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September 2010

09/22/2010

刑事司法の根底(廉潔性)が崩壊したニュース

記事のタイトルから何を語りたいかは解るであろう。

もちろん、大阪地検特捜部の前田恒彦主任検事による証拠隠滅事件についてである。

この事件の概要をまだ知らない方は、ぜひ、朝日新聞のWebニュースをご覧いただきたい。

さて、この事件既に報道されているように、前代未聞の事件である。

どう前代未聞かというと、これまで刑事訴訟法が想定していない事件が起こったためである。

従来、警察による捜索・差押手続きに違法がある違法収集証拠の話はよくあった。

具体的には、令状に基づく逮捕をすべきところを、要件が充足しないにもかかわらず、緊急逮捕や現行犯逮捕をしてしまい、その過程で入手した証拠物の証拠能力が争われるというものである。

つまり、逮捕等の手続きに違法があった事例(証拠の収集過程における違法の問題)であって、証拠そのものを加工するという事例では無かった。

しかしながら、今回の事件は、準司法作用を営む検察官、しかも、主任検事というベテランが、客観的証拠そのものに故意に手を加えたか否かが問題となっている

刑事司法においては、客観的な証拠(特に、物証)に関しては、それが領置や差押えされた時点の物そのものであって、捜査機関に加工される事態は想定していない

客観的な証拠そのものをいじられてしまうと、裁判官がその虚偽まで見抜くことはかなり困難である。

元裁判官の安原浩弁護士が、朝日新聞の記事で述べておられるように、「裁判官としては、供述調書は信用性を慎重に吟味するが、物証や鑑定結果などの客観的証拠は基本的に信用できるというのが前提。その客観的証拠に手が加えられる事態は想定を超えている」のである。

つまり、準司法作用の機能を営む検察官が、よもや、証拠を有罪にするために改ざんするとは、裁判所も、刑事訴訟法も、想定していなかった。

読者の中には、電子データの改ざんということの重要性がいまいちピンとこない人もいるかもしれない。

解りやすく言えば、凶器に被疑者や被告人の指紋が無かったにもかかわらず、指紋を事後的に検察官が有罪にするために、指紋をつけたのと同じくらい悪質な行為を行ったことが問題となっている。

真実だとすれば、刑事司法の廉潔性という根本的価値が崩壊する忌々しき事態である。

これは、一人の検察官の犯罪であると同時に、こういうことが起こってしまった検察組織そのものの問題点をえぐりださないと、刑事司法の廉潔性は回復できない

とりわけ、司法権力の担い手である、裁判所は、今回の事件を契機に、客観的な証拠のそれ自体の証明力(証拠価値)への考え方を根本的に見直していかなければならないかもしれない

前述の安原弁護士が指摘するように、「客観証拠自体の信用性も慎重に吟味していく姿勢が裁判所には求められる」のである。

このような事態に対し、最高検は異例の速さで対応し、直ぐに被疑者である前田主任検事の逮捕をしている。

様々な推察があるであろうが、私は、この素早い対応の背景には、検察機構の危機感と焦りがあると思う。つまり、あってはいけない事件があったことへの危機感と焦りであろう。

朝日新聞の報道によれば、大阪地検はこの改ざんについて、事前に把握していたという疑惑も上がっている。

故に、大阪地検の内部調査等を待たずして、いち早く、被疑者の身柄を確保し、最高検が捜査に乗り出したのであろう。

今回の報道は朝日新聞がスクープしたから事件が明るみに出たが、朝日新聞の記者による発見がなければ、この証拠隠滅事件は明るみになることが無かったかもしれない。それを考えると、本当に恐ろしい事件である。

なお、私は、推定無罪の原則に基づき、検察の情報を鵜呑みにするのではなく、独自に事実を検証する記者が本当のジャーナリストであると思う

また、多くの人が抱いている疑問は、この主任検事が関わった他の事件においても、同様の証拠隠滅が無かったのかという点であろう。

NHKのニュースによれば、この主任検察官は、守屋元事務次官の事件や、小沢氏の政治資金規正法違反事件で公設秘書の取り調べなども担当していたようである。

同主任検事による証拠の改ざん行為がどこまで波及するかわからないのであり、これに対しても、最高検は、相当の危機感を強めていると推察できる。

さらに、この問題は、たちが悪く、最近議論されている取り調べの可視化では、防ぐことができない性質を有する。

取り調べの可視化は、取り調べ段階の自白の任意性の判断や調書等の特信性の判断等には役立つが、客観的証拠の信憑性そのものを担保する働きは無い。なぜならば、客観的証拠が差押後に検察により加工されることは刑事訴訟法が想定していないためである。

刑事訴訟法が想定していない事件であるだけに、どのようにして、再発を防ぐかは非常に解決が困難な重大な問題である。

そのように考えると、法律に関し知識が疑わしい素人のような新しい法務大臣の指揮の下、検察の組織的問題をえぐり出せるか否かは甚だ疑問である。

私は、以前、民主党政権下での改革の成果として、岡部喜代子最高裁判事の任命を挙げた。

従来の最高裁判事人事においては、裁判所経験者ルートは下級審の長官経験者を、学者ルートでは東大や京大など出身の生粋の学者を任命する慣例が存在した。

そうした慣例を打ち破り、裁判官と学者という2つの経歴にもかかわらず、人格的にも優れた岡部喜代子氏が判事になったのは、政権交代による変化の兆しとして高く評価したのである。

このような大胆な人事を法務大臣のポストにも期待していたのであるが、結果は、柳田氏という法務問題に関する経験がほとんどない人物が法務大臣となった。

国民の基本的人権に関わる重大な問題を抱えている法務省の改革を素人同然の新大臣に期待できるであろうか。いや、できるはずがない。

今からでも遅くないので、菅直人総理大臣には、この問題を真摯に受け止めてもらい、民間からもっと適性のある人物を法務大臣にしてほしい

それこそ冤罪の恐ろしさを体験された村木氏には、個人的には、従来検察官の出世の通り道になっていたにすぎない法務省の事務次官になっていただき、徹底した司法改革への狼煙を上げてもらいたいが、こうした大胆な人事を菅政権には期待するだけ無駄だろう。

さて、村木さんですが、2000年に慶應大学の犬伏由子法学部教授とともに、女性問題に関する本を出版されているのですね。この機会に、村木さんが女性としてどう社会の壁と向き合ってきたのかを知るのは良いかもしれません。

また、今回の冤罪事件をテーマにした本が出版されているようです。どのような経緯で逮捕・勾留、起訴、そして、無罪判決に至ったのかを再度勉強しなおすのに良いかもしれません。

