想像を超えるオスカー・ピストリウス(Oscar Pistorius)選手の刑事事件
「何かスッキリしない。」、「何かがおかしい。」
これは、私が、南アフリカ出身のパラリンピック金メダリストのオスカー・ピストリウス(Oscar Pistorius)選手の事件が報道された時に直観的に感じた感情である。
今日、世界が注目するこの刑事事件につき、私が感じ取っていた違和感(詳しくは、「オスカー・ピストリウス(Oscar Pistorius)選手の事件報道に見る捜査機関のリーク問題」参照)は、あながち間違いではなさそうである。
この事件に関連し、信じ難いニュースが流れ始めた(太字は筆者によるもの)。
恋人を射殺した罪に問われている南アフリカの義足ランナー、オスカー・ピストリウス(Oscar Pistorius)被告の自宅から見つかった薬物について、同国の検察当局は20日夜、テストステロンであるかどうかはまだ分からないと述べた。
首都プレトリア(Pretoria)の裁判所で同日開かれた被告の保釈請求の審問では、検察側の証人として出廷した捜査官がピストリウス被告の自宅から「テストステロン2箱と複数の針と注射器」が見つかったと証言し、これに対して被告の弁護人は見つかった薬物は「合法な薬草」だと主張していた。
しかしその数時間後、検察当局のスポークスマンはこの薬物について「何かは分からない」、「科学捜査の結果が出るまでは、(テストステロンであるという証言を)否定も肯定もできない」と述べ、検察側は法廷での主張から後退した形になった。
国際パラリンピック委員会(International Paralympic Committee、IPC)によると、ピストリウス被告は2012年ロンドン(London)パラリンピックで薬物検査を2度受け、いずれも結果は陰性だった。【翻訳編集】 AFPBB News
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130221-00000013-jij_afp-int
そもそも、不確かな情報を断定的に法廷において証言すること自体、極めて非常識である。口が滑ったとかいうレベルの話ではない。捜査機関の憶測、見込み捜査といったことの表れといえるし、こんな捜査機関に対して、どうして裁判所が信頼を置けるだろうか。
これが単なるメディアへのリーク情報であれば、"疑惑"で済んだ話なのかもしれないが、公判廷において、事件の担当捜査官が、このようなデタラメな証言をしているということ一事をもってしても、この事件の捜査状況が異常であることは、明白である。
しかし、これだけで済まないのが、犯罪大国、南アフリカの実情を物語っている。
【AFP=時事】(一部更新)南アフリカの義足ランナー、オスカー・ピストリウス(Oscar Pistorius)被告が自宅で恋人を射殺した罪に問われている事件で、捜査を主導した刑事が7件の殺人未遂容疑で捜査対象となっていることが21日、明らかになった。
南ア警察当局のネビル・マリラ(Neville Malila)報道官によると、ヒルトン・ボタ(Hilton Botha)刑事は2009年に走行中の乗り合いタクシーを止めようとこのタクシーに向かって発砲し、殺人未遂容疑で起訴された。その後、起訴は取り下げられたが、マリラ報道官によると20日になって、ボタ刑事に対する殺人未遂容疑の捜査が再開されていたことが判明したという。
地元メディアは21日、南ア検察当局がボタ刑事をピストリウス被告の事件の担当から外したと報じたが、マリラ報道官はAFPの取材に対し、「警察当局としてはまだ何も決定していない。ボタ刑事は現在も事件を担当している」と報道を否定した。
20日の審問では、ボタ刑事の提出した証拠に対し、ピストリウス被告の弁護団から信頼性に欠けるとの指摘があり、最終的にボタ刑事は捜査上で複数の過ちを犯していたことを認めている。その中には、ボタ刑事が現場に最初に到着した際に現場の保存を怠ったことや、現場の状況に関してピストリウス被告の主張に矛盾を見出せないなど、殺害は計画的だったとする検察側の主張を弱めるものも含まれている。【翻訳編集】 AFPBB News
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130221-00000032-jij_afp-int
ここまでくると、まるで、サーカス(見世物)である。
そもそも、南アフリカの刑事訴訟手続を詳しくは知らないので、その当・不当の議論は置くとしても、7件の殺人容疑が掛けられ起訴され、その後取り下げられ、さらに捜査が再開されたという事情を持つ人間が、殺人事件の捜査を未だに担当しているということそのものが、あり得ない話と断罪せざるを得ない。
