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11/13/2009

事業仕分に違憲の疑い!? ― パフォーマンスより実績を

先日の「外国人の地方参政権付与について」という記事に関連し、面白い時事通信配信の記事(下記参照)を見つけたので、一言述べようと思います。

亀井氏はさらに、モルガン・スタンレー証券のロバート・フェルドマン経済調査部長が仕分け作業に当たっていることを問題視。「事業仕分けは権力の行使そのもの。外国人を入れるのはおかしい」と、メンバーを人選した仙谷由人行政刷新相らを批判した。

この亀井大臣の発言を聞いて、皆さんはどう感じましたか?

私は、「お、見た目によらず、なかなか鋭い事を言うんだな」と思い、感心してしまいました。

先日の上記記事にも書きましたが、外国人の公権力行使等公務員への就任は「我が国の法体系が想定するものではない」と最高裁判決は言っています。

*先日問題視した産経新聞の記事のような不正確なことは言いたくないので、あえて言いますが、この判例は地方公務員における公権力行使等公務員の定義をしたもので、国家公務員について直接言及したわけではありませんが、公権力等行使公務員を定義する上で、両者に違いを設ける必要性が私としては疑問なので、以下、同義だという解釈の下、お話します。

私自身、この「事業仕分人」という方々が、具体的にどういう身分関係なのかわかりません(公務員たる地位が付与されているのか、賃金をもらっているのか、完全なボランティアなのかは残念ながら調べましたが把握できませんでした)。

最高裁のいう「公権力行使等公務員」の定義は、「住民の権利義務を直接形成し、その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行う者」、若しくは「重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画することを職務とする者とされています。

そうすると、事業仕分人が、全くのボランティアである場合は格別、国から賃金をもらっているとすれば、国家予算の配分という重要な施策に参画を職務として行っているとして、「公権力行使等公務員」に該当するような気がします。

これにつき、平野官房長官は、産経ニュースの報道によると、以下のような反応をしたようです。

 12日午前の記者会見で、行政刷新会議の「事業仕分け人」として外国人が参加していることについて「(仕分け人は)専門家としての考え方を述べているのであり(最終決定ではないので)公権力の行使にあたらない」と述べた。問題はないとの認識を示した発言だ。

しかし、最高裁が定義する、「公権力行使等公務員」に当たるかは、決定権の有無により決するわけではなく、「重要な政策に参画することを職務とする者」なのか否かで判断するわけですから、上記の平野官房長官の言い訳は的を得ていません。

少なくとも、憲法の問題が絡んでくることが明らかになったのですから、政府は「事業仕分人」の法的地位(国との契約関係)について、丁寧に説明すべきです。

仮に、賃金をもらっているとすれば、外国人の公務就任権が許容されているのか、禁止されているのかという昨日の記事の内容が、直接的に問題になってくるわけです。

個人的には、現在の鳩山政権が、仮に賃金を払って、職務として、予算の配分という"国政"の重要な施策に決定に参画させているとすれば、違憲の可能性が極めて高いと思います。

もっとも、我が国は抽象的な違憲審査を行わず、具体的権利義務の判断に必要な範囲で行われる付随的違憲審査制度を採用していますから、これを訴訟上どう争うかというのは別途、面白い議論として残るでしょう。

つまり、事業が廃止され給付金を受けられなくなった法人等が、その給付撤回処分を取消訴訟で争うとか、行政法上の訴訟選択について面白い議論ができるかもしれません。

しかし、そうした訴訟法的観点の話はマニアックすぎるので今日はこれ以上深入りしません。

さて、亀井大臣ですが、見た目の印象などから、失礼ながら、あまり賢くないようにも見えてしまい、乱暴な旧来的な政治家と捉えていました。

一般的にも印象があまり良くないのではないでしょうか。

しかし、亀井大臣って、よくよく聞いてみると、結構まともなことを言ったりするんですよね。亀井大臣ってモラトリアム法案のときもそうでしたが、発言が丁寧でないので、印象も含め凄く損をしているように思います。

「実際は結構良いことを言っているのでは?」と今回の発言から、有権者の一人として、亀井大臣を再評価し直しました。

それにしても、行政刷新会議の事業仕分人のニュースから、先日の記事で説明した外国人の公務就任権の問題が絡んでくるとは思いもしませんでした。

なお、あらゆるところで話題になっている民主党の事業仕分。

事業仕分を行うことそれ自体はマニフェストの基本的な部分であって、非常に良いと思いますし、民意を経た政策なのですから大いにやるべきだとは思うのですが、今回、その方法論には疑問を持たざるを得ません。

