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10/13/2009

広島・長崎のオリンピック招致には疑問(日本の評価を下げる可能性が高い)

数日前にもツイッターでつぶやいたのですが、今日は広島と長崎が共同で検討しているといわれるオリンピック招致についてです。

私も当初は、東京よりもやる意味はあるのかなと一瞬思ったのですが、よくよく考えてみると、招致活動や開催方法を慎重にならなければ、非常に日本にとってマイナスになることが多く、もろ刃の剣といえそうだと考えるにいたったので、今日はその考えを紹介したいと思います。


1.広島・長崎で開催するメリット

まず、当初、東京での開催よりも、納得できると思った要素について検討してみます。

①地方都市の発展につながること

無駄な公共事業の削減という話が出ていますが、仮に広島や長崎で開催することになれば、それに向けた整備は必要となります。

その際に、中国・九州地方の発展、利便性の向上を踏まえた整備がなされることは、非常に有益でしょうし、一極集中した東京にさらにお金を投じて整備事業をやるよりは、地方都市での開催による整備事業への税金の投入の方が、目的・効果の面からそれなりの評価ができると考えました。

②世界的な知名度の高さ

「Hiroshima」、「Nagasaki」という言葉を知らない人は世界中でも少ないでしょう(場所を知っているかは別として)。日本の都市の中で、数少ない世界に認知されている都市名です。

ただ、被爆都市という暗く、後ろ向きなイメージが先行しているのも事実ですから、オリンピックの開催によるポジティブなイメージへの転換も期待でき、そこで開催することによる意義は一定程度あるのかもしれません。


2.疑問その1-発表のタイミング

しかし、よくよく考えてみると、やはり、この招致運動は浅はかさを感じますし、おそらく失敗します。そこで、以下、3つの疑問という観点から、なぜこの招致活動に問題があると考えるのか、私見を紹介します。

まず、元々広島と長崎が招致について十分計画してきたのなら格別、仮にオバマ大統領のノーベル平和賞賞が後押しになって、その話題性の乗じてやろうとしているのであれば、絶対にやるべきではありません。

そもそも、オバマ大統領のノーベル平和賞に対する疑問が世界中で強く示されており、アメリカ国内でも、共和党だけでなく民主党の一部の支持者からも、演説という言葉だけで受賞することへの疑問と、その受賞を受けることへの政治的浅はかさを指摘する声がかなりあります。ある種、アメリカでは国を二分して、評価が分かれてしまっています。

また、日本でも、先日このブログで紹介したように、8割近い人が今回の受賞に疑問を持っており、この市民レベルの反応は、ドイツやフランス、イギリスでも同じような状況にあるでしょう。

つまり、喜んでいるのは、アメリカの熱狂的なファンと世界中の一部の左翼的思考の強い人々といっても過言ではないでしょう。

そして、この話題は、絶対4年後までその話題性を維持できません。核軍縮に向けた動きも、おそらく成功しないでしょう。ロシアのメディアの反応を見てますと、今回の受賞には非常に皮肉たっぷりですし、かなり批判的な反応すらしています。

さらに、BBCの記事によれば、1976年に、北アイルランドの平和活動を行い、最年少の32歳でノーベル平和賞を受賞した、マイレッド・コリガン・マグワイア(Mairead Corrigan Maguire)さんは、今回のオバマ大統領の受賞のニュースに「とても悲しく思う(very sad)」とのコメントをしています。

マグワイヤさんは、「ノーベル賞選考委員会は、アルフレッド・ノーベルの遺志として示された条件を満たした選考をしていなません。なぜなら、アルフレッド・ノーベルは軍国主義や戦争を止めさせた人、軍備縮小を行った人に与えるように要求しているためでです。オバマ大統領は未だ中東問題やアフガニスタンの戦争に対して真剣に向き合う姿勢を示していません。」と厳しく批判しています。

広島市や長崎市、被爆者の方は、(私は不思議でたまらないのですが)、何もやっていないオバマ大統領の受賞を盲目的に評価して、喜んでいるとの話が伝えられてきます。

しかし、世界の世論はそこまで能天気ではありません。

オバマ大統領によって、核軍縮はまだ何も進んでいないこと、イラク、アフガンでの戦争が何1つも終わっていないこと、中東問題におけるアメリカのリーダシップが何一つ示されていないことという現実を直視すれば、盲目的に評価できない非常に疑問が残る受賞であることは明白でしょう。