引き続き今回も紹介します。

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09/20/2010

人事院、ちょっと待った! ― 国家公務員採用試験制度変更への疑問

先週、アクセス数がいつもより多いと感じていたのであるが、その理由が解った。

ライブドアニュースに配信された記事を「Yahoo!みんなの政治」でも取り上げられていたからのようである。

以下がそのリンクである。興味がある方がいれば、私の記事と関連する情報もまとめられているので、参照してみてほしい。

「鈴木宗男議員の上告棄却」を考える」

http://seiji.yahoo.co.jp/close_up/131/detail.html

「菅改造内閣 きょう発足へ」

http://seiji.yahoo.co.jp/close_up/100/detail.html

さて、今日の本題。

国家公務員の試験制度が変更になるのはご存じだろうか。

人事院は、平成24年度、つまり、再来年の試験から今までの、Ⅰ種、Ⅱ種、Ⅲ種という区別の試験から、総合職、一般職という区分での採用を実施しようとしている。

しかし、よくよく見てみると、この制度変更が本当に国家公務員としての有能な人材の発掘につながるかは疑問に思えてくる。

むしろ、改悪ではないかとの疑問すら抱いてしまう。

そこで、今日は、従来の制度と比較して、新制度の問題点と矛盾を指摘しよう。

1.受験年齢に対する疑問

現在の国家公務員Ⅰ種試験(いわゆるキャリア組の選考試験)の年齢制限は、受験をする年の4月1日における年齢が、21歳以上33歳未満の者としている。

それに対し、新試験制度下では、人事院は、30歳未満の者に限定しようとしており、年齢制限を一層厳しくしている。

しかも、新試験では、院卒者も30歳未満としており、一定の社会人経験を有した後で大学院へ進んだような人材の採用を困難にするだろう。

人事院が想定しているのは、大学から直接大学院に進学したような人々であり、多様な経験を持つ人材の確保という観点が乏しいといえるだろう。

そもそも、厚生労働省をはじめとして、年齢制限の撤廃、つまり、年齢差別の解消をしようというのが流れである。

例えば、雇用対策法7条は、募集・採用において、長期勤続によるキャリア形成の場合という例外があるものの、年齢に関わりなく機会を付与しなければならないことを定め、努力義務を強化している。

また、高齢者雇用安定法18条の2は65歳以下の年齢制限を付するときは、事業主は求人者に理由を示すべき義務を定めている

にもかかわらず、33歳未満の現行制度から30歳未満に受験年齢を引き下げることは、採用における年齢差別撤廃の流れに逆行するものではなかろうか

もちろん、若い人材を活用することは重要であるが、今、国家公務員に求められているのは、創造力の豊かな人材の発掘である。

確かに、新試験制度下でも、社会人試験、経験者試験があり、一定の人材確保はその試験が機能を果たすという反論もあるだろう。

しかしながら、現在でも、中途採用試験を行っているが、平成22年度の各官庁の募集人数を見ると、非常に狭き門であり、民間の優秀な人材を活用するに至っているとは到底言えない

現行制度下では、実質的に、Ⅰ種、Ⅱ種、Ⅲ種試験が国家公務員への門戸であり、これが総合職試験や一般職試験に変わったとしても、国家公務員のメインストリームを採用する試験であることに変わりはない。

中途採用制度が多様な人材確保という機能を果たしていない以上、受験資格年齢は、従来のⅠ種制度のように、ある程度余裕を持たせて、幅広い人物に試験の門戸を開いて、多様な人物を採用すべきではなかろうか

どうも人事院は、既存のキャリアシステムとノンキャリアシステムの温存し、終身雇用制度を前提として公務員の身分保障を厚くしたいだけなのではないかと思ってしまう。

新試験制度のメリットが私には理解できない。

2.法科大学院や公共政策大学院卒業生の受け皿にもならない

これは前述の年齢制限に関わる問題であるが、人事院の説明によれば、試験制度見直しの経緯として、「法科大学院や公共政策大学院などの設置やその後の定着の状況」を挙げている

しかしながら、これについても、必ずしも法科大学院や公共政策大学院などの専門的教育を受けた者の受け皿にはなりえない。

30歳未満という受験制限は、つまり、試験受験年において29歳以下であることを意味する。

法科大学院や公共政策大学院の設立においては、アメリカのロースクール制度などを参考にし、多様な社会人経験者の進学を確保することが目的であった。

現在は、新司法試験の合格率の低下や不況、雇用情勢の悪化などが起因し、社会人経験者の進学率が著しく低迷する傾向が強まっているが、本来は、大学時代に法律のみを勉強してきたような学生ではなく、社会人経験等から、幅広い視野を持てる法曹の育成や国家公務員の育成を目指し、これらの専門職大学院が設置されたはずである。

にもかかわらず、29歳以下しか受験できないということになれば、新司法試験の合格者数の低迷も相まって、これらの専門職大学院への社会人経験者の進学はさらに、低下するであろう。

そうなると、多様な人材を確保しようとした上記専門職大学院そのものの存在意義が疑われるし、専門職大学院の存在を理由の1つとしている以上、今回の国家公務員採用試験制度の改正の意義も乏しいということに論理的になるのではなかろうか。

3.試験科目はほとんど同じ

1次試験の試験科目は従来とほとんど変更がない

2次試験において、グループ討論などを設けているが、この程度の変更では、多様な人材の確保は無理である。

そもそも、国家公務員試験そのものには、官庁訪問システムと人事院面接システムの2重採用システムが存在してきた。

国家公務員試験に最終合格しても、官庁訪問を通じた各官庁による採用がなされないと、候補者になるだけで、就職はできない。

官庁訪問では、各官庁の採用担当者がいわゆる面接試験を実施するのであって、人事院面接そのものの存在意義は、実はあまりないといえる。

学閥、学歴偏重という批判を受けてか、人事院面接に際しては、学歴などを面接官が解らないようにして実施するものの、官庁訪問では、出身大学はもちろん、民間企業と全く同じような面接試験を受けるのである。

つまり、人事院面接は、形式的に、学歴偏重などの批判を回避するためになされているに過ぎない

こうした矛盾点を改善していないのであるから、例え、2次試験において、人事院によるグループディスカッションを導入しても、それは受験生にとって単に負担になるに過ぎず、根本的な採用の改善に至ることは無いだろう。

4.結論

どうもこの試験制度の変更は、国家公務員受験者数の負担を増やすだけで、多様な人材の確保とは程遠い内容に感じてならない。

従来のⅠ種試験やⅡ種試験では、一度民間に就職した者が、公共サービスへの意欲を持ち、働きながら公務員試験の勉強をして、受験するという者がかなりおり、優秀な人材も集まっていたように思う。

しかしながら、このような年齢制限の厳格化と無駄な受験生への負担の増加は、民間経験のある多様で、優秀な人材を門前払いし、安定志向の学生のみが受験するような制度になってしまうのではないかと私は危機感を感じている。

優秀な人物はドンドン海外に流れ、外資系企業に行き、国家公務員、とりわけキャリア組の志望者の質が低下しているという話はよく聞く。

形式だけの制度変更では、有能な人物を確保するのは無理である。

試験制度、採用後の昇格制度の改革を徹底的にして、やりがいを感じ、労働意欲を高める人事制度設計を急がねば、創造力のある優秀な人材の確保をすることができず、日本政府の国際社会における存在感も失墜する日も近いかもしれない。

