法曹の質の低下の問題に対する考察
法曹人口の増加により弁護士の質が低下しているという話があるが、法曹人口の増加に関わりなく、既存の法曹界全体の質が低下しているのであって、そのツケを若い弁護士たちに押しつけているのではないかと感じることがある。
メディアの社会部もこうした問題について上っ面な批評しかしない(実際には十分な知識がないため、できないというのが本当のところかもしれない)。
そもそも、質の低下といっても、2種類ある。
1つは、既存の弁護士による不祥事の増加に関わる質の低下。
もう一つは、新規参入者(法曹人口の増加時代の人々)の知識的な問題としての質の低下である。
しかし、多くの場合に、これらを全く同視して、「質の低下」と論じることはいささか問題の本質を見誤らせるのではないかと危惧している。
まず、前者の問題については、弁護士をはじめとする専門職における職業倫理意識の低下とそれに対する実効的制裁の欠如が、以下の記事にあるような状況を招いているのではないだろうか。
特に、懲戒権を弁護士会に委ねる現在の弁護士自治には限界があるように思われて仕方がない(司法書士の場合は、司法書士法48条により管轄する法務局に懲戒権限あり)。
実際に、普通の労働者であれば、戒告などでは済まないような悪質な事例も戒告止まりだったりすることはよくある。1回の悪質な行為も、せいぜい業務停止数か月が良いところで、悪質な行為を数回繰り返して初めて退会命令なり、除名処分がやっとでるというのが懲戒処分の相場である。
最近は、一部の弁護士会で、悪質な事例において、厳しい処分を加える傾向が増えつつあるが、やはり身内同士での懲戒には限界があると言わざるを得ない。
また、このインターネットの発達した時代にあっても、懲戒処分は、一般人であれば誰も見ていないような官報や日弁連発行の「自由と正義」という雑誌にしか掲載されず、自分の依頼する弁護士の過去の懲戒状況が一目でわかる状態にはない。
懲戒処分の効力を失った過去の事例については、有志の方が作ったインターネットブログ、「弁護士と戦う」などでしか確認できないのである。
従来のように、入口を狭くして、一度司法試験に受かってしまえば、後は性善説に立って、どんな大きなミスでもよっぽどのことがない限り、退会や除名という処分には至らないという身内の論理はもはや通らないのではないだろうか。
やはり、私見としては、懲戒権を裁判所なり、行政はもちろん弁護士会とは独立した機関に委ねるべきと思うのであるが、なかなかそういう発想には弁護士自治にこだわる業界の論理では、受け入れられないだろう。
ただ、社会通念からすれば、弁護士というのは法律業務をある種独占できる地位にあるわけで、社会的権力になりうることからすれば、その身分の規律を身内に委ねるのは、権力の均衡上、問題があるのではないだろうか。
私は、司法の独立を確保するために、憲法上、特に裁判官に保障される身分保障とは、わけが違うのであって、弁護士に厚い身分保障を与える必要はないと思う(裁判官は司法、立法と時に対立しなければならないのであり、身分保障は与えられるべきだろう)。
次に、後者の問題については、確かに、「相殺の抗弁が提出された場合に、引換給付判決となる」というような解答が司法試験を通過した司法修習生の卒業試験である司法修習生考試(通称、二回試験)において、なされたという話は聞く。
相殺が債権の消滅原因であるという根本的な民法の理解ができていない解答であり、確かに、質の低下が危惧されるところである(もしかすると、同時履行の抗弁と勘違いしていたのかも知れないが、それはあまりにもお粗末な勘違いであろう)。
ただ、こうした見当違いの解答をする人間が通ってしまうことを問題視して、合格者人数を減らせという論理はいかがなものであろうか。
一定の法的素養があるのであれば、司法試験段階では合格としておいて良いのであって、修習生になった後の二回試験段階で、最終的に、それでも基礎知識の欠如が著しい者を排除すれば良いだろう。
実際、司法修習生には公務員として月約20万円の給与が支払われるのであるから、この期間に遊ばせていること(最近は就職活動期間になってしまっているとの指摘もあるが・・・)が問題なのであって、司法修習をする意義は実務家としての基礎知識を身につけることであるとすれば、この二回試験を厳しくして、質の低下の歯止めをかければよい。
