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10/09/2009

橋下大阪府知事のメール問題から考察する民主主義の弱点

今日は、大阪府の橋下知事の反論メールに対する処分について。

これについては、今回、処分が法的にどうこうというより、政治的な視点から、民主主義の恐ろしさというテーマで、議論したいと思うわけです。

そもそも橋下知事は、就任当初、「異論、反論があるのであれば、率直にぶつけてほしい。」と職員に対して、訴えていました。

今回のメールが民間出身の副知事による、「非常識」という指摘ですが、メール内容が、意図的なのかそうでないのかは別として、断片的にしか公開されていない中で、「非常識なのかどうか」は判断できません。

したがって、これだけで、処分を正当化する理由の説明責任を果たしているとは言えませんし、上述した当初の方針を変更している点についての、府民に対する説明は欠如しているというべきです。

しかし、不思議なの(私は無知の知を知らない典型で恐ろしいとさえ思うのですが)は、これだけ断片的な情報でしかないのに、マスメディアや一般の方の反応に、無批判で橋下知事を支持してしまう声が結構あるということです。

仮に、メール内容が侮辱に当たるようなものではないとすれば、職員の意見を聞くと言っていた姿勢とは、180度異なる行為であり、風通しの良い組織を作るのとは逆に、萎縮効果を生じさせる重大な行為だと思います。

さらに、最大の問題は、副知事がその内容を閲覧できている点です。

知事本人以外の人間が閲覧でき、その者の意見に従って処分を決めているのは、風通しのよい組織にし、不祥事がある場合の職員の内部通報という意識の向上に逆行する萎縮効果すら生じさせると私は思います。

たとえば、雪印で、2000年頃から、偽装問題や食中毒事件が発生し、不祥事が多発した結果、会社の存亡にかかわる事態に至ったのは、記憶に新しいと思います。

この時の最大の問題が、不祥事が現場や本部長レベルで行われ、隠蔽し、取締役にまで十分な情報が上がっていなかったことです。そこで、この事件を境に、コンプライアンスという言葉が世間でも広まりを見せました。

その後、雪印乳業は生まれ変わって、消費者の信頼を再度獲得するために何を行ったか。その1つが内部通報制度の確立でした。つまり、コンプライアンス担当の取締役に直接不正に関する情報が入り、それも完全な秘匿扱いにして、内部通報者の保護と信頼の確保が可能な制度設計をしたのです。

大阪府内の内部通報制度がどうなっているのかは私にはわかりかねますが、少なくとも、どの組織においても、組織の長に直接情報を入れることができる状況は確保されているはずです。

にもかかわらず、組織の長が日頃、自分のところに来たメールを他に公開するだけでなく、それを他の重役と相談して、メール内容を理由に処分してしまえば、職員との信頼関係、内部通報を促進できるような関係は築けません。

なぜなら、内部通報者は任意に意を決して行うわけですから、自分の人生や生活を賭してしまうかもしれないという恐怖や不安が必ず生じます。

そのときに、「直接意見をすれば、処分されるかもしれない」、「知事以外の人間が自分の内部通報のメールを見るかもしれない」という不安感情が通報者に生じるのは明らかであって、これが萎縮効果となるわけです。

今回のメール処分事件を浅い視点で一見すると、「失礼なメールを職員が送ったのだから処分されてもよい」と考える人も多いかもしれません。

しかし、重要なのは、そうした単純な視点で思考停止してしまい、今回の処分行為を「リーダーシップの表れ」とか、「強い姿勢で良い」とかと勘違いしてはならないということです。

むしろ、この事件に接したときに、「あれ?本当にこういう処分の仕方で、大阪府、ひいては、大阪府民にとって、中長期的に利益があることなのだろうか」という懐疑的視点でニュースを見る必要があると私は思います。

日本は内部通報制度に対する意識が、民間組織はもちろん公官庁においても非常に低いです。

公益通報者保護法があることをほとんどの人間は知らないでしょうし、知っていても、いざ自分が内部通報者の立場に立った時に、このよくわからない法制度を利用して、内部通報をしようという勇気のある人がどれだけいるでしょうか。

