企業年金の支給額は減額できないのか?
最近、JALの再建問題との関係で、企業年金の支給額の減額という話が話題に上がることが多い。
また、この企業年金の支給額の削減の可否については、最近、裁判例が多い分野でもある。
そこで、JAL再生問題という政治的経済的な話題は多くのメディアが取り上げているので置いておき(別途これについても既存のメディアの論調とは異なり、①日本の国土発展のために空港を無計画に設置した行政側の問題や、②航空業界特有の職種別労組の問題、③ANAについても類似する問題があるにもかかわらず、ANAの株主である朝日新聞は表立ったANA批判に消極である一方、JALの問題については激しく批判を従来からしておりメディアの公平性に疑問があること、など諸般の事情を考えると、一方的にJALの企業体質が特殊なものであるとして批判することはできないと考えているが、今回はJALへの批判についての妥当性は論じない)、今日は、この企業年金の支給額の削減が法的に可能なのかどうかという話題について少し説明してみようと思う。
そもそも、どういう形で法律上問題になるのかというと、まず、企業年金というのが、労働基準法上の「賃金」当たるのかという点が1つ問題になるわけである。
「賃金」に当たるとすれば、労働基準法24条の「全額支払いの原則」が適用されることになるため、企業の側で一方的に削減することができるという訂正変更条項が仮に存在したとしても、無効ということになってしまう。
この点、個別具体的な事案を離れて、一般論として語るのは難しいが、裁判例(大阪地裁平成10年4月13日判タ987号207頁)や通説的見解を参考にすると、企業年金は、恩恵給付的性格を有しており、退職金と同様に、労働基準法上の「賃金」には該当しないと考えられる。
しかし、退職金と同様に、企業年金とも、労働契約の内容となっているので、これを改定して、支給額を削減するには、年金規定の改定権の根拠規定が必要となる。
まず、この明確な年金規定の改定を定める条項が企業と元労働者の側を拘束する形で存在している場合、①必要性と②相当性が具体的事案において認められれば、削減も可能となるであろう。
もっとも、①必要性と②相当性がないにもかかわらず、削減を行えばもちろん権利濫用として無効になるであろう。
したがって、一部の報道にあるような、企業年金の支給額は削減できないという論調はミスリーディングである。
では、こうした明確な規定がない場合は、削減が全く許されないのであろうか。
従業員であれば、就業規則等の(不利益)変更により労働契約の変更を行って、その効果により、企業年金削減の拘束力を従業員に及ばせることは可能であるが、他方、退職者は既に労働契約関係の外にあるため、いかにして削減の拘束力を肯定する法理を見出すかが問題となる。
1つの方法としては、就業規則の不利益変更の法理を類推適用して、「高度の必要性」がある場合には、一方的な不利益変更を容認するという考え方があり得る。
つまり、就業規則の不利益変更の法理を類推する以上、労働契約法10条の「合理性」が要求されるため(もっとも、判例法理上、合理性は労働契約法成立前から要求されてきた)、「変更の必要性」と「労働者の不利益」の比較考量により、企業年金の削減に、合理性があると言えなければならないが、企業年金の場合、先述したように、退職者は労働者と同視できない。
そこで、類推適用という形で、退職者であるというの特殊性に鑑み、変更の必要性につき、「高度の必要性があること」を要求して、調整を図ることになるだろう。
もう一つは、民法の一般法理である、事情変更の法理により、ⅰ.予測が不可能であり、ⅱ.当事者に帰責性がなく、ⅲ.契約通りの履行が信義に反するといえることを要件として、減額を認めさせる方法である。
もっとも、後者の事情変更の法理による場合、支給の減額理由として経営困難を理由にすると、ⅰ、ⅱという要件の充足を企業側がこれを立証するのはかなり困難になるのではないだろうか。なぜならば、経営悪化の経営責任がある以上、企業側の帰責性が肯定される方向に働きやすいためである。
いずれにしても、JALのような大きな企業の場合は、企業年金の規定中に改定権の言及があるので、①必要性と②相当性の充足の問題をクリアーすれば良い。