このように、受賞そのものに対して、強い疑問が世界中で示されているにもかかわらず、その受賞に盲目的に賛同して、その話題性に乗じて、広島、長崎でのオリンピック開催を訴えたとしても、世界中のIOC委員の心に響くような十分な大義名分にはなりえないでしょう。

また、オバマ大統領そのものに対し、IOC委員は冷ややかだったという事実も忘れてはいけません。先日の投票では、鳴り物入りでシカゴの応援演説に駆け付けたオバマ大統領でしたが、(アピール力や交渉力で疑問のあった)東京にも第1回の投票で負け、IOC委員はオバマ大統領が来たからといって能天気にシカゴを支持するような人々ではないことが明らかになりました。

トニーブレア前イギリス首相は2012年のオリンピック招致に向け非常にしたたかな活動を長く行い、投票日直前も数日前に会場入りし、数日間のロビー活動を徹底的に行いました。このような形で、政治的リーダーが信頼関係をつかむのと、オバマ大統領のように演説だけで招致できると思っている浅はかなリーダーの行動とは、かなり大きく違うわけです。

そうした分析や東京敗北の総括もできていないのに、オバマ大統領のノーベル平和賞受賞というチープな話題性に乗じようとこのタイミングで、招致委員会発足の発表をしたことは非常に浅はかですし、世界のすう勢を見据えていない著しく愚かな判断だったと私は思います。

話題性という薄っぺらい人気に沸くような形で先行し、スタートがこれほど愚かなのに、4年後に招致が成功するはずがありません。数百億円をドブに捨てる結果になるだけでしょう。



3.疑問その2-どうしても被爆都市としての主張に終始してしまうこと

広島市や長崎市は、必然的に核廃絶などを訴えることになると思うのですが、被爆都市がやることの意味を慎重に考える必要があります。

つまり、被害者の自己満足的な主張をすれば、世界から抵抗をもって受け止められてしまうということです。

ここには2つの問題があります。

1つ目は、高度に政治的な主張が組み込まれてしまうこと、2つ目は、過去の行為の批判に終始していると受け止められ、非建設的な主張であると受け止められる恐れが強いことです。

まず、第1の問題について、考察すると、そもそも、近年はオリンピックの政治的な利用に対する反省が強くなってきており、政治的な意図のために、利用すべきでないという批判が強くなっています。

北京オリンピックは、中国の人権問題を解決できることを1つの条件に支持されましたが、結果的に、チベット問題等々が顕在化し、聖火リレーをめぐって多くの対立も起きました。

過去の大会では稀に見る混乱ぶりだったといっても過言ではありません。

次のオリンピックはロンドンで行われるわけですが、ロンドンの招致活動は政治的メッセージが非常に少なく、むしろスポーツや文化振興を強調したり、オリンピックの開催が商業化ではなく、貧困地域の再開発支援や教育支援になることをアピールしたりしました。

政治的メッセージは希薄であり、いわゆる文化交流やスポーツを通じた青年の育成などの側面が全面に出たPRです。

確かにオリンピック理念には平和というのがありますが、これは政治性を排除してスポーツの下での交流を深めようという抽象的な平和理念であり、核兵器の恐怖を悲惨さを訴えるといった個別具体的な平和理念の主張を取り込むことは、政治性を排除したいというIOCの流れに反するものであり、共感の得られる大義名分にはなりえないと考えます。

次に、2つ目の問題についてですが、これは以前にもブログで指摘したことと同じです

中国や韓国の例を出すと解りやすいと思います。

例えば、南京大虐殺や韓国人に対する労働強制等の話題が出て、その悲惨さを訴えていることが、そのうち、日本バッシングになってくることはよく目にする光景です。つまり、被害者という立場で、悲惨さを訴えれば、かならず加害者批判という形で受け止められるわけです。

こうした場合、多くの日本人が、中国の南京大虐殺問題などの過激な発言を聞くたびに、過去への反省という気持ちだけでなく、むしろ、「いつまで批判され続けなければならないんだ」、「もっと建設的な視点はないのか」という感情を持つにいたるのではないでしょうか。