そういう状況を考えると、大阪府という組織が不祥事を絶対に起こさないパーフェクトな組織であれば格別、そうでないのであれば、こういうメールのやり取りに関する問題で、処分するというのは、果たして、組織にとって利益になるのでしょうか。

知事の権力や権威を示すという意味では、効果があるでしょうが、それが何の意味を府民にもたらすのか、私にはわからないわけです。

失礼な内容であれば、直接呼び出して注意すればいいのであって、処分という権力的行為に走る姿勢が、橋下知事の浅はかさを露呈していると私は思いました。

なお、橋下知事の内部告発受付制度自体に対しては、2008年5月の時点で、公益通報者保護の活動やオンブズマン活動で活躍されている阪口徳雄弁護士が御自身のブログで批判的考察をされていらっしゃるので、興味のある方は読んでみると良いでしょう。

さて、今回このブログ記事で考えてほしいのは、それだけではありません。

最初にも書いたように、「民主主義の恐ろしい弱点は何か」について考える材料としても、橋下知事は格好の題材なのです(ええ、皮肉がたっぷりこもっています)。

そこで、皆さん、古代の政治思想論にもつながる話なのですが、民主主義という政治体制の恐ろしい弱点は何でしょうか?考えてみてください(考える時間の目安、1分)。

さて、どんな解答が思いつきましたか?

1つの解答例ですが、プラトン(Plato)の記述にあるソクラテス(Socrates)の考えによれば、民主主義という政治体制の一番の弱点は、独裁者を生み出すことだと指摘しています。

プラトンのいうソクラテスの考え方によれば、民主主義は独裁者を生み出す衆愚政治を招き、専制君主政治、暴君政治に移行するというのです。

この古代政治哲学者の指摘は、その後の人類の歴史を見れば、全くその通りと言わざるを得ません。

まず、20世紀は民主主義国家が増えましたが、同時に独裁国家も多数存在しました。その代表例が、ナチスドイツのヒットラーによる独裁体制の確立です。

ヒットラーは何ももともと独裁者だったわけではありません。極めて素晴らしい人権を謳っているワイマール憲法を有するドイツにおいて、その民主主義の下に、独裁者ヒットラーが着実に力をつけ、誕生したのです。

最近では、ジンバブエのムガベ大統領をはじめ、もともとは民主主義が確保された政治制度から、独裁者は生まれ、民主主義が形がい化し、独裁政治による弾圧と粛清が対白人に対する形で始まり、しまいには自らの政治の反対勢力に対する露骨な形で、生じるようになり、選挙での著しい不正が問題になっています(ムガベも当初は露骨な弾圧はせず、ジンバブエの奇跡と称されるほどの良い政治家でしたが、晩年は権力の維持に固執して違法な手段に出たため、180度変化してしまいました)。

つまり、民主主義というのは万能ではないので、有権者が為政者をフリーハンドで支持したりせず、監視できなければ、必ず独裁的リーダーが誕生してしまいます(なお、誤解のないように言っておきますが、独裁的リーダーはヒトラーのような違法な手段により権力を得た独裁者とは本質的に違います)。

独裁的リーダーは、短期的には強権を発することで、有権者の過熱的な支持を受けるのですが、晩年は反対派の弾圧に走ります。

現在の日本でこれに当たりうる政治スタイルを持っている人間は、小泉純一郎元首相や橋下大阪府現知事だと思います。

小泉元首相は、マスコミという衆愚に訴えるツールとして最も影響力を行使しやすいものを巧みに利用し、反対派をその理由のいかんを問わずに、抵抗勢力と位置付け、国民からの信託を背景に、戦う姿勢を示してきました。独裁的リーダーシップの典型といえます(小泉改革が悪かったかどうかは別として、リーダーシップのあり方を話しています)。

同様に、橋下大阪知事は、小泉元首相ほど計算され巧みさと緻密さを欠きますが、マスコミを利用し、反対派と戦う姿勢を示したり、過激な発言をすることで、思考停止した有権者を中心に、「何かやってくれるかもしれない」というような根拠のない期待感を有権者に植え付け、強いリーダーシップを演出しています。

これらの独裁的リーダーシップ(何度も言いますが、彼らの政治的実績はここでは問題にしていません)は、私は民主主義における最大の恐怖と弱点をついたもので、衆愚政治に向かう非常に危険なものだと考えています。