さらに、この主任刑事(lead detective)は、捜査の基本である現場保存を怠ったことを保釈審理の場で認めているというのである。
そうすると、そもそも、犯行現場の生の状況につき、かかる捜査官が提示する、いわゆる"客観的"であるはずの証拠につき、その信用性が揺らいでしまうことは、法律のプロでなくても、誰もが感じるのではないだろうか。
すなわち、かかる杜撰な捜査官が主任刑事として、初動捜査に深く関わっていたという事実は、本件を検討する上で、警察ないし検察が証拠として示す証拠について、「本当にいじられていない証拠なのか」という不審を前提として構築し、裁判所は審理を行っていくことになるはずである(すくなくとも、南アフリカの司法機関が、司法機関としての常識を兼ね備えているとするならばだが。)。
私は、当初より、殺意の事実認定には、①凶器の種類、形状、用法、創傷の部位、程度といった犯行の態様、②犯行の背景、経過、動機、③犯行中または犯行後の被告人の言動(例えば、犯行中に殺してやるという発言があったか否かとか、犯行後に平然としていたかどうかなど)等の状況証拠を総合的に考慮して認定するということを説明してきたが、本件では、そもそも、②及び③につき、被疑者に有利である旨は、前回の記事「オスカー・ピストリウス(Oscar Pistorius)選手の事件報道に見る捜査機関のリーク問題(2)」で説明したとおりであるので、参照してほしい。
そして、今回の報道内容は、検察官にとって、もっとも殺人罪で起訴するための根拠となるはずであった、①の立証につき、その証拠資料の信用性を大幅に揺るがす補助事実(要証事実の存在を立証する実質証拠の証明力に影響を及ぼす事実)が示されてしまったことになる。
また、この刑事が提示した目撃供述には300メートル離れていたところから"口論が見えたないし聞こえた"とする証言もある。300メートルといえば、徒歩4分くらいであるが、いかにアフリカの人の視力が良いとしたとしても、果たしてそのような距離において、正確な状況を知覚し、記憶し、叙述できるのであろうか。
このような状況で、果たして、検察官が、公判の維持がそもそもできるのかと私は思うのであるが、南アフリカの検察は、動機の立証ができず、客観的な犯行状況に関わる証拠にも大きな不安があるこの事件を単なる殺人罪ではなく、より重い計画殺人として起訴し、公判を維持するつもりであったというのだから、これも私の理解を超えている。
ところで、注目される刑事事件が発生すると、法律に明るくない人が、法律家に対して、「犯人だと思いますか?」とか、「有罪の可能性は?」とか聞くことが結構あるだろう。
しかしながら、訴訟法を学んだことのある人間であれば、当然のこととして理解しているはずだが、法律家が、ある事実を認定するためには、証拠に基づき、その事実の存在が十中八九間違いないという確信を持たなければ、事実の認定に関わることを軽々しく語れない。
そうすると、特に、否認事件では、有罪だと思うとは到底答えられるものではないから、せいぜい、「可能性はあるか」という部分を利用して、可能性あると答えるに留め、言及から逃げるだろう。何故なら、あらゆる可能性は存在するからである。
事実認定というのは、世間一般が考えるほど簡単な作業ではない。
裁判員経験者が口を揃えて大変だったというのは、事実を認定することの難しさに直面し、何をもって、十中八九間違いないという確信とするかに思い悩み、苦悩して、結論を出さないといけないからだろう。
この点、高裁の所長まで勤めた事実認定の分野で有名なある裁判官は、事実認定には、直感的なものも重要であるという。もちろん、それは直感的に有罪の事実認定をするということではない。むしろ、その逆である。
ある事実を認定する上では、「なんかおかしい。」、「なんか違和感を感じる」といった直感的なものを切り捨てず、「違和感は何か。」、「それを合理的に考えて解消できたか。」を常に意識することが必要である。
もっとも、私はすべてを疑えとか、陰謀だとかいう立場には組しない。ただ、否認事件においては捜査機関からの情報を鵜呑みにせず、違和感を感じたら、その直感的なものはある程度大切にして、事件に関する報道に向き合う必要があると言いたいのである。
今回のピストリウス選手の事件は、いかにそうした直感的な違和感が重要かを再認識させてくれた点でも、重大な事件である。
この事件についてはまだまだ語りたいことがあるし、最近この事件について交わした、アメリカ連邦裁で働く友人との議論の内容も面白いので紹介したいが、今日はここまでとしたい。
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