広島、長崎の原爆の場合はより状況が悪いです。アメリカでは、原爆投下自体は正当であるという理解が通説的理解です。そうした状況の中で、核兵器の悲惨さを訴えたりするオリンピックを行えば、アメリカをはじめとする欧米の多くの人が、「あの投下自体は正当だった」、「戦争を起こしたのは日本だろ」、「自分たちのことを棚に上げて、批判するな」、「建設的な主張ではない」という印象を持つにいたるでしょう。

立場が違うからこそ、この種の主張というのはかなり慎重にしなければならず、被害者の立場で、自分たちの理論を振りかざすだけでは、理解を得ることはできないのです。

しかしながら、過去の広島、長崎、および被爆者の主張を見ている限り、その観点が非常に欠落している場合が多いと言わざるを得ません。

政治活動として、原爆の悲惨さを訴えることは大いにやるべきですが、それとオリンピックという非政治的な姿が求められる場面での活動とは区別すべきです。

広島、長崎のオリンピック招致活動がこうした観点を欠いた活動になった場合、これは日本の国益にとっても非常にマイナスでしょう。

つまり、南京大虐殺問題での中国のジャパンバッシングに対して日本人が感じる違和感と同じような違和感を欧米諸国、とりわけ、アメリカに与えかねず、それが逆に欧米でのジャパンバッシングにつながると私は考えます。



4.疑問その3-地方財政の問題

地方経済が疲弊し、財政問題が顕在化しているのは、広島市や長崎市も例外ではありません。

これに対しては、オリンピック開催による経済効果は○○○億円だという主張だったり、その分カバーできるといういかにも思考が停止してしまったような議論がなされることが多くあります。

公認会計士の山田真哉先生が自身の著書、「食い逃げされてもバイトは雇うななんて大間違い(下)」という本のp45-46で、「経済効果のウソ」というタイトルで、根拠の乏しい弱い数字であるという話をされています。

経済効果として含まれる範囲が明確でなく、マイナス要素が十分に反映された数字になっているわけではないという指摘で、なるほど数字に強い方のもっともな御指摘であると思いました。

さらに、言えば、経済効果はオリンピック招致が成功した場合の数字なのであって、失敗した場合に得られるものは0です。

地方財政が安定していることや日本経済が安定している状況で、かつ、綿密に計画された上での招致活動であれば格別、そうでない以上、失敗とそれに伴う広島、長崎、ひいては国の財政的負担増は目に見えています。

一時のタイムリーな話題性で、浅はかな決断により、地方をさらに疲弊させるようなことは避けるべきではないでしょうか。



5.最後に

私自身は、日本でのオリンピック招致に必ずしも反対ではありません。

しかし、やるからには、まず、名古屋、大阪、東京が敗北した理由を徹底的に分析すべきであり、かつ、近時のIOCの傾向を専門家を交え国際的な視点から十分な議論をすべきでしょう。

にもかかわらず、ある種の内輪の論理的な視点(オバマ大統領のノーベル平和賞受賞というニュースで、平和活動に弾みがつくといった稚拙かつ世間知らずな視点)から、十分な計画なく、この手の議論が先行してしまっている感は否めません。

そして、このまま突っ走れば、広島市長、長崎市長は、石原都知事と同じ間違い起こすことになるのは、当然の帰結といえるのではないでしょうか。

独裁的リーダーも恐ろしいですが、世間知らずで浅はかなリーダーも非常に恐ろしいということかもしれません。

さて、上記記事でもちょっと触れたこの本、稀に見る良著でした。新しい発見があったというよりは、最近読んだ本の中で最も共感できる本というべきものでした。オリンピックの話題とは関係ないのですが紹介しておきます(なお、近日中にこの本になぜ共感できたか記事にしてみようと思います。たぶん、近日中・・・)。

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広島・長崎五輪招致 高まる期待 強い慎重論
10月12日7時56分配信 産経新聞

