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06/13/2009

第二の冤罪事件か?(飯塚事件について)

あまり知られてませんが、今後注目を浴びる事件であろう飯塚事件について話をする。

最近まで、Wikipediaにも掲載されていないほどで、法曹関係者でも知らない人間はいると言っても過言ではない事件であった。

足利事件の菅家氏がこの事件の再審請求に参加して、冤罪の可能性を追求するという報道が先日なされ、世間の注目を集めつつある。

さすがにWikipediaにある事実関係を紹介するのは、正確性が担保できないので、他のソースを使おうと思ったのだが、事実関係を適切に説明している他の資料は、著作権が発生する判例解説等にしかないため、このブログで詳細に取り上げるのを控える。

その判例解説とWikipediaにある記載の事実はほぼ一致しているので、事実関係については、一応のところ、上記Wikipediaのものを参照されると良い。

また、より正確性が担保され、バランスの取れたインターネット上の情報としては、松山大学法学部前学部長の田村譲博士(現代法が専門)が運営されているホームページがあるので、そちらを参照されることをぜひお勧めする。

このブログでは、飯塚事件の話をする必要上、簡略化した概要だけ説明する。

この事件は、足利事件と同じ時期に、科警研で、同じDNA型判別方法を用いた鑑定結果と状況証拠に基づいて、幼児2人を誘拐・殺害した罪で被告人が死刑判決を受けた事件である。

死刑判決が確定し、2年後の2008年秋頃に死刑執行がされたのだが、当時再審請求を準備中であったにもかかわらず、死刑執行がなされたということで、弁護士関係者の間では特に問題視された事件であった。

この事件が問題なのは、まず、通常DNA型の判定を行う場合に、再鑑定をする可能性があるので、資料を残しておくのだが、当時の科警研が全て最初の鑑定で使い果たし、再鑑定が不可能という状態で出された鑑定結果であり、その信用性が疑問視された。

次に、当時、大学教授が行った別のDNA判別方法では、被告人と残されたDNAとの型が一致しないという結果が出ていたのである。

さらに、被告人は逮捕段階から一貫して否認していた事件である。

にもかかわらず、福岡高等裁判所は、以下のような判断をしました。

(被告人および弁護人)は、DNA型の鑑定のような重大な結果を生じかねない性質のものについては、再検査が可能なように資料を残すなり、増幅したPCR資料を残すなりしておく必要があり、そのような措置を講じていない本件では、証拠能力を否定すべきであり、少なくとも信用性を否定すべきである、というのである。

確かに、資料を残すなどして再検査を可能にする方途を講ずることは望ましいが、資料が少なかったり、なかなか結果が出しにくい場合に全部使い切ることがあったとしても、やむを得ない場合のあることは否定できないところである。

そして、本件では、科警研の検査で資料をほとんど使っているが、検査の結果がなかなか出にくかったことなどを考慮すれば、残量が少なくなったのもやむを得ないという事情があること、殊更再鑑定を避けるために費消するなどの不適切な事情も見当たらないことからすれば、資料をほとんど使い切ったからといって、その故をもって証拠能力を否定すべきものと解されない。

また、鑑定の内容に照らしても、MCT118型についての信用性を認めることができる。

その後、最高裁でも原審の判断が是認され、死刑が確定した。

この事件が冤罪なのかはわからないが、

①事件として被害者が2名であることから、足利事件のように無期懲役ではなく死刑判決になったこと、

②被告人が一貫して否認していたこと、

③最新準備段階で被告人の死刑執行がなされたこと、

④DNA型の鑑定結果以外の有力な証拠としては、(a)被告人が所有する車両と同一と見られる車両の目撃証言、(b)被害者の衣服にあった繊維片の一部が被告人の車両の座席シートの繊維片と同一という認定がされたこと(もっとも、同一のメーカーのものかまでは断定できないと第一審判決は指摘している)があったこと、(c)被告人の車両に血痕および尿痕が残っており、これらが被害者の鼻血および失禁の痕跡と思われ、血液型は一致することという3点があること

