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09/17/2009

鳩山内閣閣僚記者会見を見て思うこと(マスメディアの懈怠)

23時頃から始まり、1時45分頃までかかった鳩山内閣の閣僚記者会見を見て、まず感じたことは、記者会見場にいる記者に対する著しい憤りである。

現在の日本には、数多くの重要な懸案事項があるのに、一番最初に飛び出た質問が、省庁の事務次官の記者会見禁止に対する質問であり、それが数名の閣僚に対して何度も飛び出してきたことである。

記者会見が開かれる目的は、閣僚に対し、『国民の』懸案事項についての認識を問うために開かれているはずである。

したがって、マスメディアは、『自分たちの』利害関係のある事項ではなく、『国民の』利害関係を大きく左右する事項について、質問をぶつけるのが筋であり、それを私は楽しみにしていたのだが、いよいよ、日本のメディアは馬脚を現したというべき醜態を見せてくれたのである。

官僚の記者会見が禁止されると、取材が制限されるという自らの取材記者としての職務放棄と馬鹿げた論理で、あたかも国民に不利益があるかのような稚拙かつ空虚な論理で、知る権利を持ち出しているアンポンタン記者も数多くいた。

その多くが聞いたことのある朝日新聞や読売新聞、北海道新聞や共同新聞の記者を名乗っていたのであるから、日本のメディアもここまで地に落ちたかと嘆かわしく感じた。

多くの閣僚、とりわけ、財務大臣の藤井裕久氏が明確に回答していたが、閣議で禁止されたのは、事務次官などの官僚が省庁を代表した見解を示すことであって、それに代わって政治家、つまり、大臣、副大臣、政務官が記者会見を行うという方針なのであって、取材の自由が制限される余地はない。

むしろ、国民による選任手続きを経ていない事務次官ごとき官僚が、所管大臣を無視して、省庁の見解を述べる現状が異常な状態だったのであって、マスメディアはそれを自分たちの取材のしやすさとりう利益だけのために、放置してきたことに問題があるのではないだろうか。

記者クラブの廃止を掲げる民主党に政権交代という国民の選択は、記者クラブ制度により安穏と守られたメディアに対しても、既存の薄っぺらい報道及び軽薄な取材活動に対して、Noを突きつけたのだと思う。

記者に許されているのは、取材の自由であって、これは、憲法21条の精神に照らして尊重に値するにすぎない権利である。記者に知る権利があるのではなく、国民に知る権利が憲法上保障されているのである。

したがって、私はメディアが安易に知る権利を振りかざすのは、妥当ではないと思う。

とりわけ、官僚依存からの脱却の1つとして、強い姿勢で、事務次官の会見を禁止したことを、言論統制だと飛躍した、幼稚な理論を振りかざすメディア関係者が今回沢山いたことが非常に驚いたし、日本のマスメディアがいよいよ腐っていることを明らかにしてくれたと思う。

政治家や官僚が腐っていれば、政権交代など選挙を通じて、国民が意思表示することで変えることが可能である。

しかし、メディアは第4の権力であるにもかかわらず、国民による統制機能はない。メディアはあくまで私企業であって、国民が唯一できることとすれば、新聞を購入しないとか、スポンサー企業の商品を買わないという非常に間接的な行為以外に、メディアに対する不信を示す方法はない。

だからこそ、メディアの自分たちの利益を最優先に考える異常な現状に私は強い危惧を覚えるのである。

本当は、今日の記事で、各閣僚の会見に対する評価をしようと思ったが、それ以上に、日本のメディアの現状に対するショックが大きく、閣僚の会見に対する評価は明日以降にしたい。

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各メディアの自分たちのことしか考えていない記事の例

まずは、読売新聞

官僚の記者会見、原則禁止…官邸が省庁に通知
9月17日3時9分配信 読売新聞

 鳩山新政権の発足を受け首相官邸は16日、報道機関への対応について、〈1〉各省庁の見解を表明する記者会見は、閣僚など政治家が行い、官僚は行わない〈2〉次官らの定例記者会見は行わない――との内容の指針をまとめ、各省庁に通知した。