引き続き今回も紹介します。

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09/17/2010

仙谷官房長官の失言への重要な批判と法務大臣のポストについて

1.仙谷官房長官の失言に対する責任を追及せよ

昨日の記事「代表選から読む"民意"と円高と仙谷官房長官の失言 」で示したように、やはり仙谷官房長官の「防衛ライン82円発言」は重大な失言であるとの批判がちらほら出始めている。

この問題、一部の経済メディアと一部の野党議員しか重大視していないので、今日も引き続き取り上げ、この失言の重大さを読者の皆さんと再認識しようと思う。

まず、ブルームバーグのコラムニスト、ウイリアム・ペセック氏は、「円売り介入は『ソロスたち』への招待状、投機シーズン解禁」と題し、以下のように、仙谷官房長官の発言を厳しく批判している。

ジョージ・ソロス氏や同類の投資家たちが円高を見込むべき理由が2つある。

1.日本の円売り介入は単独行動で、主要7カ国(G7)による協調介入ではなかった。

2.日本の高官が介入の引き金となる水準を投機家に教えるという失敗をしてしまった

(省略)

また、政府は何がおころうと決して、防衛ラインの水準をトレーダーに教えてはいけなかった。

この鉄則を破った仙谷由人官房長官に眉をひそめた人は多かった。仙谷氏は財務省は1ドル=82円を攻撃に出るべき水準と考えていると発言したばかりか、政府は介入について米欧の理解を得ようとしているとまで喋ってしまった。

つまり、FRBとECBが協力していないばかりでなく、米欧当局は介入が必要とも、奏功するとも確信していないということだ。円投機のシーズン解禁だ。

(省略)

ソロス氏がこの機会を利用しないとしたら、ついに焼きが回ったとしか思えない。同氏は1992年に、ポンド防衛を図るイングランド銀行(英中央銀行)を相手に売り勝ち、10億ドルをもうけた。日銀に買い向かえば今回も恐らく、巨額利益を上げられるだろう。日本の当局者らは無意識に、投機家たちに招待状を送ったも同然だ

さらに、ブルームバーグが伝えるところによれば、JPモルガン・チェースが「防衛線の水準に言及したことは大きな過ちだ」と指摘したことを伝えている。

JPモルガン・チェース銀行為替資金本部の佐々木融チーフFXストラテジストは、最終的に円が再び上昇に転じるのは不可避だとした上で、その際に82円が、当局の再介入の水準として投機の焦点になるだろうと指摘した。

(省略)

佐々木氏はさらに、「円が82円台を割れると、一気に79円75銭が見えてくる」との見通しを明らかにした。

こうした金融関係者の厳しい批判が出始めているが、野党や日本のメディアの批判の動きは鈍い。

唯一、明確な批判を開始した国会議員は、みんなの党の渡辺喜美氏のみである。

時事通信の記事によると、野党、みんなの党の渡辺氏も、「わたしが投機筋なら『82円までは大丈夫だ』と必ず狙う。本当にばかだ。国家経営をやったことのない人たちに国家経営任せると日本が滅ぶということだ」と批判したいう。

私にとって、みんなの党は格別、渡辺喜美氏は、野党に転じてから薄っぺらい批判をすることが多いと感じていたので、あまり好きなタイプの政治家ではなくなっていたが、この批判は非常に正しい批判だと感じる。

日銀のホームページでも解りやすく説明されているが、今回の為替介入に使われているお金は、税金である。これは日銀が政府の代理で実務を執行しているが、決定そのものは財務省の権限である。そして、税金を使っている以上、最大の効果を挙げるべきことは明白である。

にもかかわらず、官房長官が、わざわざ不用意な発言をして、介入の効果を減殺する危険を高めてくれるのだから、渡辺氏がハッキリ言うように、仙谷官房長官の発言は、本当に馬鹿げた発言である。

国家の危機的状況において、こうも発言が軽く、失言をしてしまう人物が、官房長官の要職にあるということ自体本当におかしい

自民党ももっとこの失言問題を批判すべきだし、マスメディアも、下らない「脱小沢」か否かとか、ポスト予測をするくらいであれば、こうした失言をする仙谷官房長官の留任がどれだけ日本社会にとって有害なのかに目を向けて、まともな報道をしてほしい

仙谷官房長官を即刻更迭しなければ、第二次菅内閣はさらに日本社会を混迷に追い込み、政治による社会不安を引き起こすのではないだろうか。

しかし、報道されている閣僚人事のニュースに耳を傾けると、以前くだらない「脱小沢か否か」ばかりが注目され、日本の危機的状況に対する認識が欠如している。

我が国においては、発言に重みがあり、自分の立場をわきまえた人物を閣僚にしてほしいと望むことすらできないのかもしれない

2.注目されていない法務大臣のポストこそ民間からの起用を!

なお、個人的には、法務大臣のポストが気になることである。菅直人内閣総理大臣への切実なお願いとしては、ぜひともまともな人物を国会議員以外から登用してほしい

法務大臣の職は、現国会議員を見る限り、まともにこなせる人物は皆無である。

かつて、三ケ月章教授(民訴法)が民間から登用されたように、まともな人物を民間から登用してほしい。

今、司法制度改革は過渡期に来ている。実務と司法の抱える問題を熟知している人物でなければ、この難問への十分な対応は困難であろう。

具体的な名前を言えば、池田修福岡高裁長官や川出敏裕東大教授、渡辺咲子明治大学院教授など、刑事訴訟法に精通している方々が望ましいと考える。

引き続き今回も紹介します。

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09/16/2010

代表選から読む"民意"と円高と仙谷官房長官の失言

民主党代表選挙の結果は、既に御存じであろう。

今日はこれに関連し様々な動きがあった。

まず、菅政権に対する嫌気から、小沢氏が個人的には総理にふさわしいと思っていた私にとっては、菅政権が続くことにはウンザリするのであるが、そういう個人的感情は別として、今回の代表選の結果について簡単に私見を発したい。

マスコミや野党議員の一部は、党員サポータ票のポイント差と国会議員票のポイント差を比較し、「民主党の国会議員は、民意とこれだけかい離している」との指摘をしているが、これは民意を読み取る能力の乏しい発言である。少なくとも、こういう発言をしている議員やマスコミに国民の声を読み取る力は無い。

一部のジャーナリストが等が指摘するように、"民意"、つまり、"民主党員・サポーターの声"を判断する上で、ポイント数だけを考慮すると、多くの死票を無視することになる。

つまり、今回の選挙制度で、党員・サポーター票は、Winner Takes All、「勝者総取り方式」なのであって、この制度下で生まれる死票を無視してしまうと、正しい"民意"の読み取りはできない。