そして、独裁的リーダーは必ず衰退し、大きな負の遺産を残します。それは、監視を怠っった有権者へのツケといっても過言ではありません。

この負の遺産は、様々な形で表れるでしょう。例えば、典型例としては、不正な支出であったり、公用財産が不適切かつ不透明な方法により競売されたりという金に絡む問題から、人権の蹂躙(法的に保護された法益を不正に侵害する)に至るなど。

ここで、私が言いたいことは、独裁的リーダーシップを好む政治家を盲目的に信用したり、フリーハンドで支持することは、有権者が自ら思考を停止し、監視を怠ることになり、不正や不祥事を見逃す温床を作ってしまうという危惧なのです。

そして、独裁的リーダーの下での不正や不祥事の発覚は非常に難しくなります。なぜならば、有権者が盲目的に支持しているので、小さな不正や不祥事があまり重要視されず、後々に大きな問題として顕在化する場合が多いためです。

橋下知事の場合は大きな負の遺産に当たるような問題は顕在化していませんが、私は、彼の独裁的リーダシップを見ていると、非常に危うさを感じます。

例えば、ワッハ大阪移転に絡む吉本興業への圧力は、ある種の公権力による財産権侵害(契約上の正当な利益の侵害)に至る可能性もあると思います。

そして、今回の反論メールに対する処分も、当初の彼の「言いたいことは何でも言ってくれ」という主張と反し、権威づけ、見せしめ的処分ではないかと感じるわけです。

組織における不祥事というのは、組織の長が積極的に関与する場合だけでありません。見逃してしまうことも多いわけです。そして、見逃したとしてもその責任は組織の長にあります。

そうすると、前述したような萎縮効果をもたらす今回の処分問題は、本当に、大阪府という不正や不祥事、無駄の多い組織を浄化させるという橋下知事の公約を実現させるうえで、本当に適切だったのかはわかりません。

今回の問題を有権者が接したときに、「メール内容が失礼かどうか」なんていう問題の上っ面だけで、今回の処分行動を評価するのではなく、彼の政治的リーダーシップの在り方や不正の温床に切り込む内部通報者制度の運用への影響など多角的な視点で評価することが大切だと思います。

為政者に対する監視を怠ったツケは有権者に必ず返ってくることは、人類の歴史上明らかなのです。

以下お勧めの図書ですが、中でも、3つ目の「国家」の下巻が一番良いと思います。

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[橋下知事]メールで反論の大阪府職員を処分へ
2009年10月08日13時44分 / 提供:毎日新聞
 大阪府の橋下徹知事は8日、知事へのメールの中で「愚痴はブログ等で行って下さい」などと表現した技師級職員を、口頭で厳重注意処分する考えを示した。今後、同様の事案が発生した場合は、人事評価に反映させる意向という。

 橋下知事などによると、1日、税金に対する意識の低さを指摘するメールを全職員に送ったところ、この職員から反論があった。職員はメールの中で、「メールを読む(職員の)時間を無駄にしていることを自覚して下さい」などと書き、知事に返信した。

 橋下知事によると、これまでに100人程から知事を「おまえ」呼ばわりするようなメールを受けてきたが、受け流してきた。しかし今回は、民間出身の副知事から「組織として非常識」との意見を受け、メールに対しては初めて処分することを決めた。橋下知事は「意見交換なら分かるが、組織のトップに対するモノの言い方ではない。職員はどう発言すべきか、示すために厳しく対処した」と話した。【福田隆】

http://news.livedoor.com/article/detail/4385897/

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Comments

こんにちは、いつもこのサイトを楽しく読ませて頂いています。さて、今回の処分は、民間企業なら当たり前の事です。社内で行われている不正を勇気を持って経営陣に通報した社員を保護する内部通報者保護法は関係ないケースと思うのですが。

Posted by: 一愛読者 | 10/09/2009 08:22 am

お疲れ様でございます!