したがって、企業側の視点から言えば、今後削減に向けては、「②相当性」をいかに担保できるかが問題となってくる。
そこで、重要なのは、いかに手続的妥当性を図っていくか、削減内容を社会通念上相当といえる程度に担保していくかである。
なお、JALの場合は確定給付企業年金という制度なので、確定給付年金法の適用を受け、「②相当性」の担保のためにも、法令で定められた手続きを踏む必要がある(これが以下で付言するメディアの報道する2/3の同意が必要という現行法の部分である)。
この辺は、ポピュリズム的にJALの企業体質を批判して、特別立法などという強制手段を使い、性急に行うのではなく、労働法の専門家(学者や労働法事件に明るい法曹)を踏まえて、十分な検討をすべきであろう。
例えば、厚生労働省の外局には、労働法の大家である中央労働委員会会長で東大名誉教授の菅野和夫先生や、中央労働委員会の公益委員の教授など素晴らしい人材がいるのだから、こうした専門家に依頼して、企業年金をどこまで、どのような方法で削減すれば、裁判で争いになっても勝訴できるかなどの検証をすべきであろう。
また、同法が「減額措置時点での年金原資の現在価格を既得権として保護」していることは無視すべきではない。
実際、最高裁の判例がまだ出ていない(今まさに係争中の案件が多い)分野なので、鳩山政権は、司法の動きを注視して慎重な判断をしてほしい。
多くのメディアでは、同法が要求する2/3に同意は困難と言っているが、JALを倒産させてしまえば、支給額は0になるのであって、日航OBだって馬鹿ではないのだからそれくらいわかっているはずである。2/3の同意も決して不可能なハードルではない。
今政府に求められるのは、英国のトニー・ブレア前首相が、行ってきた「説得するリーダーシップ」であり(作家の塩野七生さんもブレア首相のリーダーシップを同じように評価していることで有名です)、日航OBに対しても、このままではJALをつぶしてしまうしかないという鬼気迫る説得を続けることが必要であろう。
もし日航OBが強行に反発するとすれば、そこには潰れることはないという安心感があるのであり、その安心感はもはや存在しないという「説得のリーダーシップ」を実践することが前原国交大臣以下の政治家に求められているのである。
*上のバーナーをクリックすると、ポイントが入りランキングに反映され、多くの方に閲覧されるチャンスが増えるようです。この記事を読んで、他の人にも広めたいと思った方は、クリックしてみてください。
浅井先生は労働法に非常に明るい実務家弁護士です。労働法を専門にしている弁護士と言うとなんか「色」がある気がてしまいがちですが、浅井先生は企業法務としての労働法という立場で活動されているためか、非常にバランスが取れており、判例の解説も非常に解りやすいです。以下、労働関係を理解するうえでは、2つの本がおすすめです。
[前原国交相]「年金削減」日航OBに求める
2009年11月06日11時22分 / 提供:毎日新聞
経営危機に陥った日本航空の企業年金削減問題について、前原誠司国土交通相は6日の閣議後会見で「会社が大変な状況にあり、現在働いている方々の給料も下がる。年金がカットされなければ会社の存続も厳しい状況であるということをトータルに判断して、OBの方々も行動してほしい」と述べ、日航OBが年金削減に応じるよう求めた。
日航は公的資金投入による再建を目指すが、月額最大48万円の手厚い年金支給を続けたままでは国民の批判が強く、公的資金を受けることは難しい。給付水準の引き下げには、現行法では全受給者の3分の2以上の同意が必要。OBでつくる「JAL企業年金の改定について考える会」が5日、長妻昭厚生労働相に「老後の生活に支障をきたす」と特別立法などで強制減額しないよう要請するなど、同意のめどは立っていない。【大場伸也】
「 日本の法律」カテゴリの記事
- ラグビーワールドカップにみる電通の闇(2019.10.17)
- 金融庁の怒りとそれに対する危機意識が組織的に欠如している新日本監査法人(2015.12.23)
- 新日本有限責任監査法人への処分の妥当性(2015.12.21)
- 監査法人制度の闇その2(2015.05.27)
- 東芝の粉飾決算疑惑に見る監査制度の闇(2015.05.25)
The comments to this entry are closed.
Comments