THE-JOURNAL編集部のツイートによれば、党員・サポーター票の総得票数は小沢:90,194、菅:137,998。比率では小沢39.5%、菅60.5%」という結果だったという。

この結果からすれば、党員・サポーターの4割は小沢氏に投票しており、5割が小沢氏を支持をした国会議員票と1割しか違いがない

したがって、1割の違いをもって、民意とかい離しているという評価は妥当でないし、むしろ、死票を無視する評価であって、これこそ民意軽視の評価であろう。

マスコミや野党議員だから、政府与党を批判するのがある意味、役割という側面もないではないが、あまりにも薄っぺらい、形式的批判は、自らの信用力を毀損すると思うので、もっと深い視点で、批判を繰り広げてもらいたいものである。

さて、問題は、4割近くが発足3カ月の菅政権に対し、Noを突き付けたわけである。

当初、党員・サポーター票のポイント数だけが発表された時は、「やはり、小沢氏は嫌われているな」と思ったが、総得票数を見て、「マスコミで言われているほど、一般人への小沢氏への嫌悪感は和らぎ始めているか、むしろそれ以上の危機感を菅政権に対して感じているのかもしれない」と感じた。

さらに言えば、脱小沢をメディアが争点とした今回の選挙で、民主党内は党員・サポーター、地方議員、国会議員を含め、4~5割近くが脱小沢に必ずしも好意的ではないという結果が出たと読める。

菅直人首相は、今までのような幼稚な人気取りの発言、パフォーマンスでは、身内の党員・サポーターからも支持を取り付けることはできないところまで追い込まれているのである。

他方で、菅直人首相は脱小沢を掲げて、当選した。5~6割はそれを支持したといえる。ここで、方向転換をすれば、「やっぱり、口先だけだ」という誹りを受けるだろう。

脱小沢を争点としてしまった(マスコミが争点にすることを許してしまった)菅直人首相は、自分自身をジレンマに追い込んでしまったといえる。

しかし、党内バランスやポスト争いに時間を費やしている暇はない。

問題は山積している。市場は素直であり、代表選で菅首相の当選が決まって、円高は一時82円台まで進んだ。

政府は介入を決定し、85円台まで円安が進み、ロンドンやニューヨーク市場でも介入を継続しているようである。

しかし、私はこれに対しても、介入失敗するのではないかとの懸念している。

ブルームバーグによれば、仙谷官房長官は、「82円台が防衛線かとの質問に対しては、『財務相の方でそう考えていると思う』」との不用意な発言をしたようである。

当然この発言はCNNニュースでも取り上げられており、世界中に82円が防衛線であることが伝わったと言える。

Yoshito Sengoku, chief cabinet secretary, suggested to reporters that the finance ministry saw levels of Y82 as a line of defense for the economy.

経済、為替が素人の私でも、このような手の打ちを明かすような発言が百害あって一利ないと感じる

なぜならば、暗に82円台まで落ち込んでも介入しないと言っているようなもので、介入による円安効果を減殺する発言と言えるからである。

自民党時代であれば、マスメディアがこぞって取り上げ、批判したであろうが、なぜかほとんどのメディアが取り上げていない

私は、今回の仙谷発言は、漢字の読み間違いとは比べ物にならない大失言だと思うのであるが、なぜ批判の声が聞こえてこないのであろうか

どういう意図を持ってかわからないが、このような不用意な発言をしてしまう官房長官が留任するというのであるから、介入は税金の無駄遣いに終わり、今後も円高は続くのではないかと感じている。

今後、この介入を市場がどう判断するのであろうか。

最新の日経新聞の報道では、過去最大の2兆円超での介入であるという。

私は経済には素人なので詳しいことは解らないが、スイスの失敗という事実を考えると、これだけの金額を投入したにもかかわらず、日本政府の円安誘導戦略には、「大した効果がない」とさらに円高の加速に弾みをつけ、結局今まで以上に国益を失う結果になるのではないかと危惧してしまう。そうならないことを祈るばかりである。

既に同じような懸念を示す経済記事も散見される。

 為替介入には副作用が多いことも認識する必要がある。今回介入を行った午前10時35分の水準は1ドル=83円ちょうど近辺。市場では83円ちょうどが日本の当局の「介入ライン」とみなされることになる。今後、再びドル・円が下落して83円割れが迫った際に介入が行われなければ、「当局は円高容認」と受け止められて投機的な円買いが一気に強まるリスクが伴う。直近では、スイス中銀がスイスフラン売り介入の実施を宣言しつつも、対ユーロでのフラン安誘導に失敗した例がある。

 民主党代表選を勝ち抜き、「第2次菅政権」の樹立に動きだした菅直人首相。その出発にあわせて円売り介入に踏み切ったものの、円安誘導はままならず、日本経済のデフレからの脱却も容易には行かない。

個人で外国為替取引をする人が増えているという話を聞くが、マネーゲームに利用されて、大損をしないように気を付けてもらいたい。

いずれにしても、私が菅首相の立場であれば、真っ先に、防衛ラインという手の打ちを明かしてしまうような誤まったメッセージを送る仙谷官房長官の更迭をし、その理由として、発言が軽いことを挙げ、民主党議員の自覚と引き締めを図るであろう。

しかし、菅首相にそのようなことができるか否かは、彼のリーダーシップなき言動を見ていれば明らかであろう。

今の民主党政権に「自覚と引き締め」を期待するだけ無駄なのかもしれない。

なお、要の財務大臣には民間からあの人を登用するというくらいの行動があれば面白いと思うが、財務省のポストもおそらく論功行賞で留任となり、日本経済が一層弱まるのではないかと思う。

引き続き今回も紹介します。

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09/13/2010

私は小沢一郎氏が次期内閣総理大臣になること支持します。

民主党の代表選挙ですが、私は小沢一郎氏を支持したいと思います。

といっても、投票権はありませんから、私の支持も単なる意見表明にすぎません。

支持する理由ですが、これは消極的支持に近い面があります。

つまり、菅直人現首相があまりにも終わっているからです。

今後3年間も菅直人氏が首相となる日本を見てはいられません。菅首相が続けば続くほど、日本社会は混迷すると思ったからです。

その最大の理由は、彼には信念が無い、もしくは、その信念が伝わってこないのです。発言内容と実行内容があまりにもかけ離れており、政策を実行する行政の長でわるにもかかわらず、最近立ち上げた会議の名前を連呼するだけで、実行する政策の具体的内容が全く伝わってきません

そもそも、菅首相の経済を回復しながら税負担を求めるという発想に、私は経済の素人ながら無理があると思います。

経済行動は心理学的要素があります。

日本人の消費者の傾向として、増税が決まると消費がぴったりと止まり、落ち込むことは、消費税導入以降、明白ではないでしょうか。他方で、エコカー減税や家電のエコポイントなど得をするということになれば、お金を出し惜しみしないように思います。