 指針は、閣僚が適切と判断した場合には、官僚による記者会見もあり得るとしているが、「国民の知る権利」を制限するものとして論議を呼びそうだ。

 指針は「政・官のあり方」と題され、各省庁に対し、同日、取扱注意の資料として配られた。「府省の見解を表明する記者会見は大臣等の『政』が行い、事務次官等の記者会見は行わない。ただし、専門性その他の状況に応じ、大臣等が適切とした場合には『官』が行う」としている。鳩山内閣は16日夜の閣僚懇談会で、この指針を申し合わせた。

 これについて、平野官房長官は16日夜、初閣議後の記者会見で、「(事実関係の)ブリーフは記者会見ではない」と述べ、事実関係の説明は除くとの見方を示した。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090917-00000129-yom-pol

国民の知る権利の制限ではなく、取材の自由すら制限しない。取材が今まで待っていても情報が得られるという状態から積極的な取材活動をしなければならないだけで、事実上やりにくくなるだけのこと。議論が飛躍している。読売新聞という大きなメディアが情けない幼稚な議論をしているのは嘆かわしい。

次は、毎日新聞。

<民主党>記者会見を大臣などに一元化 事務次官会見中止に
9月17日2時30分配信 毎日新聞

 民主党は16日、内閣官房を通じ各省庁の広報担当者に、省庁側が行う記者会見を各大臣や副大臣など政治家に一元化する方針を伝えた。「脱官僚依存」を掲げる鳩山政権の発足により、政治主導での発信を徹底するのが狙い。自民党政権下で続いてきた事務次官や局長級などの会見は原則中止される見通しで、情報公開の視点からは議論を呼びそうだ。

 各省庁によると、16日午前に広報担当者が内閣官房に呼ばれ、省庁の見解を示すような会見やブリーフィング(記者への説明)は「政」が責任をもって行う▽地震や捜査など緊急性のある記者会見は大臣の許可を得た上で行う--などの基本方針が口頭で説明された。ただ、鳩山内閣が16日夜の閣僚懇談会で申し合わせた「政・官の在り方」では、規制対象にブリーフィングは盛り込まれず、平野博文官房長官も規制対象に含めない考えを示した。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090917-00000011-mai-pol

情報公開の視点とややトーンダウンしており、この程度の記載であれば、まだ許容できるだろう。しかし、情報公開の視点から『何が』、『どのように』問題なのか一切示していない。自分たちが積極的に取材活動を展開しないと情報が得られないという程度の問題であれば、情報公開の視点から議論などとおこがましい言い方をせずにストレートに言えばよいのではないだろうか。

次は、時事通信。

次官会見廃止「報道統制では」=記者団から懸念相次ぐ-官房長官「政治主導」強調
9月17日0時12分配信 時事通信

 「脱官僚依存」を理由に各省庁の事務次官や長官の定例記者会見を行わないと申し合わせた鳩山新政権。16日深夜に行われた平野博文官房長官の会見では、冒頭から記者団が「報道統制では」などと懸念を口にし、矢継ぎ早に質問した。
 平野氏は「会見は大臣などの『政』がしっかり行う」「官僚主導から政治主導」「決して言論統制との考え方ではない」と繰り返した。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090917-00000002-jij-pol

記者団の懸念という説明の仕方は一番正確かもしれない。その意味で、この報道姿勢は評価できる。経営が悪化していると伝えられる時事通信であるが、通信社として事実を伝えるという姿勢が今回あったことは評価に値する。

冒頭からこの問題を取り上げるメディアの私利私欲的優先の姿勢も事実として伝えているので、まともな記事である。

次は産経新聞。

官邸主導へ側近集結 次官会見廃止 中央突破アピール
9月17日7時57分配信 産経新聞

 鳩山由紀夫新首相は、16日夜の初閣議で事務次官による記者会見の原則廃止や国家公務員の天下り・渡りの斡旋(あっせん)を全面禁止する方針を決定するなど、「脱官僚依存」を強烈にアピールした。だが、次官会見の廃止にはマスコミによるチェック機会が制限されるなどの懸念もある。首相は正副官房長官を側近で固め、中央突破を図るが、官僚政治打破の前には難題も山積している。(赤地真志帆)