□「江戸の敵を」「核廃絶と合致」「スポーツの祭典を政治利用…」

 「広島と長崎なら世界的にアピールできる」。世界に向け、2つの被爆都市が表明した2020年夏季五輪招致。「平和の祭典」招致への期待は一気に高まり、16年五輪招致に失敗したばかりの東京からも、「江戸の敵(かたき)を広島と長崎で」とリベンジに燃える声があがった。しかし、「平和運動とはいえ、スポーツの祭典を政治的に利用することにならないか」「東京の失敗を反省するのが先」といった慎重論も強く、招致実現へ向けた今後の盛り上がりには疑問も残る。

 ■世界的にアピール

 「東京からノウハウを学んで」

 広島と長崎の招致発表にこんな声が次々と上がった。招致失敗の悔しさを忘れられない東京都の職員は「リオデジャネイロは『南米初』をアピールして16年五輪の開催都市に決まったが、広島と長崎なら、それに負けない大義名分がある。世界的にアピールできるストーリーが作れる」。

 石原慎太郎知事はコメントは出していないが、9日の定例会見で「このまま終えたくない。国も東京も一緒になって、日本のどこかの街にオリンピックを引っ張って来ようじゃないか」と述べており、今回の招致表明は発言の趣旨に合致している。五輪招致失敗経験がある大阪府でも、橋下徹知事が11日、「日本が一致団結して応援しないといけない」と賛意を表した。

 被爆者からも歓迎の声が上がっている。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の坪井直(すなお)代表委員(84)は「核兵器廃絶を目指すわれわれの願いとも合致する」。広島で被爆した漫画「はだしのゲン」作者の中沢啓治さん(70)は「広島、長崎の名前は知っていても、被爆の実態を知らない人は多いと思う。世界中の人に五輪をきっかけに原爆資料館へ足を運び、実態を見てもらいたい」と強調する。

 ■タイミング疑問

 一方で、東京が失敗した直後に、「平和運動」の色彩が濃い招致を表明することに慎重論も強い。東京の招致委員会は「他の自治体のことでもありコメントはしない」と控えめな態度。ある男性スタッフは「活動が終わったばかりで、収束させていく立場なので…」と言葉少なに語る。

 確かに招致活動は簡単ではない。日本体育協会国際事業部参事や国際オリンピック委員会(IOC)出向の経験があり、札幌や名古屋への招致活動にかかわった五輪評論家、伊藤公(いさお)さん(74)は「オバマ米大統領のノーベル平和賞受賞に合わせたのだろうが、招致には高度な戦略や政治性も必要。東京の失敗総括や次回立候補への態度が未定のタイミングでの表明にはやや疑問もある」という。ある専門家は「日本オリンピック委員会(JOC)との協力も、うまくいっているのか疑問。いまのままでは不可能ではないか」と話す。

 スポーツジャーナリストの玉木正之さん(57)は「平和の理念自体は悪くないかもしれないが、スポーツの祭典を利用するのはいかがか。スポーツが最大の目的なのに『一番の目的は核廃絶だ』となると『五輪は(国際軍事問題を扱う)国連安保理ではない』という批判も出る」と指摘している。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091012-00000024-san-soci

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Comments

私も、広島・長崎のオリンピック招致には反対です。
東京の立候補に反対する人の中に、これだけ各種目で世界選手権が盛んに行われているのに、そもそもオリンピックの必要性があるのか、と言う意見が散見されました。
では、オリンピックの意義とは何なのか?
世界選手権は毎年(種目により隔年もあり)開かれますので、トップに値する才能と応分の努力があれば、まずは一度はメダルを取ることが出来ます。
しかし、四年に一度のオリンピックにピークを持っていくことは、ある意味努力の限界を超えています。運命の女神に嘉された者のみが栄冠を手にすることが出来るのです。
これは、選手にとって残酷この上ないことです。ですが、人智を超えた運命があることを受け入れて、それでも限界までの努力を尽くす、その勇気がオリンピックを特別のものにしていると思うのです。
広島・長崎の招致発言は、「始めに政治的メッセージありき」であって、それではオリンピックが政治的メッセージ発信のための「興行」に堕っしてしまうのではないでしょうか。
現代のオリンピックから、政治性、商業性を完全になくすことが出来るとは思っていませんが、多くの選手が人生のよき時代を一途に費やしても運命に敗れ、黙って消えていく、残酷だがそれゆえ厳粛なオリンピックの本質を尊重した大会招致であって欲しいものです。