そして、その最大の一例が、菅直人氏の消費税10%発言です。これで支持率は急落し、参議院選挙は惨敗です。

つまり、国民は税負担を肌で感じることを嫌がり、その心理を明確に消費行動で表すわけです。

円高が解消される兆しは無く、内需拡大が叫ばれる中で、税負担などはもってのほかではないでしょうか。

円高、消費税増税という中で、いくら社会保障費を充実させても、日本は疲弊するだけですし、若い優秀な人材は、どんどん日本から流出するでしょう。

さらに、菅直人氏は雇用を最重要課題と主張しますが、具体策が見えてきません。新卒大学生の苦しい就職事情、既卒となって採用レールに乗れない若い世代の苦悩を理解しているようには全く見えないのです。

このような人物が現内閣総理大臣の職にあることは、この国にとって非常に不幸であると思います。

他方、チャレンジャーの立場である小沢一郎氏は、例えば、消費税関係の税などを地方に移管するなど、地方分権を進め、地方が自立した経済を運営できる支援する政策を代表選の期間中訴えていました。このような具体的な政策を力強く語る姿は少なくとも菅直人現内閣総理大臣よりもリーダーシップを感じられました

特に、官僚との関係について、小沢氏は、現内閣総理大臣の菅氏のように、無責任な官僚批判をしません。官僚は政策を忠実に実行するという本来の姿を理解しており、官僚を使いこなせていないという問題は、民主党の政治家自身の問題であるという認識をしているように、発言内容から感じられた点は、支持する理由としてかなり重要な考慮要素でした

また、マニフェストという原点回帰を主張しています。

私は、民主党のマニフェストすべてには賛同していませんし、こども手当なんか今すぐにでも止めるべきではないかとの立場です。

しかし、それ以上に、マニフェストを軽視しても良いという風潮が続くことへの危惧があります。これは必ず政治不信を招き、政治的無関心者が増え、さらなる国家の疲弊につながると私は思います。

次の衆院銀選挙では、民主党政権がマニフェストの何を実行できたかが問われる選挙です。それが健全な二大政党制です。

それを目指す小沢一郎氏の方が、菅直人現総理大臣よりも、行政の長にふさわしいと私は思います。

また、メディアの不公正な批判などはかねてからこのブログで指摘してきている通りです。この国の大手メディアはペンの暴力を牛耳り、一定の価値観を先行させて、思考停止している大勢の国民を誤まった知識に基づいて、誤った方向に誘導していると感じてなりません。

特に、テレビは限られた資源である電波を利用しているにもかかわらず、同じ意見しか報道せず、自律的に思考できる情報の提供がありません。

これは今回の代表戦に限られたことではありません。

刑事事件では、被疑者として身柄拘束された者はもちろん、疑わしいというだけで、犯人扱いの報道が続いています。小沢氏の事件もそうですし、最近のもので印象深いのは香川県坂出市の女児と祖母が殺害された事件の報道が記憶に残っています。

小沢氏の政治資金規正法違反事件について、果たして、小沢氏の検察審議会で審議されている事案を的確に説明し、どういう罪で何が問題になっているかを説明できる国民はいるでしょうか。メディア関係者でもどれだけの人間ができるでしょうか。

私は、感覚的な印象でしかありませんが、疑わしきは被告人の利益にが徹底される刑事事件であるにもかかわらず、8割以上の方々が説明できないにもかかわらず、「怪しいから」、「やっているに違いないから」という無知で無責任な意見を持っていると感じています。

小沢氏は民主党が約束して未だなしえていない記者会見のオープン化、記者クラブの独占状態の解消を実行すると言っています。これは多様かつ多角的な情報提供を可能にするのではないかという期待が持てる点で支持できます

衆愚政治に陥っている日本社会からの脱却をするためには、衆愚が支持するとメディアが伝える菅直人氏ではなく、マスメディアからの批判を受けつつも、それに向かっていく小沢一郎氏が内閣総理大臣となる方が私は望ましいと思います。

そして、残りの一定期間の中でその力量を発揮し、結果について、唯一正当な民意の反映されるべき選挙において、国民の審判を仰いでほしいと思います。

それでも成果が出ずに、有権者の支持を失うのであれば、そこで、野に下るのが選挙というものであり、正しい民主主義だと思うわけです。

したがって、私は小沢一郎氏が次の内閣総理大臣になることを支持します

もっとも、私が既に民主党政権に期待をしていないという気持ちは変わっていません。しかし、菅直人総理以外の人物、小沢一郎氏による新しい政権が発足した場合は、その動向は注視し、従来の評価を含めて、民主党政権の再評価を行うつもりです。

引き続き今回も紹介します。

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09/09/2010

鈴木宗男氏の刑事事件に対する最高裁決定をめぐる議論

鈴木宗男氏の刑事事件に対する最高裁決定が出たようで、昨日はこの話題が多くのメディアで取り上げられていました。

もっとも、この決定をめぐる報道や一部の熱烈な鈴木宗男氏の支持者などが主張している陰謀論については、私は賛同できない旨を今年1月19日付ブログ記事「小沢問題に関する考察 − 検察の捜査方法への疑問」の中で示しています。

また、メディアの報道を鵜呑みにし、自律的な思考の出来ない方々が「次は小沢の番だ。」という短絡的な見解にも賛同できません。

宗男氏と小沢氏の事件は本質的に事案を異にしており、まさに「月とすっぽん」というほど違う話なのであって、これを同一に論じるべきではないことは、上記ブログ記事ので早い段階で示しています。

ぜひ、興味のある方はご参照ください。なお、当該記事はライブドアニュースのブロゴスにも配信されております。

さて、話を鈴木宗男氏の刑事事件に対する最高裁決定に戻しますと、私はこの決定は極めて妥当であり、決定理由も丁寧に示され、的確なものであると考えています。

なるべくこの決定の当否を論じる上では、最高裁決定の原文に当たっていただきたいのですが、忙しい方は、"マスメディアの記事にしては"、驚くほど整理され、的確な要旨となっている47NEWSの記事を参照していただければと思います

まず、本件で問題になったのは、受託収賄罪の成否です。

受託収賄罪とは刑法197条1項後段に規定される罪で、①公務員が、②その職務に関し、③賄賂を収受又は要求若しくは約束し、④請託を受けたことという4点が客観的構成要件となっています。

決定理由を見る限り、争点は、②の要件の「職務関連性」の有無であったということがいえます。

ところで、決定文から推論するに、被告人鈴木宗男氏の弁護人の主張は、3点であったと考えられます(鈴木宗男氏とその弁護人が提出した上告趣意書等は拝見していないのであくまでも唯一万人に公開されている決定文からの推論にならざるをえないことは断っておきます)。

<1点目>

賄賂が、港湾工事について入札を行わずに工事業者を事実上決定することへの働きかけへの対価であるとしても、港湾工事は国の直轄事業であり、農林水産省、建設省、運輸省の所管事業である。したがって、北海道開発庁長官であった被告人は港湾工事に関して、北海道開発局長を指揮監督する権限がなく、②の「職務関連性」を欠く