 首相は午後3時半過ぎ、単身首相官邸に乗り込んだ。静まりかえったエントランスを見渡すと首相執務室へ向かった。

 政務の官房副長官は「鳩山側近『二本松』」と呼ばれる松野頼久(衆院)、松井孝治(参院)の両氏。首相補佐官にも厚い信頼を寄せる中山義活(衆院)、小川勝也(参院)の両氏を充てた。やはり腹心の一人である平野博文官房長官は首相補佐官2人の役割を「主として衆参両院の国会状況を首相に的確に報告することだ」と説明した。政権の重要政策に沿った専門家を配すのではなく、「忠臣」で自らをガードする防御型の布陣を敷いた。

 新内閣は初閣議後の閣僚懇談会で「政・官の在り方」として事務次官会議廃止に伴い各省庁の次官など事務方の定例の記者会見を廃止させる方針を決め、各省庁に通達した。平野長官は会見で「政治が責任を持つためであり、担当の閣僚がしっかり責任を持って対応すべきだからだ」と説明したが、報道陣からは「取材の機会が制限される」などの質問が相次いだ。記者会見の廃止はマスコミなどによる政権運営や行政に対するチェック機能を損なう恐れもある。

 一方、首相は慣例となっていた閣僚名簿発表直後の記者会見を中止した。呼び込み直後の記者会見では各省幹部が用意したペーパーを読み上げるケースがほとんど。これでは政治主導に逆行すると判断したのだ。

 このため、閣僚の記者会見は宮中での認証式と初閣議をはさんで「呼び込み」から約7時間後に行われた。首相は元々、閣僚人事を早めに内定し、組閣まで十分な勉強時間をとる構想を描いていたが、閣僚人事の内定が15日にずれ込んだために断念。民主党では閣僚内定者に会見用資料を用意するなど、対応に大わらわとなった。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090917-00000067-san-pol

チェック機能を果たせるか、果たせないかはマスコミの能力、及び、姿勢の問題である。官僚の記者会見を禁止している国として、イギリスがあるが、イギリスメディアはチェック機能を損なっているだろうか。

いいや、イギリスのメディアほど国民に対し影響力を持ち、行政のチェック機能を果たしているメディアはない。まともな国民からすれば、日本のメディアが自分たちの無能さ、姿勢の甘さを棚に上げて、下手な言いがかりをつけているとしか、思えないわけである。

そして、朝日新聞。

  「新政権が目指す政治主導という考えに立っている」。鳩山内閣が官僚による記者会見を行わないと申し合わせた問題で、16日夜、記者会見に臨んだ平野博文官房長官は繰り返し強調した。「決して言論統制という考え方に立っていない」

 しかし、内閣府がこの日各省庁の広報担当を集めた説明会の出席者によると、内閣府の広報から規制対象となる事例が幅広く示された。「記者にすべてノーコメントで通せというのか」。出席者から疑問の声が上がったという

 国土交通省が内閣官房の指示を受けて作成した内部への説明文書は「局長や課長によるブリーフィング(記者説明)、記者懇(談)、勉強会なども(取材対応禁止の)対象となる」と記述。取材への対応についても「政策の見解を述べるものは対象になると考えた方がよい」とし、平野氏の説明と受け止め方に食い違いが生じていた。

 同省幹部は「どこまでが取材応対可能な『事実の説明』で、どこからが対応不可の『見解』になるのか不明確。具体的なガイドラインを作ってほしい」と話す。

 総務省中堅幹部は「そういう政権を(国民の)みなさんが選んだ」と、皮肉を込めて言った。環境省のある職員も「しばらくは役所の口が重くなるでしょうね」と漏らした。

     ◇

 〈桂敬一・立正大講師(ジャーナリズム論)の話〉 権力の使い方を全く間違っている。政治が許した形でしか権力への取材は認めないというのはファシズム。報道の自由なぞ存在しなくなる。官僚にしてみれば、取材の申し出の一つ一つについて、政治家へお伺いをたてることなど現実的に出来るはずもない。結局は「政治家でなければ答えられない」と取材を拒むことになるだろう。

