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02/04/2010

朝青龍問題や小沢問題に対する白々しい価値観先行報道について

自分で思考することの重要性を熟知している人間であれば、一連の朝青龍問題や小沢問題に対するマスメディア、とりわけ、テレビ、新聞メディアの価値観先行報道の問題点に気が付いている人は多くいるのではないだろうか。

他方で、テレビや新聞の報じる内容が真実であると疑い無く信じ込んでいるお人好しの人々も我が国には多数いるわけで、そういった人々がこの国の行く末をメディアに乗せられ、場当たり的に判断しているとすれば、我が国も衆愚政治の真っただ中に陥っていると危惧せざるを得ない。

連日メディアに踊っているこれら2つの問題について、既存の報道とは違った観点から簡単に考察してみたい。

1.朝青龍の暴行、品格問題、引退報道について

暴行の事実に関しては私はその事実を知りうる立場にないので、それが事実として認定することはできないし、真実であるとの前提でこの問題を論じることはできない。

暴行罪は親告罪ではないので、仮にそのような事実があるとすれば、捜査機関が適正捜査をするであろう(少なくとも制度上はそう期待される)。

したがって、暴行問題については深入りせずに、この問題の取り扱われ方、朝青龍に対するこの問題以外の報道姿勢について、考察する。

結論から言えば、私がこの問題で言いたいのは、朝青龍に対し「品格がない」と批判することの不合理さである。

かつて、フランスのサルコジ大統領が大相撲を「頭にポマードの塊を乗っけたデブのぶつかり合いの何が面白いのか」と評したことがあったと記憶しているが、朝青龍に対し、「品格がない」という批判を聞くたびに、私は「頭にポマードの塊を乗せたデブ」たる力士に品格をそもそも要求すること自体が間違いではないかと思う。

大相撲の力士に、野球選手やサッカー選手、その他のスポーツ選手と同様のアスリートとしてのスポーツマンシップが要求されるというのであれば、それはその通りであろう。

しかし、横綱に別途、勝利後にガッツポーズをしてはいけないなどの「高度な品格」というものが要求されるとすれば、これはおかしな話である。なぜならば、それだけの高度な品位を要求するほどの教育や環境が大相撲には今現在存在しないためである。

学歴差別をするわけではないが、力士をはじめとしてスポーツ選手の中には中学卒業そこそこでプロのスポーツ界に入り、その世界に没頭して力を上げることが要求されることが多い。

そのような環境で、一定の社会的常識を身につけることはできても、一般人以上の「品格」なんてものを身につけられるような教育や環境が用意されているとは到底考えられない。

相撲協会は、公正な選挙すらできず、自分たちの思惑通りの投票結果にならなかっただけで、一門会議を開き、造反探しとも取られかねない行動をするOB(親方)が牛耳っている組織である。

そんな組織が、そもそも、アスリートたる力士に品位を身につけることができるような教育をしているとは私は思えない。

そのように考えれば、勝って嬉しい時にガッツポーズをしたことについて、「品格がない」と批判し続けてきたメディアは、私は必要以上に過大で無理な要求を朝青龍に求めてきたように思う。

今回の引退報道を見ていると、「驚いた」などと白々しく語っているメディアの司会者などを多数見かけるが、これだけ毎場所、視聴率のネタのために叩かれ、その度に執拗なメディア攻勢を受けていれば、辞めないで続ける方が困難ではないだろうか。

確かに、引退の決断に今回の暴行問題が大きく影響したであろう。しかし、私は今まで朝青龍がメディアの理不尽な批判にもかかわらず、引退せずに頑張ってきたという点については称賛したい。

もっとも、暴行問題については、先述のように別途考察が必要である。

力士はいわば、ボクサーと同じような格闘技の部類に入るアスリートであるから、場合によっては、素手でも凶器になる。そうしたアスリートが暴行行為をしたとすれば、これは刑事責任に発展する問題であるから、この点は捜査機関により適正に解明されることを望む。

しかし、私は、あくまでこの問題を朝青龍の横綱としての品格の問題の延長線上に位置づけるべきではないと思うわけである。

横綱としての品格がないから暴行事件をしたというのは、一見して筋の通った主張に見えるが、暴行事件は品格の問題ではない。仮に暴行が事実だとすれば、刑事事件を引き起こしたことを品格の問題に矮小化すべきではない。