司法試験以上に、二回試験に向けて勉強をさせるというスタンスが本来の制度目的に適合しているのではないだろうか。もし司法試験で厳格化するというのであれば、司法修習期間そのものが不要という話になるだろう。
しかし、法科大学院には教育の質にばらつきがあるのであって、だとすれば、司法試験を一定の法的素養があるとして通ったのであれば、二回試験を厳格化することで、あとは修習期間中に合格者がいかに勉強するのかという自己責任の問題とすれば、質の確保はできるだろう。
司法試験に通ったからといって、ご褒美のハネムーン期間を1年与えてしまっているのが問題なのではないだろうか。
実際、就職難が指摘されているが、弁護士だから弁護士事務所に入らなければならないこともないだろう。有資格者であっても、一般社員と同等の地位で、通常の会社に対して就職活動をすれば良い。
なにも、弁護士だからと優遇される必要はないだろう。イギリスやアメリカは有資格者であっても、日本のような「先生」扱いをすることはあり得ない。
待遇を良くすべきなのは、その人物が弁護士だからではなく、その人物が優れているからであるはずである。
この問題に限らず、地位をもって優秀とみなすという国民文化が官僚をつけ上がらせるし、既得権益による甘い汁を吸わせることを許してきたのではないだろうか。
もちろん、法科大学院側の問題を見直すことも重要だが、「法曹の質の低下」の問題が既存の弁護士の既得権益を確保するために、新規参入者阻止という話になると、最終的に不利益をこうむるのは、司法アクセスが容易でない一般国民ということになるのであって、そうした動きを国民は注視する必要があるだろう。
今回の過払い金事例に関するトラブルは、「法曹の質の低下」は法曹人口の増加という要因が諸悪の根源ではない、別途の理由が存在することを示している良い事例だろう。
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過払い返還請求トラブル急増…日弁連が異例の指針
10月4日9時3分配信 読売新聞払い過ぎた借金の利息を取り戻す「過払い金返還請求」が全国で相次ぐ中、返還請求者と代理人となる弁護士や司法書士との間で、トラブルが増えている。
多重債務者からの相談に対し、報酬が確実に見込める過払い金回収しか引き受けない弁護士や、返還金の9割近くを報酬として不正に受け取った司法書士も。日本弁護士連合会(日弁連)は、過払い金回収だけの受任はしないよう求める異例の指針を公表。民間団体も悪質な司法書士の実態調査に乗り出した。
日本貸金業協会の調査によると、会員業者が過払い分として債務者に返還したり、元本から差し引いたりしたのは2006年度が5535億円、07年度が9511億円にのぼった。返還請求者の9割に弁護士や司法書士がついていたという。
一方、請求者と代理人との間でのトラブルも多い。ある消費者金融業者の代理人弁護士は「報酬は過払い分の2割弱が相場だが、なかには3割以上の報酬を求める弁護士らもいる」と打ち明ける。
神戸の男性司法書士は昨年、多重債務者に約195万円の過払い金が返還されたのに、約170万円もの報酬を受け取っていたことが発覚。多額の報酬を不正に受け取ったとして監督する神戸地方法務局から業務停止2年の懲戒処分を受けた。
日弁連の多重債務対策本部によると、東京都内のある弁護士は東北地方で過払い金回収などの相談会を開くCMをラジオで流した。仙台市の会場で自己破産を希望する参加者に対し、「地元の弁護士にお願いしなさい」と拒否。ほかにも複数ある借金のうち、過払い金が発生する分だけ受任する弁護士についての苦情が寄せられているという。
日弁連は7月、「債務者の意向を十分に配慮する」「ほかに債務があるのに合理的理由なく過払い金回収だけを受任しない」などの指針を公表した。
多重債務者の支援団体「大阪クレジット・サラ金被害者の会」(いちょうの会、大阪市北区)には昨年夏頃から、司法書士らに「ヤミ金融から借りている分は受けない」と断られた相談者が目立ち始めた。回収が困難で報酬も期待できないためとみられる。
同会は5月から「悪徳司法書士」の被害を調査。テレビCMをしている大手司法書士事務所などについて、「過払い分がないので断られた」「返ってきた金額と報酬の内訳が不透明」などの苦情があるという。