民主主義の弱点、制限時間1分間・・・

『リーダー馬鹿だったらどーなんの?』

今回の橋下知事の言動は、中小企業のワンマン社長様にありがちなパターンだなと単純に思いました。
自分の意見と違うと攻撃的な態度になってしまう。
これが民間の会社であれば、社員は転職するか、もしくは我慢して現状を維持するかと自分で選択することも可能だが、大阪府民はそうもいかない。
熱いのは人間として必要なことと思うが、法曹界と政界とに身をおき、日本を動かせる立場にあるなら、自分の感情というのは最後の最後まで内に秘めていてもらいたい。
木を見て森を見ずにならないように・・・。

Posted by: りんどう | 10/09/2009 07:43 pm

>一愛読者さん

はじめまして。
愛読してくださっているとのこと有難うございます。

貴殿のコメントについてですが、私はあくまでも大阪府という巨大組織の長であり、公権力を司る公共団体の長であることからすれば、処分行為は特に慎重である必要があると思います。

直接的に内部通報の問題に関係あるかと問われれば、ありませんが、かかる組織の長であれば、上記記事で論じたような萎縮効果はもちろん、様々な観点から慎重な判断が求められ、私は内部通報を職員に促す際の萎縮効果(マイナス要素)になると考え、上記記事を書きました。その限りにおいて関係があるケースであると思っているためです。最終的に貴殿がどう思うかは貴殿の自主的な判断によれば良いと思います。

なお、そのうち記事にしますが、最近の我が国の風潮を見ていますと、「民間では当たり前」という表現をよく聞きますが、これも思考停止をさせる危険な表現であると思っています。

「民間では当たり前か否か」という基準は必ずしも、正しい行為か否かを論拠づけるものではありません。

また、「民間」と私企業間の差異を否定し、1つのステレオタイプ化してしまう論法は危険です。

さらに言えば、民間と公的部門のと差異にも注目する必要があるでしょう。

なお、話は多少変わりますが、最近特に気になる意見として、「誰のお金で食べているんだ」とか、「税金で養ってやっている」という暴論を振りかざして、あたかもそれが正しい主張のように取り上げられることがメディアなどを見ていても多くあります。

これは全く見当違いの発想で、欧米でこんな発言をすれば、いかに知的レベルの低い人間かを露呈するような程度の低い発言です。

なぜ程度が低いのか。それは自分の置かれている状況を分かっていないからです。

このような主張をしてしまえば、必ず言われます。
「じゃあ、君は行政サービスを一切利用していないと言えるのか?」と。

国家公務員も地方公務員も給与の原資が税金であっても、給与を受けるのには、労働の対価としてもらっているわけです。そこに民間も公共も違いはありません。公共部門での無駄使いがあるからといって、公務員の問題が取り上げられるたびに、上記のような暴論しか言えない人間は論理的ではない、程度の低い人間というのが欧米社会での理解です。

また、今回のメール処分事件に関して、「公務員なのに、選挙で選ばれた知事にこういう発言をするのはおかしい」などという暴論がありましたが、公務員も有権者の一人であり、意見を言うこと自体、有権者としての身分を有するのですから、何らおかしいことではありません。

公務員を批判するのは良いのですが、多くの場合その論拠が薄弱で、公僕=奴隷とでもいうような発想での発言が、主要メディアなどでも平然とされている現状に日本社会の非論理的かつ幼稚な面が見えてしまい、危惧を感じます。

最後、話はだいぶそれてしまいましたが、「民間では当たり前」という主張の論拠の乏しさについては、後日またブログにて記事にしたいと思います。

Posted by: ESQ | 10/10/2009 12:30 am

激しく同感いたしました。

双方のメールがどんな内容で、どんな文体のやりとりだったかということ以上に、橋下知事の「部下が上司に意見するとはケシカラン!!」的な感覚が見えてしまったことに、非常に違和感を覚えます。
大阪府民はこういう類の強権を発動してほしくて、橋下さんを支持しているわけではないでしょうに…。

メディアリテラシーの問題とともに、権力に対するリテラシーがとても問われる問題だと思いました。
民衆の強い支持を得たリーダーが大鉈を振るって改革した後に独裁主義になるというのは、もはや理の必然であって、私たちは「この人がやることはすべて正しい」と考えないようにすればいいだけなはずですけれど、そうはいかないところが怖いですね。