 〈英国政治に詳しい阪野智一・神戸大教授(比較政治学)の話〉 政治主導が定着している英国では、官僚はあくまで政治家を補佐する立場。政治的中立と守秘義務が課せられ、記者と接触すべきでないとされている。説明責任、結果責任を負うのは国民からの負託を受けた政治家だ。日本ではこれまで政策の立案のみならず発信まで官僚が握ってきた。新政権の方針は正常な政と官の関係に移行しようというもので、現時点でどこまで実現できるかは未知数だが、とっぴとは思わない。

まず、官僚がこの方針を悪用して、説明責任を果たさないのではないかという指摘は一つ理解できる。しかし、説明責任はあくまで政治家にあるのであって、官僚に求めていること自体が官僚をつけ上がらせるのである。

彼らは公僕であって、国会議員として選ばれた総理大臣が総理する内閣及び所管大臣の支持を忠実に実行すべきであって、彼らに意思決定権をゆだねるようなことは、本来の憲法が描く統治のあり方としてはおかしいし、諸外国と見てもそれは明らかである。

したがって、メディアは所管する大臣、副大臣、政務官が着実に説明責任を果たしているかをチェックすればいいのであって、官僚から情報を聞き出そうとしていることがおかしいという認識にまず立つべきである。

その前提をもってすれば、桂敬一というわけのわからん大学講師の言っていることは、あまりにも突飛な論理であって、ファシズムと断罪するとは、笑うしかない。そういう馬鹿げた話を専門家の話として紹介する朝日新聞には、ある種の怖さすら感じる。

最後は、フリージャーナリストの反応。上杉隆氏が、以下で、別の視点から一連の記者会見について記事を書いている。

http://diamond.jp/series/uesugi/10094/

なるほど、記者クラブ制度を鋭く突いた視点であって、フリージャーナリストならではの視点であるが、最後の部分が私は、結局フリージャーナリストも、私利私欲なのだと落胆した。それは次の部分。

 記者会見のオープン化は確かに小さな約束だったかもしれない。

 だが、足元のそうした小さな公約すら果たせないような政権に、官僚政治の打破などという壮大な改革など、到底成し遂げることはできないのではないか。

 政権発足初日、さっそく公約違反をした鳩山内閣への率直な感想である。

政権交代には混乱がつきものであって、成立した初日にすべてを変えろという方が無理難題なのである。100日間過ぎても、記者会見のオープン化ができていないのであれば、それは痛烈に批判すべきだろうが、初日で自分たちが排除されたことをもって、この結論は、やっぱり、フリージャーナリストも他のメディアと同様、自分たちの私利私欲が最優先なのである。

以上のように、各メディアの反応を見てきたが、政権交代による政治の変革には、旧態依然とする既得権益にしがみつくメディア関係者の問題も国民は考えておかなければならない。

メディアのいうこと=真実という幼稚な思考を仮にしている人がいれば、それは自分の首を絞めることにつながるという認識を持って、メディアリタラシーを高めるべきだろう。

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Comments

これまで御用報道、歪曲報道ばかりしてきた大手メディアが言論統制云々で騒ぐのは、笑止千万と言うほかありませんね。

ただ今回の就任会見、非記者クラブメディアの一部しか入れなかったのは、イメージ戦略的には失敗だったように感じます。
鳩山内閣最初の会見でそれをやるのとやらないのとでは、ずいぶん違ったと思うのです。
結局、権力側に立ってみると、記者会見をオープンにすることの利よりも、御用メディアの既得権を守ってやることの利のほうが大きい、という判断がどこかで働いたのではないか、という疑いをもたれてもしかたない。(それは早計だとESQ様はおっしゃるでしょうが……あくまでも私の個人的印象です)
シロートですらそう思ってしまうくらいですから、閉め出されたフリージャーナリストたちの落胆は相当大きかったろうと想像できますし、もし会見を開放していたら、もう少し国民が聞きたい実のある質問が出てきたのでは? とやはり残念な気がします。
記者クラブ加盟社を優先したことで、ますます彼らがカサにかかって馬鹿げた質問や報道を繰り返すような結果にもなってしまったんじゃないかと……。

しかし、このご時勢、旧態依然のマスコミよりは、フリージャーナリストやESQ様のような個人ブロガーの発信するネット上の情報のほうを重視する人々が急増しているわけですし、この流れは権力によっても既存メディアによっても、もう止めようがないですよね。
ネット情報に玉石混淆あるにしても、総体としてメディアリテラシーは底上げされていくんだろうな、と楽観している部分もあります。(甘いかな……笑)

閣僚人事で「?」だったのは、平野官房長官。私は寡聞にして、この方を存じあげませんでした。いったいどんな経緯で、なぜ登用されたのでしょう???