また、「横綱としての品格なんてものがあるのか?」「そういうものを要求できる状況にあるのか?」ということを考えなければ、大相撲の腐敗した状況は今後も続くのではないだろうか。

2.小沢氏不起訴に対する報道

小沢氏に対する捜査への疑問報道機関の問題については、過去2回取り上げているので、まだ読んでいない方で、興味のある方は、そちらで私の見解を再度確認してほしい。

不起訴判断について色々な見方があるだろうが、今回の不起訴は嫌疑不十分という理由での不起訴である。

「犯罪を認め、反省しているから、起訴しなくても良いだろう」という検察官の判断に基づくものではない。

これについて、「起訴されなくても灰色だから潔白を証明しろ」という自民党議員やメディア等の馬鹿げた発言を聞いていると、果たしてこの国の立法者たちは憲法や刑事訴訟の基本的原則に対する理解をしているのかと恐ろしく感じてしまう。

「疑わしきは被告人の利益に」

これは刑事司法の大原則である。

「灰色は白」というのが刑事事件における根本的な原則なのである。

それを、「灰色だから、白だと立証せよ」というのでは、戦前の軍国主義や水戸黄門などの時代劇で、悪代官が善良な農民に在らぬ疑いをかけて、白だと立証せよと言っているようなものである。

こうしたおよそ馬鹿げた主張が、立法府の構成員である人間から出てくることが非常に驚きである。憲法の根本的価値である法の支配の概念が欠如していること甚だしい。

もし、小沢氏に「白だと立証せよ」と要求するのであれば、自民党もメディアも、刑事告発を受けている麻生太郎政権下での河村官房長官の機密費流用が横領罪に当たるという点についても、この問題以上に、「白だと立証せよ」と要求すべきであろう。

しかも、河村氏の事件は未だ不起訴判断は出ていないのであるから、自民党やメディアの論理からすれば、そっちの方が説明責任が求められるだろう。

検察にだって説明責任がある。

嫌疑不十分で、不起訴判断をする以上、「あらぬ疑い」をかけてしまったことを認めるわけである。いくら理由をこねくり回したって、裁判で立証できない嫌疑は、「あらぬ疑い」であることに変わりはない。

この問題に対する検察の捜査行動が、国政、予算審議への影響を与えている以上、「あらぬ疑い」をかけた点については真摯に反省して、国民に対し、十分な説明をしなければならないのではないだろうか。

仮に、あなたが、殺人事件であった場合に、自分が共犯だとの嫌疑をかけられ、不起訴になった後も、「グレーだから、お前が白だと立証しろ」という要求をメディア等に突きつけられたとしたら、あなたはどう考えるであろうか。

小沢氏に対する報道の在り方はまさにこれと同じことを言っているのである。

このような乱暴な議論がまかり通って、「小沢は怪しい」、「小沢は何かやっている」という価値判断が先行して、大手メディアで白々しく報道していることに、私は、非常に大きな危機感と恐怖を感じる。

---

さて、今日紹介する本ですが、こうしたメディアの恐ろしさから、やはり、メディアと捜査機関によって、本当に「あらぬ嫌疑」をかけられた人々の生の声を知ることがあってもよいという思いで紹介します。

足利事件の菅家さんと松本サリン事件の河野さんの対談です。小沢氏に対する事件報道と捜査機関の捜査手法は未だに反省もなく、推定有罪といっても過言ではありません。

そうした冤罪を生む土壌から、真実を見つけ出さなければならないのは、裁判官であり、今は裁判員となりうる国民自身です。

いつ皆さんが裁判員となり、冤罪事件を扱うか解りません。そのためにも冤罪を生む土壌がどういうところにあるのか考える上で、冤罪被害者の生の声を知るのは重要でしょう。

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Comments

管理人様、はじめまして。
管理人様の法律的見地からの冷静な論評には、毎回、感銘を受けております。
さて、今回の小沢氏をめぐる報道では、いわゆるヤメ検弁護士の一部の方が、いまだに「不起訴ではあるが、黒に限りなく近いグレーである」など、推定無罪の原則等の基本原則を無視する発言をテレビ等で行っております。いみじくも法律の専門家である弁護士が法治国家における基本原則を無視する発言を公共の電波を通して行うことは、一般国民に誤解を与えるものであり、弁護士の懲戒処分の対象にはならないのでしょうか?
できれば、心ある法律家の方々が今回の報道に対して行動を起こしていただきたいのですが、いかがでしょうか?