話が少しズレますが、先日、ESQ様が鳩山総理のスピーチ力についてお書きになったときに、実はヒトラーのことを思ったんです。ヒトラーは演説で大衆にアピールするのが天才的に巧かったんだよなあ、と。
ある種のカリスマというか、強烈な魅力や人気のある人が権力を持つことの危険に私たちはもっと気付かなればいけないということと、一人の人間に多くの分野にかかわる権力を持たせてしまう「リーダーシップ」のシステムをどうにかできないものかということを、強く思います。
政治改革も民間会社におけるようなプロジェクト方式にして、ひとつのテーマプロジェクトが終わったら、そのプロジェクトリーダーはどんなに優秀であってもそこで退任し、別の問題については別の適性を持つリーダーを立てる、という感じだったら、職権乱用も腐敗も防げるのではないかと思うのですが、そうシンプルにもいかないか……。
話がとんでしまい、すみません!

Posted by: ginger | 10/10/2009 12:35 am

>りんどうさん

お久しぶりです。
いつもコメント有難うございます。


貴殿の御指摘、ごもっともだと思います。

>『リーダー馬鹿だったらどーなんの?』

という回答ですが、これもプラトンの記述にあるソクラテスの考えと共通する点があります。

ソクラテスは、人間には、①職人(Craftsman)、②軍人(Guardian)、③賢者(philosopher)3つのタイプがいると考え、為政者に賢者以外の者がなると、その政治体制は腐敗し、失敗すると評したといわれています。

まさに、リーダーが職人や軍人という気質しか持たない人間であれば、政治は腐敗し、人民が犠牲になるという考えだったわけです。

つまり、貴殿の言う、「リーダー馬鹿だったらどーなんの?」ということでしょう。

ソクラテスは、さらに、もっとも理想的な政治体系は民主政ではなく、賢者によって運営されることを条件とした貴族政(Aristocracy)であると述べています。

その理由として、民主政は衆愚政治に必ず至るとしています。つまり、民主政においては、人気が最優先になるため、職人(Craftsman)や軍人(Guardian)の気質しか持たない到底賢者とは言い難い為政者が生まれやすいことを懸念したといわれています。

したがって、橋下知事のような反応はいわば、職人や軍人としての気質しか備えない、賢者の精神を欠いた行動の表れなのかもしれません。

為政者には賢者の中の賢者といわれるような気質のある人間がなるべきであり、有権者はそれを見極める努力をするべきなのではないでしょうか。

Posted by: ESQ | 10/10/2009 12:45 am

>gingerさん

お久しぶりです。
コメント有難うございます。

非常に深い洞察をされていて、なるほどと思いました。

私も兼ねてより、ヒットラーについては興味を持っています。そういうと、日本では危険な思想の持ち主?と疑われてしまいそうなのですが、私がヒットラーの政治手法に関心を持ったのは、アメリカの大学の歴史の授業で、ヒットラーのリーダシップについて考察し、レポートを書かされたのがきっかけでした。

その授業では、マルクスの共産党宣言についても読まされました。

当初は、ヒトラーのリーダーシップについて学ばせるなんて、アメリカは自由過ぎないかと思ったのですが、授業を受けてみると、担当教授の深い意図に感心したのを覚えています。

というのも、その授業で、年老いた温厚な担当教授が言いたかったことは、「君たちは、ヒットラーにしても、マルクスの共産主義にしても、何を知っていて、何をもって、彼らの思想を悪いと評価しているのか?」ということだったのです。

つまり、ヒットラーやマルクスは題材に過ぎないのですが、教授は、「自分の目で原文や歴史書に当たり、自分の頭で『何が悪いのか、何が問題なの』を考えたことがないのに、なぜ悪いと決めつけられるのか。」

「社会的に悪とされているから、もっともらしい主張を鵜呑みにして解った気になっている。君たちはそれにいつになったら気がつくのか」ということを学生に授業を通して教えたかったのです。

すなわち、彼はソクラテスと同じように、学生に無知の知を教えていたわけです。

アメリカ人の学生の中には課題の意図が理解できずに、無謀にも教授に論戦を挑んで論破され、「あの教授は共産主義者だ」と負け惜しみを言っている学生もいましたが、多くのアメリカ人の同級生はこの授業を受けて、感銘を受けていたように思います。

