臓器移植法改正の報道に見るプロパガンダの恐ろしさ
臓器移植法改正について伝えるマスメディアは非常に正確性を欠いています。
NHKから民放まで、何かにそうやって報道するように指示をされているかのように一律にこの法案の説明をしていますが、以前紹介したように、「脳死は人の死」という定義が明確にされているわけでもなければ、定義規定があいまいで、今後に争いを残す非常にレベルの低い法案です。
再度、マスメディアのおかしな報道の部分に焦点を当てて紹介する。
現行法とA案の違いは以下に集約される。
現行法(一部省略)
第6条 医師は....ときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。
2 前項に規定する「脳死した者の身体」とは、その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう。 A案
第6条 (1項は、改正による変更なしのため省略)
2 前項に規定する「脳死した者の身体」とは、脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定された者の身体をいう。
つまり、法律条文を見る限り、一般法の概念として、「脳死とは人の死」を意味するという定義規定を置いているわけではない。
臓器移植法改正の中で、上記のような良くわからない定義が置かれているにすぎない。
解釈の仕方によっては、「死体」と「脳死した者の身体」を区別しているわけだから、脳死は人の死という位置づけが明確に示されたというマスメディアの説明には首をかしげたくなる。
むしろ、マスメディアが、しきりに、法律で、「脳死は人の死」と定義することになると言っているのはプロパガンダ以外の何物でもないと言っても過言ではないかもしれない。
おそらく、多くの人は、この法案が成立すれば、刑法上の人の死も脳死になると考え、「脳死状態の人に危害を加えても、死体損壊が成立するにすぎず、殺人罪が成立しないのではないか」とか、「脳死状態の人を介護するのは、死体損壊か」なんていう疑問を持ったりするかもしれない。
しかし、改正されているのは、臓器移植法にすぎず、刑法上の「人の終期」の概念に直接影響を与えるものではない。
また、間接的な影響を受けるにしても、先述のように、従来同様改正案は、「脳死体」という表現は使っておらず、あくまで、「脳死した者の身体」という表現を維持しており、脳死=人の死というのが明確化されているとはいえないだろう。
A案での改正があっても、刑法上は、人の死の判断は三徴候説(自発呼吸の停止、脈の停止、瞳孔反射機能等の停止から心臓死を人の死、終期であるとする考え)が実務上の通説であることに変わりはないと思われる(刑法上、脳死説を主張している人は、この法案により、刑法上も脳死を人の終期と考えることになるという学者はいるだろうが)。
なぜならば、価値判断として、脳死状態の人に危害を加えて、心臓死状態に陥れておきながら、殺人罪が適用できないという事態は、具体的妥当性を欠くのではないかと思うからである。
つまり、脳死状態に至ったとして、人としての刑法上保護する価値が失われたとまでいえるのかという疑問が払拭できないということである。また、そうした議論が十分に国民レベルでもなされているとは言い難い。
脳死説の学者は、脳死状態に至れば、脳細胞が破壊され二度と回復しないことを人の死期の論拠として挙げる。
しかし、脳のメカニズムが100%明らかになっているわけではないのであり、かつ、現に、脳死判定を受け臓器移植直前で脳死判定の取消しに至り、普通の生活ができる状態にまで回復した例がアメリカではあることからすれば、依然、刑法上は三徴候説が妥当であろう。
なお、刑法学者の方が三徴候説(心臓死説)の立場から今回の改正法案について考察したブログとして、中山研一元京大教授のブログが参考になる。
また、私と似たような観点から、マスメディアが報じるA案の解釈に疑問を呈している人気ブログとして、企業法務戦士の雑感という方の「臓器移植法『A案』解釈の不思議」という記事もわかりやすい。
この問題は、安易にマスメディアが作る議論のレールに乗っかると、結構問題の本質を見落としてしまう良い例なのかもしれない。
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