Posted by: 青鬼 | 02/05/2010 at 06:12 PM

おっしゃりたいことには共感する部分も多く、楽しく読ませていただきました。

>>学歴差別をするわけではないが、力士をはじめとしてスポーツ選手の中には中学卒業そこそこでプロのスポーツ界に入り、その世界に没頭して力を上げることが要求されることが多い。

>>そのような環境で、一定の社会的常識を身につけることはできても、一般人以上の「品格」なんてものを身につけられるような教育や環境が用意されているとは到底考えられない。

この文言は如何なものかと私は捉えます。品格の定義を捉える部分にて考え方の違いがあるのは承知の上で、「歴史の上で作られた日本的な品格」として考えられるならば、学校教育の機会は別物と考えます。

品格の価値観は変化する、その上で述べたと捉え読ませて頂きました。

Posted by: admin | 02/05/2010 at 08:40 PM

朝青龍関に関しては、全く仰る通りだと思いますね。
横綱審議委員会や相撲協会はペナルティを課すだけで、責任をとる事はしませんね。かつて、大鵬は現役横綱の時、拳銃を密輸して送検されましたが、それで引退したわけではありません。

小沢さんに関しては確かに「検察が起訴しようとしていた罪状」に関しては灰色=白、ということになりました。
ですが、「政治家が政治資金で不動産持って何やってんの?」というのが私を含め多くの人達の疑問に思う所であり、各マスコミはそこのところを突っ込んで報道してくれないのでイライラしてるのだと思いますよ。
小沢一郎名義の不動産所得費用が陸山会から「事務所費」名目で出ている。
これは許されるのでしょうか。
人間の感情は「罪刑法定主義」で割り切れないのです。
そして、国会では立法府の責任においてこのような脱法行為がまかり通らない様、速やかに政治資金規正法の改正がなされるべきだろうと思います。

Posted by: ksy | 02/06/2010 at 04:54 AM

お久しぶりです。

朝青龍に関して、メディアと<世論>の反応を別として、<品格>に関しては、同意出来ません。
『大相撲』が、<興行>であって、<ショウ>である事を前提にしても、『横綱』は格闘技のチャンピオンとは、その置かれた立場はやはり違います。
そのたどって来た歴史の背景(やはり興行ですが)
から、<神事>にかぶった部分すら有ります。
その<神事>を肯定するか、否定するか、も別として、単なる格闘技と<同列>には並べられないでしょう。
今は止めましたが、横綱の権威は、つい最近まで『吉田司家』での土俵入りが義務であったことなども、その成り立ちが窺えます。
これは、日本の歴史と伝統の一部であって、それだけの<覚悟>で受けなければならないと言っても良いくらいなのです。
朝青龍の悲劇は(喜劇か?)、彼の親方のレベル
の異常な低さと、それだけの内容を教えてやれる<タニマチ>がいなかった、という事でしょうね。
サルコジーは、フランスの支配階級の人間としては、かなり教養のレベルの低い人種(元来そのクラスで求められている学歴の無い)なので、全く取り上げる価値は無い、と思われます。
お忙しいでしょうが、更新楽しみにしております。
晴れのち曇り、時々パリ

Posted by: 時々パリ | 02/06/2010 at 09:13 PM

>中学卒業そこそこでプロのスポーツ界に入り、その世界に没頭して力を上げることが要求されることが多い。
> そのような環境で、一定の社会的常識を身につけることはできても、一般人以上の「品格」なんてものを身につけられるような教育や環境が用意されているとは到底考えられない。

これはかなり断定しすぎという印象を受けました。

おそらく横綱の品格というのは、実際に横綱の「立ち居振る舞いを見て学ぶ」ものなんだと思います。誰も教えないし、誰からも教わらない。自然と「そういうものだ」と理解することではないでしょうか。卑近な言い方をすると「空気を読む」にかなり近い。

朝青龍にはこれがなかった。もしくは、分かっていたけど「空気に反発した」「空気を無視した」ようにも感じられます。

Posted by: mono | 02/09/2010 at 12:32 PM

続きで1つ質問したいのですが、法曹界では「裁判官の品格を教育する」なんていうことがあるのでしょうか?

これも推測ですけど、裁判官の品格は、これも実際に裁判官の立ち居振る舞いを見て感得するものなのではないでしょうか。

もし「裁判官の品格教育」が本当にあったとしたら、ちょっと笑ってしまいます。

Posted by: mono | 02/09/2010 at 12:38 PM

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