Posted by: K.T.  | 10/13/2009 at 11:06 PM

> K.T.さん

お久しぶりです。コメント有難うございます。
おっしゃる通りで、長崎市長や広島市長はオリンピックの存在意義をはき違えています。

オリンピックは平和の祭典という意義がありますがそれは副次的なものです。

オリンピックはスポーツの祭典として、国情や政治状況に関係なく、4年に一度という場で最高の成果を見せるべく、アスリートが切磋琢磨し、競い合い、そして、そこの場に立てるということに意義のあるものというのが元々のオリンピック理念です。

それを副次的な平和の理念に無理やり結びつけ、自分たちの政治的主張を世界に広めるべく利用するのは、本末転倒であり、百害あって一利ないというのが私の考えでもあります。

したがって、広島長崎のオリンピック案は一見すると、「いいじゃない」と思いがちですが、深く考えてみれば、ある意味とんでもない本末転倒なことをやろうとしているのであって、このまま勘違いした方向性のまま進むことになれば、世界に対し、日本人のオリンピックに対する意識の薄弱さを露呈することにすらなるかもしれません。

いずれにしても、第一義的はスポーツの祭典であるということを忘れずに、政治的メッセージは極力控えようとすることこそが本来のオリンピック理念の体現につながると私は思います。

Posted by: ESQ | 10/16/2009 at 07:14 PM

今更ですがコメントさせてください。
このブログを見ていろいろと学ばせてもらいました!
私は学生で、研究でスポーツ外交の必要性というテーマで現在いろんな出来事をかじってるところです。
オリンピックをなんか政治と良い意味で絡ませられないのか、と私は常にスポーツを政治としてとらえようと考えてしまっていました。オリンピックの本質を尊重するとアスリートが切磋琢磨し、競い合うことが重要なことだと私も思います。
 スポーツ外交をより発展させるには何が必要だとかんがえますか?急に質問してしまいましたが、このような考えをもてる人に答えてもらえたらうれしいです!

Posted by: hiro | 11/24/2009 at 06:21 PM

>hiroさん

はじめまして。
ブログが参考になっているとのこと、嬉しいです。
スポーツ外交のあり方についてということですが、なかなか難しい話ですね。

私はスポーツ外交というのは、いわゆる文化交流外交の延長戦の1つだと思います。

ただ、もちろん、音楽などの文化交流外交に比べ、スポーツはどうしても国を背負って結果を競うという側面もありますから、純粋な文化交流とは位置づけられませんね。

まずはhiroさんがどういう場面でのスポーツ外交というのをイメージしているのかをはっきりさせた方が良いかもしれません。

スポーツ外交のあり方として良いか悪いかは別として、考えられるものとしては、

①国威高揚のために政治家がスポーツを利用して、戦争に代わる国民の愛国心高揚に利用するパターン(共産主義国や独裁国家、ヒトラーなどもよく使った手ですね)

②国が純粋にアスリートの育成に対する助成などをし、その一環として国内大会などに海外選手を招待するパターン(日本でも良くやっているのではないでしょうか)

③子供向けのスポーツクラブなどを中心に才能ある人が海外遠征のしやすい環境をつくる。ビザの問題などでの配慮。

など色々考えられますが、スポーツ外交を通じて何を達成するかが私は重要なのだと思います。つまり、目的ですね。

①の場合は明らかに、国への忠誠心や愛国心、さらには他国への敵対心を高揚させることを目的としています。

②の場合は、現役選手を中心に競争し合える環境を整備するということが目的になっているでしょう。

③は将来の選手のために、より良い環境を作るということが目的になります。

したがって、目的と手段という観点から絞りをかけてはいかがでしょうか。

1.スポーツ外交をする上で、hiroさんがそれを通じて何を達成する必要があるという目的を明らかにする。

2.そのための手段としてどういうことが実際に行われているのか、その実効性はあるのか、

3.さらに、別の方法によるあるのか
などを国内外の事例を交えて研究されると面白いのではないでしょうか。

私もあまりスポーツ外交には詳しくないので、この程度の発想しかできません。

Posted by: ESQ | 11/24/2009 at 10:29 PM

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Tracked on 10/13/2009 at 08:46 AM

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