全国クレジット・サラ金問題対策協議会の代表幹事で指針づくりに携わった木村達也弁護士の話「債務者を借金漬けの状態から解放し、健全な生活を取り戻させるために過払い金回収を活用しなければならない。ヤミ金や他の債務整理を受けず金もうけにまい進する一部の人たちの姿勢は情けない。プロとしての自覚を持ってほしい」
◆過払い金返還請求◆
消費者金融業者などは従来、出資法の上限金利(年29・2%)と利息制限法の上限金利(年15~20%)の「グレーゾーン金利」で融資する場合が多かったが、05年以降、最高裁がグレーゾーン金利を実質的に認めない判決を言い渡したり貸金業者が債務者の取引履歴の開示義務を負うとの判断を示したりしたため、返還請求が急増。来年にはグレーゾーン金利は撤廃される見込み。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091004-00000066-yom-soci
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Comments
若干違和感のある記事でした。修習現場にいますと、「質の低下」は歴然としています。もちろん、従前と同じぐらいの法的思考力と知識をもっている修習生もいますが、問題はその割合です。ご承知と思いますが、法曹の生涯をつうじてのレベルは、司法試験受験期と修習期間におけるそれと同じのように経験的に思えます。
もっとも、私たちのように実務経験が20年や30年を超えている者にとっては、「営業」的には増員は何ら脅威ではありません。顧客層も、「質的相違」は十分ご存知のようですし。
問題は、「質に達していない」法曹(当然検事、裁判官を含みます。)に出会う国民を犠牲にすると言うことです。2回試験では、目も当てられないものを何とかはじいているものに過ぎず、記事にあるようなチェック機能は持ち得ませんし、懲戒制度は救済制度ではないからです。
この問題については、研修所教官らを含めた「修習現場にいる法曹」からの情報を、更に収集されることを是非おすすめします。
尚、修習生には基本的に給与は支給されなくなりましたので、その点も事実の誤認ですので、よろしく。
Posted by: 豊後魂 | 10/07/2009 09:25 am
豊後魂さん
はじめまして。
コメント有難うございます。
以下、回答とさせていただきます。
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> 問題は、「質に達していない」法曹(当然検事、裁判官を含みます。)に出会う国民を犠牲にすると言うことです。2回試験では、目も当てられないものを何とかはじいているものに過ぎず、記事にあるようなチェック機能は持ち得ませんし、懲戒制度は救済制度ではないからです。
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この点について、私見は、既存の制度趣旨にとらわれず、2回試験の意義、懲戒制度の意義を見直すべきだと考えているわけです。
2回試験においても、チェック機能を果たすようにさせるべきだという議論があってもよいのではないか、と違う見方を示しているのです。
既存の考え方にとらわれなくてもよいのではという発想です。
以前、大阪の橋下弁護士が免許の更新制度に言及していましたが、そういう議論があってもよいと思うわけです(もちろん、この考えには、いわゆる費用対効果を考えると、私は反対ですが)。
また、懲戒制度が救済制度でないことはおっしゃるとおりですが、懲戒自体が社会通念に照らし甘いという誹りは免れない現状があります。
懲戒制度そのものが機能し、悪質な者を排除できるようにすべきという議論をしているのであって、救済制度でないことが現状の甘い処分を許すしていることの正当化事由とはなりえません。
私見は質の低下は既存の弁護士の問題と新規参入者の2つの次元で生じており、前者に対しては、懲戒制度が機能を果たしてはじめて実効的な解決方法になるのではないかと提言しているわけです。
なお、イギリスやアメリカ、フランスでは、質の低下などの議論は問題になることが少ないです。その理由は簡単です。既得権益保護に対する厳しい文化的な視線があり、自由競争の中で淘汰されればよいという価値が優先しているからです。
これについては、国民が犠牲になるという話がありますが、医療過誤と同じで、弁護過誤があれば、訴訟による救済とともに、過誤が悪質であれば退場させればよいという思考が欧米の思考です。