<2点目>

原審(高裁)は、受注業者を指名する権限が港湾部長の職務権限に属することを認定せずに、北海道開発庁長官であった被告人が港湾部長を指導したことを「職務関連性」ありと判断しているが、これはロッキード・丸紅ルート事件最高裁判例に違反する。

<3点目>

「職務」とは、当該公務員の一般的な職務権限に属するものであることをいうところ、そもそも、談合への働きかけというのは、談合という違法な行為を行うように働きかけるものである。そうすると、談合が違法な行為である以上、違法な行為は、一般的な職務権限には属しえないのであるから、「職務関連性」の要件を欠く

以上が、被告人と弁護人の主張です。

なるほど、弁護人はロス事件で無罪判決を勝ち取った弘中先生だけあって、3点それぞれ、法律構成としてはしっかり考えられているとは思います。

しかし、これらの主張を棄却した最高裁の判断はやはり正当です。

それでは順に、最高裁決定の理由を検討しながら、なぜ私が最高裁決定が妥当であり、陰謀論は聞くに値しないと考えるかを説明したいと思います。

<第一の主張について>

この「職務関連性」の要件の判断基準ですが、判例(例えば、最決昭和31年7月12日刑集10・7・1058)は、(a)一般的職務権限に属するか否か、(b)職務密接関連行為(準職務行為や当該公務員が事実上所管し執務すべき行為)に当たるか否かを問題にしてきました。

そして、本件決定は、受注の請託があった港湾工事そのものは他の省庁の所管事業であることを認めています。

そうであるとすれば、確かに、北海道開発庁長官である被告人の一般的職務権限には属さないし、所管事業ではないのであって、「職務関連性」の要件を欠き、無罪であるという主張は一定の説得力があるように思えます。

しかしながら、本件最高裁は以下のように判示します。

港湾工事の受注に関し特定業者の便宜を図るように北海道開発局港湾部長に働き掛ける行為は、職員への服務統督権限を背景に、予算の実施計画作成事務を統括する職務権限を利用して、職員に対する指導の形を借りて行われたものであり、また、被告人には港湾公示の実施に関する指揮監督権はないとしても、その働き掛けた内容は、予算の実施計画において概要が決定される港湾工事について競争入札を待たずに...工事業者を事実上決定するものであって、このような働き掛けが金銭を対価に行われたことは、北海道開発庁長官の本来的職務として行われる予算の実施計画作製の公正及びその公正に対する社会の信頼を損なうものである。したがって、上記働き掛けは、北海道開発庁長官の職務に密接な関係のある行為というべきである。

簡単に言えば、

1.収賄罪の保護法益が「職務の公正及びそれに対する社会的信頼」である。

2.そして、北海道開発庁長官は、「予算の実施計画作製事務を統括する権限に基づいて、港湾工事の実施計画案の策定に関し、職員を指導できる地位にあった」といえる。

3.そうであるとすれば、北海道開発庁長官である被告人が、港湾工事の受注に関し特定業者の便宜を図るように北海道開発局港湾部長に働きかける行為は、本来的職務である予算の実施計画の作製の公正とそれに対する侵害を損なうといえる行為である。

4.したがって、かかる働きかけは職務密接関係行為であり、「職務関連性」の要件を満たす。

という論法を取っているわけです。

これは保護法益から構成要件該当性を考えるという刑法解釈の模範となる解釈方法であって、非常に論理明快です。

他方、弁護人の主張は、事実上の所管か否かという点に固執しており、保護法益からの解釈がなされておらず、その点において、過去の判例の文言を形式的に適用したという印象です。

最決昭和63年4月11日刑集四二・四・四一九は、衆議院大蔵委員会で審議中の法案について、委員会には属していない衆議院議員に対し、賄賂を提供して、同委員会の議員を含む他の議員への説得を請託した事案ですが、ここでも最高裁は賄賂罪の成立を認めています。

この判例からしても、本件働き掛け行為に職務関連性を認めることは妥当であると考えます。

<第二の主張について>

これは、金築補足意見が詳細に述べています。

弁護人が引用したロッキード・丸紅事件は、総理大臣の職務権限(総理大臣が運輸大臣に働きかけた行為が総理大臣の行政各部に対する指示として、総理大臣の一般的職務権限に含まれると判断した)についての判断です。

ロッキード・丸紅事件では、確かに、運輸大臣の職務権限を認定した上で、総理大臣の職務権限を認定しています。

しかし、金築補足意見は、ロッキード丸紅事件で問題となった総理大臣の指揮監督権限は行政全般にわたる反面、極めて一般性・抽象性が高いので、働き掛けを受ける公務員(この事件では運輸大臣)の職務関連性を認定することで、総理大臣の職務権限を認定せざるを得ない面があるという特殊性を指摘し、この判例を一般化することは相当でないと述べて、本件北海道開発庁長官の事例には、この判例が妥当しない旨を指摘しています。

この説明は非常に説得的です。やはり総理大臣の事案と北海道開発庁長官の事案とを同視して、働きかけを受けた側の職務権限が認定されていないので違法という主張は妥当でないでしょう。

<第三の主張について>

補足意見は、刑法197条の3第1項、2項は、収賄行為とともに、職務違反行為が行われた場合により重く罰する加重収賄罪を定めているので、「職務関連性」の職務は、適法なものに限られず、違法な職務行為の働きかけも「職務」に当たると判断しています。

これも、収賄罪の保護法益が「職務の公正とそれに対する国民の信頼」である以上、適法なものに限るべき理由は無いのであって、保護法益から導く適切な解釈であると考えられます。

<結論>

以上のように、決定文を見る限り、最高裁判例の決定理由は丁寧な理由づけで弁護人の主張を排斥しており、この決定自体には、何ら疑問を挟む余地はないと私は思います。

本件決定は、「職務関連性」の判断において、職務密接関連行為という概念を正面から再度肯定し、その具体的内容の一例を示したという点で意義のある判例です。

したがって、「陰謀である」という主張は、この事件との関係では、考慮の余地すらない妄想的な見解ですし、他方で、この事件をもって、起訴すらされていないしかも政治資金規正法違反事件という全く罪質の異なる小沢一郎氏の事件で小沢氏も有罪になるという見解は到底取りえないというのが私の見解です。

もっとも、職務密接関連行為については、処罰範囲を拡大しすぎていてその範囲が不明確であるという批判もありえるところです。

しかしながら、保護法益が職務の公正とそれに対する社会的信頼である以上、公務員が「職務に基づく事実上の影響力を利用する場合前田雅英「最新重要判例250 刑法第7版」p274)」には、職務密接関連行為に当たるというべきでしょう。