そもそも、1時間で結論が出せるような問題なのかと思うわけですね。

蓮舫議員や枝野議員の過剰なパフォーマンスじみた発言とかを目の当たりにすると、なんだか本気で国民の目線で、事業の洗い出しをしているのかと思ってしまいます。

例えば、透明性を高めたりするのは良いですが、いくら官僚が無駄遣いをしてきたと言っても、事業について発言したがっている者の発言を許さずに判断をするというのはどうも雑だと思います。

裁判でも、不規則発言は格別、原告被告が主張したいと言っているのに、「聞きません。裁判所の聞くこと以外発言を許しません」という訴訟指揮をし、当事者に不満が残ったまま一方的に裁判官が判断してしまえば、その裁判官への当事者の信頼は失われてしまいますよね。

そういうことへの配慮って極めて重要だと思います。つまり、事業仕分においても、あんまり乱暴に無駄と決めつけてかかり、「質問したこと以外の事業担当者の主張は許さない」というような印象を与えることはマイナスなのではないでしょうか。

重要なのは、国民の本当の利益のために、しっかり検証することであって、官僚と無駄な戦いをしている姿をアピールすることではないと私は思うわけです。

そういう暇があるなら、これも先日の記事「日本の政治家の数は多すぎる!?」で指摘したように、地方議員の数を減らせと言いたくなってしまいます。

ただ、今の段階で、民主党の行っている事業仕分に意味がないとかいう批判は私は控えたいと思います。なぜなら、そういう批判は実績が出てきて初めてできるのであって、今はその段階ではないからです。

最後に、独立行政法人「国立女性教育会館」の理事長である神田道子さんがあたかも官僚の抵抗勢力のような描かれ方に凄く違和感を感じました。

面識はありませんが、神田さんは、女性の地位向上の第一人者で、長く民間人として活躍されてきた方として有名です。

東洋大学の初の女性学長としても活躍され(私の記憶が正しければ、神田さんは総合大学で初の女性学長であったと思います)、女性の社会進出と言う問題については、蓮舫議員とは比べものにならないくらいの実績と知見がある方と聞いています。

彼女をあたかも既得権益にしがみつく官僚のように描いた報道やそれを意図したかのような「仕分人」の対応には、「国民の利益を本当に考えているのか?」と個人的には非常に疑問に思った瞬間でもありました。

無駄の名の下に、必要な予算が削られ、結局は官僚の思うがままという事態は、本当に政治不信を招くので、パフォーマンス政治はやめてもらいたい。

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社民と国民新、仕分け人に入れず不満=亀井氏、外国人メンバー問題視
11月11日15時19分配信 時事通信

 政府の行政刷新会議の事業仕分け人が民主党議員と民間人に限定されていることについて、社民、国民新の両党内から11日、不満が噴出した。平野博文官房長官らは両党議員をメンバーに追加する方向で検討に入ったが、同日スタートしたばかりの無駄を削る仕分け作業は、出足からつまずいた格好だ。
 社民党の福島瑞穂党首(消費者・少子化担当相)は11日午後の記者会見で「社民党議員を仕分け人に入れるよう官房長官に要請したい」と表明。国民新党の亀井静香代表(金融・郵政改革担当相)も記者会見で「3党連立と言いながら国民新党や社民党の議員が入っていない」と不満を示した。亀井氏はさらに、モルガン・スタンレー証券のロバート・フェルドマン経済調査部長が仕分け作業に当たっていることを問題視。「事業仕分けは権力の行使そのもの。外国人を入れるのはおかしい」と、メンバーを人選した仙谷由人行政刷新相らを批判した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091111-00000106-jij-pol

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Comments

事業仕分けをニュースで見て、なんか似たような物を見たことがある気がすると思ったら、裁判だったようです。なんで気付かなかったのか。
事前に調査して、証人(被告人か?)も呼んで、判決を下す。無罪が存続、有罪は予算削減。悪い例えですが、廃止は死刑といった所でしょうか・・・。
そっくりなのですが、しかしどうにも裁判のように適正な運営がされているようには見えませんね。少なくとも民主国家の裁判ではありません。

Posted by: サテー | 11/14/2009 at 07:08 PM

こんばんは。
7月にcharlie bit meのお話でコメントしたSRです。

行政刷新会議、仕分け、ワーキンググループ等に
ついてライブ中継や記事をweb検索している中、
偶然Twitter でお名前を目にしました。
TwitterIDはもっていませんので、こちらに
書き込みます。ご参考まで。