そもそも司法改革が必要だとされた理由は、欧米と比べ、国民から遠い(国民の司法アクセスに障害が多い)という点にありますから、欧米のこうした思考からも見習う点はあると思います。
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>尚、修習生には基本的に給与は支給されなくなりましたので、その点も事実の誤認ですので、よろしく。
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私は現状を問題にしています。
修習による給与支給は既に第1回司法試験から4年分については行われており、来年度から貸与に変わるのは知っています。
しかし、私見は現状がハネムーン状態になっていることを指摘しているのであって事実誤認ではないと思います。修習の現場に詳しいといわれる貴殿が、このハネムーン状態を問題にしないのはいささか違和感を感じます。
以上
Posted by: ESQ | 10/07/2009 10:27 am
弁護士自治については、MIRAIOの西田先生からは別の視点から批判がされています。
弁護士自治は既得権益を守るために機能する、例えば広告規制で弁護士の活動を制限して、旧来の事務所や弁護士会の権益を守るために機能している、国民にとっては有害だ、という理論です。
私もその通りだと思いますね。
債務整理に関するトラブルとやらも、旧来の事務所と結び付いている政治的な団体が組織的に煽っているという批判もあり、問題はむしろ、地方では多重債務の問題が酷いのに啓蒙のための広告もせずに既得権益の上にふんぞり返っていた古い弁護士たちだという批判もあります。
懲戒権については、公正な裁判所に移すべきだと思いますよ。アメリカをはじめ諸外国ではそうなっています。
Posted by: JO | 11/16/2009 11:26 pm
>JOさん
はじめまして。コメント有難うございます。
結論として懲戒権を裁判所にということと、弁護士自治に問題があるということは私も同感です。
しかし、貴殿が御指摘された、西田弁護士の話を100%鵜呑みにすることについては、私は問題だと思いますし、西田弁護士の批判に賛同はできません。
私は、彼の過去の懲戒の事実も含め、以下のウェブページの管理人様が言われていることにおおむね賛成です。
http://blogs.yahoo.co.jp/nb_ichii/27523391.html
西田弁護士については、私は個人的に知りませんが、著書での広告規制の問題の取り上げ方も、一面的にしか取り上げていません。
また、西田弁護士の事務所がどうなのか私は解りませんが、一般論として、広告活動に熱心な債務整理をメインに行っている法律事務所の多くでは、大量の非弁である事務員と極少ない弁護士で、大量の事件を取り扱う形態が多いようです。
このような形態では、十分な弁護士による事件管理が行き届いているのか(非弁である事務員任せになっていないか)という懸念は依頼人の立場からも当然に生じるではないでしょうか。
それを彼の著書にあるような、共産系事務所や既得権益を守る事務所の陰謀だとかいう主張には私は賛同しかねます。
もちろん、日弁連を含め、非弁提携や債務整理屋の存在などに対する国民への啓蒙活動が十分ではないという点はその通りだと思います。
この点、最近は日弁連会長選に立候補されるのではという噂が出ている消費者問題等に詳しく、私の尊敬する法曹の一人である宇都宮健児弁護士は、派遣村の活動や非弁対策本部の副本部長なども務められ、非常に日本の公益に対する活動を熱心にされておられます。
法曹人口の問題についても、既得権益を守りたい弁護士たちが強く求める「反対」の方針ではなく、現執行部の「見直し」といった程度の文言にとどめておられます。
さすがに増員賛成とはいえないでしょうが、宇都宮弁護士が日弁連会長になられれば、弁護士のみの内輪の目線ではなく、一般国民の利益を考えた世間の目線も意識した日弁連改革をしてくれるのではないかと個人的には期待しています。
弱者の救済や国民の利益のための活動を第一線で行ってきた宇都宮先生が会長になれないのであれば、いよいよ日本の弁護士の倫理も地に落ちたといっても過言ではないと私は思います。
Posted by: ESQ | 11/17/2009 12:10 am