Gingerさんの御指摘を読んで、ふと上記のようなアメリカでの出来事を思い出しました。

私は日本でこのような授業を受けたことがありません。日本の大学での授業は、教授が思ったことをただ学生に伝えるだけの授業であり、学生自身の思考を促進させるものは少なかったように記憶しています。

リタラシーを向上させる唯一の方法は、教育(生涯教育という意味)において、自分自身での思考方法を促進させること以外にないように思います。

日本の教育は、「なぜそう考えるのか」という本質的理解を促進する教育方法や、「本当にそれが正しい理解なのか」を原点に戻って問いかけるような方法が定着していません。

私はこうした状況が、日本人のリタラシーの向上の障害になっている気がします。

といっても、アメリカでもオバマ旋風のように熱狂するリタラシーの低い面もあるので、アメリカの教育がすべて上記のような深い教育方針に基づいて行われているわけではありません。

もっとも、アメリカには、オバマ旋風の中でも、オバマ大統領に冷静な目線で批判的な意見を述べる人が多かったのも事実で、日本の小泉旋風のような国民的熱狂とは質が違い、上記のような教育効果が出ているということも他方でいえるのかもしれません。

いずれにしても、リタラシーの向上は日本が成熟した社会になるためはもちろんのこと、創造的な経済活動を推進する上でもそうした意識の高い人材の育成が急がれますね。

Posted by: ESQ | 10/10/2009 01:19 am

わたしの周辺は圧倒的に「女子職員かわいそう。批判メールは当然」なんですよ。
それにも違和感を感じます。
「あんなこと半端に言われて言われっぱなしでかわいそう」には
そこそこ納得いくんですが。
就任以来のテンパってる感じはずーっと続いているんだろうなと思わせるような事件でした。

Posted by: ririkono | 10/10/2009 08:10 am

>ririkonoさん

コメント有難うございます。
おっしゃるとおりで、「可哀想か」どうかという感情的な問題ではないでしょうから、貴殿が貴殿の周囲の反応に違和感を感じるのはその通りだと思います。

貴殿の言うように、断片的な情報で、かつ、一方的な主張で処分をし、マスメディアを利用して、自分の権威づけ、見せしめ的な処分をしているのであって、そういう意味で「あんなこと半端に言われて言われっぱなしでかわいそう」というのに説得力があると感じられるのはそのためではないでしょうか。

東国原知事にも共通するのですが、話題性(メディアを騒がすという意味)があれば仕事をしていると勘違いしている有権者も多いようですが、私はメディアをあからさまに利用する独裁的リーダーシップは、衆愚政治しか生まず、得られるものは何もないと思っています。

オバマ大統領のノーベル平和賞受賞もそうなのですが、政治が最近非常に軽薄化している印象を持っています。これはまた別の話題ですが、おそらくこのニュースに違和感を感じた方も多いのではないでしょうか。

広島長崎の一部の平和主義団体は喜んでいるようですが、オバマ大統領は何も実績がありませんし、むしろアフガン情勢は最悪の状態に至っています。

こういう軽薄なニュースに接するたびに、21世紀は国際的な民主主義体制の過渡期(末期)と歴史的に評されるのではないかとふと思ったりします。

Posted by: ESQ | 10/10/2009 10:41 am

ニュース速報でオバマ大統領のノーベル平和賞受賞を見た時は、違和感というよりも『何で???』でした。

衆愚政治どころか、衆愚世界になってしまっているのでしょうか・・・。

Posted by: りんどう | 10/10/2009 02:07 pm

田中芳樹氏原作の「銀河英雄伝説」の中にこんなセリフがあります。

「独裁者を支持するのも民衆なら、反抗して自由と解放を求めるのも民衆です。民衆の多数が民主主義でなく独裁を望んだとしたら、そのパラドックスをどう整合させるのか」

OVAでこのシーンを見たのはもう15年も前になるでしょうか。民主主義が非常にもろいものであること、それが人々の自覚の上に成り立つものであることを思い知らされた場面でした。以来この言葉はずっと私の心に引っかかっています。

