尽力していたと思われる人物が、バレンタインデーの前日にバレンタインデーで何かすることを楽しみにするツイートをしていた恋人を殺すに至らなければならなかったのかということである。

いずれにしても、本件は否認事件であり、世界的な注目を集めている事件だけに、リークによる印象操作と思われるようなことはせず、事実の解明が適切になされることを切に願う

なお、この事件につき、アメリカ連邦地方裁判所に勤務する留学時代の友人に見解を聞いたところ、南アフリカは、人種差別も根強く、白人の成功者に対する妬みや嫉妬というものも少なからずあり、現在では白人に対する逆差別ということもあるから、かかるリークにもそういったことが影響している可能性はあるし、そもそも南アフリカの警察機構は、アメリカや日本に比べ腐敗しているとの見解を示したいた。

このピストリウス選手の事件が、人種間の問題による過剰な反応により、第2のOJ.シンプソン事件のようになる余地もあるかもしれない。

上記アメリカ人の友人に、日本でも検察官による証拠改ざん事件があったことを説明したところ、大変驚いていたが、証拠の改ざん等は、全ての事実を見誤らせる点において、極めて恐ろしいものであると述べており、その怖さを再認識したところである。

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