Posted by: ginger | 09/18/2009 at 09:08 PM

gingerさん

コメント有難うございます。
貴殿のご意見、非常に有益な考察だと思います。
とりわけ、「もし会見を開放していたら、もう少し国民が聞きたい実のある質問が出てきたのでは? とやはり残念な気がします。」というのは、私も同感だと思いました。

もちろん私も記者会見場に一定のフリージャーナリストなどがいち早く入ることができた方が良かったに越したことはないと思います。

また、貴殿の御指摘のように、記者クラブとの結びつきがあった方が権力に有利なのは確かでしょう。

しかし、鳩山総理が既に記者クラブの廃止を明言したのですから、これは遅かれ早かれ実行されると思っています。

もしそれが遅くとも100日以内に実行できなければ、それは鳩山政権の支持率を一挙に低下させることになる要因だと私は思います。

ただ、上杉氏がいうように、「公約違反」と騒ぐのはどうかと思う想いもあります。とりわけ、上杉氏は当事者であり、利害関係人ですから、そこまで痛烈な批判をすると、「過剰反応だな」、「冷静な報道姿勢を失っている」と思ってしまうわけです。

現に、雑誌記者や外国メディアを入れたことは初日にして1つの成果ですし、今後はインターネットジャーナリストや一定のフリージャーナリストに対し、門戸が広がるだろうと私は思いますし、それをしなければ、国民が許さないと私は思っています。

平野氏は鳩山総理の側近だったようですね。小沢代表時代から、鳩山総理が幹事長で、平野氏が副幹事長だったようです。本人も「側用人」と称したことがあるようですが、基本的には小沢氏との関係も良好だとメディアは伝えていますね。

また、ライブドアの偽メール問題のときに前原代表(当時)が辞任した後の処理などもして、危機管理に対する能力に定評があるとも聞いています。

私も平野氏の名前は最近知ったので、詳しくはわかりませんが、そういう人物のようです。

管大臣が立案責任者で、平野官房長官が調整および危機管理担当というすみわけがあるようですね。

Posted by: ESQ | 09/19/2009 at 01:50 AM

久しぶりにコメントさせて頂きます。

まあ馬鹿な記者クラブメディアについては今更語ることもありませんが、事務次官の記者会見禁止については平野官房長官は正確な説明をしていたのに、内閣官房の官僚が各省庁向けのブリーフィングで(意図的に?)「レクなどの技術的な説明も出来なくなる」などという間違った情報を流したということらしいですね。
こういうことは官僚の常套手段らしいので、相手にする価値もない記者クラブの馬鹿どもより政府内で未だに抵抗を止めない官僚どものほうが気になります。

その記者クラブメディアの存在価値が無くなる前提の記者会見開放についてはESQさんとやや異なる意見を持ちます。
上杉氏については彼の経歴やこれまでの言動から不信感を持つ人も少なくないでしょうし私もあまり良い評価はしていません。
ただ取材をしたがるフリージャーナリストや外国メディアは全員当事者にならざるを得ませんので、一概に当事者だから「過剰」「冷静でない」と捉えるのではなく、できるだけ記事の内容で判断したほうがよいかと思います。
少なくともこの件に関しては上杉氏、彼とよく連携している神保哲生氏の反応は、彼らの取材してきた内容を見る限り過剰ではないと思います。
また100日のハネムーン期間についてですが、公共工事中止の決定が遅れたとか野党や地方の意見を取り入れ方針を修正せざるを得なかった、もしくは公約への着手が予定通り進まないといった通常の公約については大目に見るべきだと思います。
ただその際に評価の基準とする情報がオープンにされていない情報、つまりは一部の報道機関のフィルタを通った情報や記者クラブや官僚と手打ちの上で出された情報であれば正確な評価も出来なくなるという可能性を残してしまいますので、記者会見のオープン化は他の公約と同列に捉えるべきではなく最優先に対処するべきものと考えますがいかがでしょうか。
もちろん政権政党としては非常にお粗末とはいえ手続き上時間がかかるので段階的に開放ということもあり得るとは思いますが、そういう事情があればそういうこともオープンにし官邸が真っ先に態度を表明すべきです。