そういうわけですので、小泉氏や橋下氏といった独裁的リーダーが出てきて、人々が彼らを無批判に受け入れる姿を見ると、実に暗澹たる気分にさせられます。

> 為政者に対する監視を怠ったツケは有権者に必ず返ってくることは、人類の歴史上明らかなのです。

これは肝に銘じておかなければなりませんね。なかなかにしんどいことではありますが。

Posted by: tonton | 10/10/2009 08:08 pm

>りんどうさん
いつもコメント有難うございます。
私は左翼とか右翼とかいう二元的なものの見方が嫌いなんですが、あえていえば、ノーベル財団における平和賞の選考委員が政治的にある種の左翼的思想を持つ方が多いようですね。つまり、平和賞は政治的な意図の下で話題性先行となる年が結構あるようです。

アメリカ人のオバマ支持者は相変わらず思考停止状態で大喜びしていますが、やはり、何もしていないのに受賞したと感じている日本人が8割に上るように、海外でもかなりの人がノーベル平和賞自体に対して批判的、懐疑的にみているようです。

やはり妄信することの怖さを我々は、オバマ熱狂現象から学ぶ必要がありそうです。妄信はマインドコントロールされた状態と同じですからね。

Posted by: ESQ | 10/12/2009 01:16 am

>tontonさん
お久しぶりです。
コメント有難うございます。

田中芳樹氏原作の「銀河英雄伝説」は初めて知ったのですが、貴殿引用部分について教えていただき、政治制度の本質的な部分を良く突いた言葉だと思いました。有難うございます。

一番怖いのは、強いリーダーシップと独裁的手法とを混同した理解です。

我々は、独裁的な政治につながる「独裁的なリーダーシップ」とプラトン記載のソクラテスの言葉で言う哲人王(Philosopher King)による「強いリーダーシップ」の違いをしっかり判別できるようにならないといけないですね。

前者は意見を異にする者を自らの権力欲の現れとして排除しようとしますが、後者は、少なくとも私欲を捨て、徹底した議論などを通して、イデアといわれる真実・本質を探求して、決断を下すことになるでしょう。

実際、この判別は容易ではありません。

しかし、常に懐疑的に物事をとらえ、それが果たして正しいのかと自分で考える努力をすることが私は、リタラシーを向上させ、独裁者を生まない民主主義のための人民の基本姿勢であると考えています。

Posted by: ESQ | 10/12/2009 01:35 am

はしめまして。
大変分かり易くためになりました。
小泉元総理の時もそうでしたが橋下知事のマスメディアの利用の仕方は酷過ぎると思います。
 ここでは政策自体には論議されてませんが、彼らの政策もまさに暴言の通り、そのままですよね。
 マスメディアを利用し国民府民を騙し、実際には府民にも自分の部下たちにも利益にならない暴挙を繰り返してますからね。
 既に府職員にも府民にも被害が出てますし、一刻も早くこの問題に気付くべきですね。

Posted by: チーズ | 11/07/2009 10:07 pm

>チーズさん

はじめまして。コメント有難うございました

橋下知事の政策については、大阪府民には一度もなったことがないため、私見を発することができるほど、関心を持って大阪府政に現状を十分な理解をしていないため、ここで議論することは避けました。

ただ、報道メディアを通じて知る限りにおいては、積極的に評価すべき政策を実行しているのかは微妙だなと感じています。

地方自治の本旨は住民自治と団体自治ですから、やはり大阪府民がしっかり監視して、政策についても議論および検証をすべきでしょうね。

橋下知事のリーダシップという観点からは私は全く評価しておりません。彼の言動はリーダシップとは程遠いもので、ワンマンまたは乱暴という評価が妥当ではないでしょうか。

昨日の「企業年金の支給額は削減できないのか?」という記事にも書きましたが、私が政治的リーダーシップとして理想と考えるのは、ブレア前英国首相に代表されるような説得のリーダーシップです。

相手を説得できるように、丁寧な主張を尽くしていくことが重要であり、それを経て初めて、最終的な決定に正当性が生まれるわけです。

これは、少数者との議論を通じて多数意見に正当性が生まれるという立憲民主主義の考え方そのものだと思っています。

「一刻も早くこの問題に気付くべき」というのはおっしゃる通りで、上記のような立憲民主主義の考えに立脚して、有権者が正しい判断をするためには、無関心ではないこと、一方的な意見だけを信じ込むのではなく、自分で思考する力を鍛錬していくことが重要なのだと思います。

Posted by: ESQ | 11/10/2009 11:26 pm

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