が大きな違いである。

ただ、多くの人も感じたであろうが、上記(a),(b)の証拠の証明力はDNA型の一致という鑑定結果に比べれば劣るものであり、DNA型の一致という鑑定結果が事実認定において大きな役割を占めたことは言うまでもない。

この事件が仮に冤罪だとすれば、最悪のケースである。つまり、死刑執行がなされてしまい、無実の人が国家により殺害されたことになってしまう。

非常に疑問なのは、なぜ再審請求の準備がなされていることが明らかだったにもかかわらず、死刑執行をしたのかということ、および、MCT118型の判別方法に疑問が呈されているにもかかわらず、なぜ2006年の最高裁が寄り慎重な審理をしなかったのかということである。

一部の検察関係者や検察出身の弁護士の方は、この事件と足利事件は本質的に異なるだとか、この事件が知られ、冤罪議論が起こることで、死刑廃止論の機運が高まることを懸念する声が上がっているのも事実である。

ただ、足利事件とはやはりかなりの部分で似通っている特徴があるのは事実である。とりわけ、DNA型の一致という鑑定結果の証拠能力を排除したとして、(a)車両の目撃情報と(b)繊維片の一部一致(同一メーカーとは断定できないが)という証拠だけで、有罪認定できるのか、つまり、「有罪でないという合理的疑いを排除できるだけの証拠」があるといえるかは難しいところではないかと私見は考える。

また、(c)についても、地裁判決文を読む限りは、血液型の一致だけであり、被告人と犯行の関係性を推認するものではあるが、同じく、これを(a),(b)と併せて考えても、無罪である合理的疑いを排除できるかはなかなか難しいところではある。

第2審の福岡高裁判決も以下のように指摘しており、必ずしも被告人と犯行とを結びつける明確な物証がある事件ではない。

本件では、犯行現場を目撃されたり、死体や証拠物の遺棄状況を直接目撃されていないし、(目撃者である証人)Aも犯人を目撃しているといえるものの、当然とはいえ、頭部にはげた部分があることを目撃している程度にとどまり被告人が目撃人物と似ているかどうかについても明確にできない程度の目撃であること、死体等や遺留品から被告人のものであることが明らかに認められるものも存在せず、被告人車内からも、それだけで被害者と明確に結びつくような被害者の遺留物、痕跡なども発見されておらず、まして、被告人の自白もないことから,以上の情況をもって被告人が犯人であることが合理的疑いを超えて証明されているかどうかを検討しなければならない。

判決文が示す事実から考える限り、やはり、DNA型の一致という鑑定結果は非常に重たいものであり、その結果を覆す証拠が出てくれば、無罪である合理的疑いが生じるのではないだろうか。

今後、この事件の再審請求等の推移を注視していく必要があるが、読者のみなさんがこの事件に関する情報に触れたときに、以下の2点をとりわけ考えてほしい。

  • 1点目は、DNA型の不一致が立証できるかどうか。既に、再鑑定が困難な状況にあるので、どういう形で弁護団が立証していくのか。それにより、不一致の立証が成功したといえるかどうか。

  • 2点目は、DNA型の不一致が立証できたとして、この証拠を排除した上でも、死刑執行が既にされている被告人が無罪であるという合理的疑いを排除できるだけの証拠があるのか否か。つまり、上記に示した証拠、その他の状況証拠のみによって、有罪であるとの心証を持てるのかどうか。

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さて、私は死刑廃止論者ではありませんが、死刑問題を考える上で良い映画を1つ紹介します。「The Chamber」という映画です。名優ジーン・ハックマン(Gene Hackman)と若手の俳優でバットマン・アンド・ロビンではロビン役をしたクリス・オドネル(Chris O'Donnell)が主演の映画です。

チェンバーというのは、Gas Chamber(ガスによる処刑室と言う意味)のチェンバーから撮られた題名です。この映画には、冤罪の要素もあるのですが、死刑囚となったものと家族の葛藤も描かれています。ジョン・グリシャムが原作の話なので、なかなかストーリーは面白いものがあります。

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Comments

新司法試験合格者数及び司法修習生への給費制に関する嘆願書(案)
http://syomei.seesaa.net/

Posted by: scott | 06/13/2009 at 11:25 PM

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