処罰範囲についても、前掲前田p274が指摘するように、「①賄賂を収受する者の公務の大小、裁量権の広狭、②そのような影響力行使がしばしば行われるものか否か、③公務員に働きかけて処分される場合には、当該公務員に対して有する影響力の大小、④影響力行使の態様(地位利用を積極的に行ったか否か)によって決定される」のであり、おのずとその範囲は明確になってくるのであって、これが不当に不明ということにはならないでしょう。

上告趣意書を見ていない以上、弁護人がどこまで職務密接関連行為には当たらないという具体的論法をしたかは解りかねますが、本件最高裁決定が不当な内容という評価はなしえないと私は考えます。

読売新聞などはこの事件についてかなり紙面を割いていましたが、こうした決定の解説は皆無でした。記事を読んでも争点が何か良く解りません。司法関連の報道は本当に陳腐です。多くのマスメディアには、47NEWSを見習ってほしいと思います

なお、一部の方は加重収賄が成立する事案ではないかと指摘されているようですが、私はこの見解には賛同しかねます。

注意深く読めば気づくと思いますが、最高裁決定文は、事件当時、港湾部長が落札すべき業者を指名し、職員を介して通知することが常態化し、官製談合が既に行われていたことと指摘しています。最高裁は、被告人が官製談合を主導的に作り上げたという認識ではなく、既に存在していた官製談合を利用したという理解をしているのではないでしょうか。

そうであるとすれば、特定業者への落札の便宜を図るように働きかける行為それ自体だけでは、職務に違反する不正な行為とは言い難いのであって、職務に違反する何らかの具体的行為の認定が必要です。例えば、入札において最低予定価格を通報した行為(西田p456)などです。

本件では、このような具体的行為の認定はされておらず、働き掛け行為これのみをもって、「不正な職務行為」と評価することはできないと私は考えています。

以下が本日取り上げた収賄罪の理解において参考になる図書です。

引き続き今回も紹介します。

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09/03/2010

討論とはいえない日本記者クラブの公開討論会

今日の話題は題名通り、昨日行われた民主党代表選挙に関する日本記者クラブが主催した「公開"討論"会」についてである。

題名からも明らかなように、この会の中継映像をインターネット等で見たところ、”討論”とは全く呼べないレベルの低いものであった。

なぜならば、候補者二人の資質という面もあるが、この討論において行われた大手マスメディアの記者やジャーナリストによる運営方法、質問方法が非常に幼稚であり、およそ、「公開記者会見」であり、討論という要素がゼロだからである

具体的に指摘すると、この会は第一部と第二部で構成され、全体で2時間しかない討論会において、特に、後半の1時間を3,4名の代表記者が質問をし、候補者が答えるという方式のやりとりが続くのであるが、記者の質問は明らかに小沢氏に集中し、現職の総理大臣の菅氏はそこにいないのではないかと思うほど、軽く扱われてしまっている

それ以上に気になったのが、記者の前置き、意見表明が長く、候補者同士に議論させるような場面がほとんどない点である。

代表記者として、真ん中にいた髪の毛の薄い記者(どこの会社の誰なのか覚えていないが)はとりわけ酷かった。自分の価値観を押し付けるような質問が目立ち、いわゆるディベートやディスカッションのように交通整理をすべき立場の記者が、候補者を批判するような意見を述べ続けているのである。

私は、「討論」というのであるから、アメリカの大統領選挙のテレビ討論会のように、司会者(モデレーター)がきちんとした討論指揮をして、候補者がお互いの政策の良さをアピールしたり、相手の弱さを批判し合う交通整理を厳格に行うことで、建設的な議論が始まるのかと、ほのかな期待をしていたが、これは見事に、マスメディアならぬ低俗な"バカ"メディアの代表記者たちのダラダラとした討論指揮と稚拙な質問合戦に打ち砕かれてしまった

こんな記者会見と変わらない、非建設的な時間の浪費を日本の記者は、「討論」であると考えているのであるから、日本にトニー・ブレア元イギリス首相のように、説得的なリーダっシップを発揮できるような政治家は育つはずがない。

討論というのであれば、きちんと事前に争点を絞り、主尋問、反対尋問、再主尋問という形で、しっかり交通整理されなければならない

にもかかわらず、前半の討論特化の第一部においても、この会は、争点の設定から始まり、質問、回答をすべて各10分の中で行わせ、司会者がいてもいなくても変わらないような運営方法をとっているため、モデレーターたる司会者の交通整理が全くなく、両候補者も抽象論に終始し、全く具体的な議論がなされていない

相手がダラダラと回答すれば、それを制したり、問われていることをはぐらかしていれば、それを公正に追及するのが、司会者たるモデレーターの役割である。

しかしながら、これは私が見たところ、全く行われていなかったように思う。

こんな甘い討論会であれば、政治家も大した準備なく臨めてしまう。これでは、全く政策の具体論に入る余地はない

また、もっとひどいのは、第二部で記者の関与が多くなった場面で、代表記者が「説明責任」というバカの一つ覚えのような言葉を繰り返し使って、具体的政策論争の時間を削って、「政治とカネ」の問題に終始していることである。

政策論争をやるべきと常日頃主張しているメディアがそれを妨げているのであるから、なんとも滑稽である

正直、「政治とカネ」を問題にするのであれば、官房機密費の問題であるとかを追求する方がよっぽど建設的である。これは、国民の税金その物の使われ方であって、国民の知る権利に奉仕する情報であろう。

にもかかわらず、日本記者クラブのトンチンカンな代表記者たちは、自分たちの機密費関係の利権が奪われるのが嫌なのかと邪推したくなるほど、一切この問題には触れず、自分たちがあたかも小沢氏を追求する検察官にでもなったかのように、政治とカネの問題に時間を浪費しているのである。

何を持って「説明責任を果たした」というゴールラインが見えない問題を取り上げ続けるのが、成熟した民主主義国家におけるマスメディアの適正な姿といえるのか、私は甚だ疑問に感じた

さらに、質問者が、非常に公正さを欠いていると思ったのは、小沢氏が首相になることを前提とした質問が多かったり、菅現総理大臣に与える質問量が少なく、菅氏がアピールする時間(いわば、発言時間)が相対的に、小沢氏より少なくなってしまっている点である。

この扱いには、菅総理が不憫に感じた。

いずれにしても、候補者の資質の問題よりも、この会の運営方法を設定した日本記者クラブに加盟している記者たちが、「討論とは何たるか」を知らないという根本的な問題に起因して、非常にレベルの低い記者会見になっていた

こんなレベルの低い質問会を「公開討論会」と称して、「次の我が国のリーダーにふさわしいのはどちらだ?」と言われても、党員・サポーターも選びようが無いだろうし、マスメディアを妄信しない良識ある国民は悶々とした気持ちになるのではなかろうか

フジテレビに至っては、こんなレベルの低い質問会を「激論」と評するのであるから、本当に驚いてしまう。

この質問会を見て、私は、日本の政治が未熟である原因は、無能な政治家やそれを選んでいる国民の責任だけではないと感じた。

最大の元凶は、多くの視聴者を思考停止に陥らせている今回の代表記者らのような「討論とは何たるか」、「議論とは何たるか」を全く理解していない、自己満足ジャーナリズムを実践しているマスメディアにあると私は思う。