行政刷新会議(第1回)議事次第
http://www.cao.go.jp/sasshin/kaigi/honkaigi/d1/shidai.html

事業仕分けを含む今回の歳出見直しの考え方
http://www.cao.go.jp/sasshin/kaigi/honkaigi/d1/pdf/s5-1.pdf

行政刷新会議(第2回)議事次第
http://www.cao.go.jp/sasshin/kaigi/honkaigi/d2/shidai.html

ワーキンググループの設置について
http://www.cao.go.jp/sasshin/kaigi/honkaigi/d2/pdf/ss3.pdf

Posted by: SR | 11/15/2009 at 09:46 PM

>SRさん

お久しぶりです。コメント有難うございます。
この情報本当にありがとうございます。

事業仕分が世間で話題になっているので、これについてブログでも取り上げようと思っていたのですが、この事業仕分の公式の趣旨・目的についての情報が収集できず、困っていました。

個々の事業がどうのこうのという話もあるとは思うのですが、私はあくまでも法的思考をベースにした記事を書きたかったので、目的と趣旨を正確に把握したいと思っていました。

今後数日中にアップする記事でも書きますが、①目的と②手段・方法という観点が法律上きわめて重要な着眼点であり、手段方法の妥当性を論じる上でも、目的が正確に把握できないと十分な検証はできません。

ですから、貴殿の情報にはとても感謝しております。有難うございました。

Posted by: ESQ | 11/15/2009 at 10:45 PM

>又はこれらに参画することを職務とする者」

参画という言葉の定義はなんでしょうか?

>「重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画することを職務とする者」

というのであれば、外国人の大学教授に意見を聞いたうえで政策を決定する、その場合に報酬を払う、ということになると、違憲なのですか?

彼らが裁判でいう鑑定人のようなものだとすれば、たとえ公的に報酬が払われても公務員ではない気もするのですが。。

Posted by: tl | 11/24/2009 at 02:22 PM

> tl さん

はじめまして。

この問題、別途記事にしようと思っていたのですが、忙しくていまだ実現していません。

藤末議員に教えていただいた仕分人の地位を考慮して、結論から言えば、公務員(常勤・非常勤問わず)の地位が付与されていない(付与したという実態があるとは言えない)以上、前提を欠きますから、最高裁のいう公権力行使等公務員には当たらず、違憲にはなりません。

つまり、最高裁の判例はあくまで、公務員に昇進問題を扱った事例ですから、公務員という前提がかければ、あの判例の法理が直接は妥当しません。

私の記事を書いた当初の理解では、仕分人の地位が不明だったので、仮に、「『賃金』を払っているとすれば、国との間に使用従属関係が存在し、仕分人には非常勤又は臨時職としての公務員の地位が付与されているとすれば」という前提で、当該判例との関係を説明しています。

しかし、仕分人の地位ですが、藤末議員の説明によれば、総理大臣による委託という形式ですし、行政刷新会議の委員とは異なる地位とされていますから、公務員の地位が付与されていないという扱いになっているようです。

そうであれば、公務員という地位の付与がないということですので、記事で紹介した判例は妥当しません。

ただ、実質的に外国人が予算策定の決定に影響力を強く及ぼしている(実質的な最終権限を持つ者と同視できる者)とすれば、それは国民主権の原理にもとりますから、最高裁の判例の趣旨を解釈すれば、違憲の可能性は高くなると私は思います(間違えないようにしてもらいたいのは、この点につき判例は何も言っていません。あくまで判例が重視する国民主権の原理の趣旨から考えると、その場合は違憲の可能性が高いのではないかという解釈論にすぎません)。

もっとも、実際の行政刷新会議の仕組みを見てみますと、行政刷新会議の仕分人の権限を明確ではなく、仕分人の出した意見に関わららず、行政刷新会議の委員の方(これは総理大臣を議長とする政府の委員)で、最終権限を持っているわけですから、その仕組み上は、仕分人に何ら予算配分の権限はない(彼らが勝手に意見を言っているだけで実質的判断は委員の方でやることになるという仕組みになっている)わけです。

以上のような仕組みからすれば、行政刷新会議の委員が仕分人の判断を単に追認するが如き場合は格別、そうでなければ、国民主権の原理は担保されていることになりますから、違憲にはならないと思います。

このことを記事にしようと思っていましたが、忙しいので記事にはまだできていません。

さて、参画の定義は何かということですが、最高裁が別途定義しているわけではないですから、社会通念上の意味における参画(辞書等にあるもの)の定義で良いのではないでしょうか。


>外国人の大学教授に意見を聞いたうえで政策を決定する、その場合に報酬を払う

この場合は公務員の地位は与えられませんから、違憲にはならないのではないでしょうか。

公務員の地位がないという理由についてですが、この場合に外国人の教授がもらうのは、賃金ではなく、準委任契約などの報酬ですから、国との間で、使用従属関係がない以上、公務員関係も存在しえません。

ただ、形式上与えなくても、その外国人の教授に判断を一任しているような実態があれば、国民主権の原理からは妥当でないことが明らかであって、当該行為が違憲の議論はあり得ると思います。

Posted by: ESQ | 11/24/2009 at 10:04 PM

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