またとても気になることに今まで民主党を積極的に支持し、西松事件のときなど真偽不明、時には明らかに虚偽の無茶苦茶な情報を流しまくるメディアに怒りを爆発させていた人達においてこの問題を大きな問題だと認識できていない人がとても多いことです。
それこそ彼らが100日後に民主党を評価するときにそんな記者クラブメディアの情報をもとに民主党を高く評価したところで何の正当性も無いのではないかと思います。
「民主党は官僚や記者クラブと馴れ合うはずがないから発表していることは全て正しい」なんて言い出したら、それこそニコニコ動画での麻生の高支持率を誇るネトウヨと同じようなものです。
この経験のない未熟な政党をチェックし育てるのは有権者なので、その眼となるはずの情報公開にはもっと厳しい態度で臨んでもいいかと思います。

長くなりましたので外相、法相の記者会見個別開放についてはまた別のコメントで書かせて頂ければと思います。
ちなみにここまで書いておいて今更の話ですが、私は民主党支持者ではありません(笑)

Posted by: Jay-Jay | 09/20/2009 at 02:01 AM

Jay-Jayさん

久しぶりです。
コメント有難うございます。


平野官房長官の発言について、官僚が誤った情報を流したという話は初めて聞きました。面白い話ですね。

私の記事の最後で、上杉氏や神保氏をはじめとするフリージャーナリストに関して、記者会見への参加が認められなかったことを「公約違反だ」という表現が大袈裟すぎるという点について、意見の相違があったので、その点について、以下補足します。

私はやはり貴殿の意見を見ても、当初の考え方と変わっていません。

国民の知る権利に資するためのメディアの理想像は、中立・公正な報道姿勢です。これは残念ながら、現実的には理想とほど遠いです。しかし、理想を放棄してはいけません。

私は、メディアが当事者になる場面では、メディア自身の自己制御機能が要請されると考えています。

つまり、当事者として主観的な主張をしてしまうような場面で、あえてメディアが自己の理性を働かし、過激な表現やセンセーショナルな表現を抑制して、客観的印象を受け手に与えて初めてメディアがメディアとしての機能を果たしていると考えるわけです。

今回の上杉氏の記事は、そういった観点が欠如しており、あくまで、自分自身の利害関係にのみ従った主張をしています。私はそういう記事にはあまり価値があるとは思えません。

自己と利害関係がある場面でいかに自己の主観的主張を抑え込んで、客観的な報道をするか、これがメディア本来に要求される理想的姿ではないでしょうか。

雑誌記者、外国メディアの記者には少なくとも会見への参加を認めましたから、私はこの点については評価すべきだと思っています。

100日間の猶予期間について、私は、この期間中に政策に対する結果を要求するのは、どのようなものであれ、原則として、不適切だと思います。

記者クラブの独占状況の見直しは、早く実現するにこしたことはありませんが、初日から実現を求めるというのは社会通念に照らし不合理ではないかと思うわけです。

私は、この100日間について、政策の実現をするため新政権の政策実現に向けた努力状況をみる期間だとの趣旨から、欧米メディアは比較的批判の頻度を少なくして、見守る傾向にあると理解しています。

記者クラブ制度の廃止も、次第に実現できれば良い政策の1つであって、人命にかかわるような緊急性を要する例外的なものではないのですから、これにつき、100日の猶予期間を与えることは決して不合理であるとは思わないわけです。

なお、蛇足ですが、私は100日間を「ハネムーン」と称することは妥当でないと考えており、管副総理が就任記者会見でそのような発言をしていたのは逆に不適切だと思いました。

100日はあくまで、政策の結果を要求するには不適切な期間で、メディアが批判を自粛しているというに過ぎず、100日間の間、無批判の国民が何でも許すというような印象を与えかねないハネムーンという表現は私は使うべきではないとおもっています(一般的に、海外でも使われていますが、海外メディアの現状をみると、決してハネムーンという甘い印象の持たれるような100日間ではありません)。

Posted by: ESQ | 09/21/2009 at 11:03 PM

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