権力を単に批判すれば良いという戦後の幼稚なジャーナリズムからいつになったら日本は脱却できるのであろう。

なお、以下のように、小沢氏の訴追同意の意向を取り上げているメディアがあるが、これに騙されてはいけない。

小沢氏「(訴追の首相同意)私は逃げません」 

産経新聞 9月2日(木)16時34分配信 

小沢氏、出馬表明 首相になれば強制起訴困難 憲法上では 民主代表選

産経新聞 8月27日(金)7時57分配信 

そもそも、総理大臣が同意しようが、しなかろうが、小沢氏の刑事責任に対する訴追の権利は妨げられない。

これに関しては、以前の記事小沢氏の出馬表明を冷静に受け止められないメディアと踊らされる国民で、詳解したように、憲法75条但書がある限り、この問題を大きく取り上げる意味は無いし、訴追に同意するから小沢氏が総理大臣に適当な人物という話にもならない

このように、記者の飯のタネになるような表面的な問題しか捉えられず、中身の無い情報を毎日繰り返し流しているマスメディアは百害あって一利ない。

読者の皆さんには、今回の"質問会"も、フリージャーナリストの方がノーカットで流している(リンク先はビデオニュースドットコムの映像)ので、生の情報に触れ、本当に討論会というにふさわしい運営方法や質問方法であったか、自分の目で確かめてもらいたい。

引き続き今回も紹介します。

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09/01/2010

消費税発言への反省がゼロの菅首相

ライブドアニュースに転載された前回の記事「小沢氏の出馬表明を冷静に受け止められないメディアと踊らされる国民」は好評(?)だったようで、アクセス数が急増した。やはり、なんだかんだ言って、日本の行政の長を選ぶ選挙である今回の民主党代表選には、かなり多くの人が関心を持って、悶々とした気持ちを抱いているのであろう。

迷走に迷走を続け、一時はどうなるかと思った民主党の代表選挙であるが、やっと、菅首相VS小沢前幹事長という形での政策討論に移りそうである。

私は、民主党の党員でもサポーターでもないので、投票権はないが、国政選挙における一有権者、国民の一人として、首相を選ぶ代表選挙には注目したい。

追々、結果として、どちらの人物がふさわしいか、それぞれの言動を評価することで、私見を発信しようと考えている。

ただ、今日の出足早々、菅総理大臣の発言を聞いて、私は、「この人は本当に分析能力がゼロなのではないか。官僚や他人のせいばかりにして、自己反省できない人なのではないだろうか。」と感じてしまった

その発言を伝える記事が、以下の記事である。 

消費増税、争点化の意向=菅首相「大いに議論を」―民主党代表選
8月31日19時10分配信 時事通信 

 菅直人首相は31日夕、東京・永田町の憲政記念館で記者会見し、民主党代表選への出馬を正式表明した。選挙戦で訴える政策に関して、首相は「社会保障の在り方と、その財源としての消費税の在り方は大いに議論していくことが必要だ」と述べ、参院選で掲げた消費税率引き上げを争点に据える意向を明らかにした。具体的な政策は9月1日に公表する考えを示した。

 首相は「日本を立て直す上で、経済成長、財政健全化、社会保障の強化を好循環になるような形で進めていくことが必要だ」と指摘。また、「今の日本が縦割りの『霞が関』の中で、やるべきことがやれていない。日本の行政の在り方、政治の在り方を根本から変えていくことがわたしに課せられた使命だ」として、抜本的な行政改革に取り組む決意を示した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100831-00000152-jij-pol

どうやら、菅首相は何が何でも消費税を増税したいようである。

私は、税政策や経済に関しては素人であるので、専門的なことは正直解らないが、現状で消費税を増税することが決まれば、ますます日本の消費は落ち込み、景気は冷え込むのではないかと素人なりに懸念してしまう。

こうした議論は専門家がやるであろうから、私は経済や税政策という面からの議論はこれ以上深入りしない。

しかし、先の参議院選の敗因がどこにあったのかという分析を菅首相は出来ていないように思う。

様々な要因が重なったであろうが、就任後、一時的に支持率がV字回復したことを鑑みれば、この世論調査にマスメディアの意図が混入したり、操作されていないという前提が守られている限り、当然、主たる敗因は、菅首相の消費税増税議論発言である。

私は、これが民主党への投票を避けようという決定打になったと考えるのが通常人の合理的思考ではないかと思っている。なぜならば、この発言以後、支持率は急低下しているからである。また、極めて個人的な印象ではあるが、私の周りの多くの人がこの発言を境に、「民主党は終わったな。」、「裏切られた。」という声を挙げていたように思う。

にもかかわらず、なぜ菅首相はここにきて再度、消費税増税を争点化すると先走った発言をしてしまっているのであろうか。

そもそも、有権者が、民主党にNOを参議院選で突きつけたのは、約束したことを真正面からやらずして、安易な増税議論をしようとする菅直人政権にほとほと嫌気がさしたからであろう。少なくとも私はそのように分析している。

しかし、どうも、菅首相の一連の発言を見ていると、大敗の原因は、消費税増税議論発言には無いと思っているように見えて仕方ない

消費税増税の議論は明らかなマニフェストの変更であるにもかかわらず、この点に対する説得力を一切発揮できていない菅総理であるが、代表選では、納得のいく説明ができるのか注目である

それができなければ、今はやりの「AKB」(ちなみに私はこのアイドルグループのメンバーの名前や顔が一切解らないが)ならぬ「ABK(Anybody but Kan)」という消極的な理由で、次の総理大臣を決める投票を投じてしまう議員や党員、サポーターも出てくるだろう。

また、記事にある菅首相の「日本の省庁が縦割りだ」という批判も、行政の長の発言としてはお粗末である。

政権与党となって1年以上たっているのであるから、縦割りの弊害が続いているとすれば、それは、各省庁の大臣や副大臣、政務官となっている民主党議員の調整能力が欠けており、自民党時代のお飾り大臣と全く変わっていないということを告白しているようなものである。

少なくとも、行政庁の長なのであるから、行政機関の問題に対しては、自分の立場をわきまえて、他人のせいにして批判するのではなく、自らの失敗を成功に変える不断の努力をしている姿を言動で示してもらいたい。

それにしても、日本の政治家は本当に自分の発言に対する姿勢が軽くて仕方ない。何も考えないで発言しているのではないかと思ってしまう。

このような政治家を選んでいるのは国民であるから、結果的には主権者たる国民がこのような政治家しか選べない点において、未成熟ということになるのであろうが、それにしても、日本に他の先進国並みの民主主義を謳歌出来る日はいつ来るのであろうか。

さて、前回に引き続き今回も紹介します。

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