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05/28/2009

アメリカのディベート(Presidential Debate)は・・・

昨日紹介したイギリスのクエッション・タイムの本当の姿に引き続き、今日は、アメリカ政治におけるディベートの在り方を紹介しようと思います。

直近のアメリカ大統領選挙でもディベートは非常に大きな役割を果たした。とくに、オバマ大統領とヒラリークリントン国務長官のサウスカロライナ州でのCNN主催のディベートが考察に値する。

もちろん、両者ともに、日本の政治家に比べれば、ディベート能力は高いし、かなりの訓練をして、臨んでいる。

その中でも、ヒラリー氏のディベート能力は極めて高いと言えるだろう。まず、彼女は冷静さと攻撃性を、ディベートの目的に合わせて、非常に巧に使い分けている。

まず、この時期のディベートは、ヒラリー氏にとって、民主党党大会で選ばれるための戦いである。そこで、ヒラリー氏は、ライバル共和党の政策にも擦り寄るような政治家で、信頼できないというイメージを受け付けるため、オバマ大統領の過去の投票行動の矛盾と一貫性のなさを具体的例を出して攻撃している。

ただ、攻撃の中にも、冷静さがあります。一見すると、お互い熱くなって言い合っているだけのように聞こえるかもしれませんが、ヒラリー氏は、『無駄な声』をだしていない。

例えば、オバマ氏が「ロナルド・レーガン大統領について話しましょう。」と思わず言ってしまったことに対し、ヒラリー氏はすかさず、「私はレーガン大統領について何も言っていない。レーガン大統領の話なんか何もしていないわ。」と攻撃をさらに深めている。

この間、オバマ氏は無駄な声をだし続けている。「あー、ヒラリー、あー」という感じである。これは、どちらを支持するか決めていない視聴者からすると、無駄な声を出している方が、慌てている、困っている、劣勢だというような印象を与えかねない。

オバマ氏のディベートにはこういう弱さがあるのだが、ヒラリー氏は攻撃されても、笑顔を見せながら、白熱してきたことについて、「やっと体が温かくなっってきたわね」とジョークすらいえる余裕がある。

また、オバマ氏が「あなたは共和党のレーガン大統領を私が賛辞したとメディアにいった」と応じたのに対し、ヒラリー氏は、「私はレーガン大統領とは一切言ってません。私はそこにいたのだから自分自身ことはわかります。でも、あなたはそこにいて聞いていたわけでないでしょ?」と終始余裕を見せながらディベートをしているのである。

私のアメリカ人の友人で、学生時代の全米ディベート大会で準優勝をした者も言っていたが、ディベート能力についていえば、ヒラリー氏やマケイン氏の方が数段オバマ氏に比べると上だという。それは、アメリカでの共通認識のようである。

日本では、掘り下げてディベート能力を考察するメディアはない。これは単にメディアに評価能力がないためである。また、昨日の党首討論に対する一般の評価を見ていると、日本の国民もその大半がディベートを経験したことが無いだろうし、何が良いディベートで何が悪いのか判断する能力も未だ乏しいと思ってしまう。

ディベートとは言論と言論の戦いである。攻撃をし、その攻撃に対し、さらに攻撃しながら自分の立場を防御していく。これがディベートの本質であり、攻撃されたことについて、はぐらかそうとしたり、防戦に回ってしまえば、負けなのである。

そして、攻撃といっても、ただ熱くなればいいわけではない。攻撃する最中もジョークを交えたり、笑顔を見せたり、慌てていると捉えるような言動をしないようにして余裕を見せなければ、勝利することはできないのである。

以上のような視点から、前回紹介したブレア前首相とヒラリー氏のディベートのスタイルは共通点がある。二人とも、ジョーク、笑顔を巧に利用して、冷静さと攻撃を使い分けている。

もちろん、今まで紹介した英米の政治家の大半は、ディベートの訓練をしたり、受けたりしている。法曹出身者が多いのもそういう能力が政治家には求められるからかもしれない。

でも、「じゃあ弁護士出身の人を政治家にすれば良い。橋下知事のように。」などと短絡的な結論に至らないでほしい。日本の弁護士にこうしたディベート能力があるかは非常に疑問である。裁判はもちろん、反対尋問などを通じて、弁護士が法廷で発言する場が多いが、今までは職業裁判官という、いわば、訴訟に慣れた法律のプロ相手に行っていたのであり、アメリカのように、刑事・民事ともに陪審員制度が採用されているところや、イギリスのように、法廷弁護士と事務弁護士と役割分担され、前者にディベート能力に近いものが求められるという制度でもない。

そして、書面でのやり取りが結局のところ多くなっている従来の弁護士にディベート能力が自然と培われていると考えるのは、間違いであろう。

では、日本にはそういう能力のある人がいないのか。

実際のところ、本当の意味でのディベートを理解している人が少ない以上、その能力がある人も少ないし、それを訓練する場も、普通の教育を受けていればないかもしれない。ただ、裁判員制度の導入により、今後検察官や弁護人の活動方法は大きく変わる。そうすると、今後そうした能力を持った法曹が誕生することは考えられるだろう。

また、現時点においても、これだけ国際交流が進んでいるのだから、民間人の中でも、海外との交渉を日々の業務にしている人などにはそういう能力が備わっているかもしれない。

さらに、そういう業務にかかわっていなくても、友人や同僚と議論し合ったり、議論する環境にある人、ディベートに興味がある人などはそういう能力を鍛えることができると思う。

ただ、日本の政治家にそうした人物はいないか、いても目立たないごく一部なのだろう。なぜなら、私はそういう政治家を未だみたことがないからである。

麻生VS鳩山…互いの非突く激論、でも双方「党首力」不安
5月28日2時33分配信 読売新聞

麻生首相と民主党の鳩山代表による初めての党首討論は、秋までにある衆院選を意識し、相手の非を突く激しい展開となった。しかし、経済危機や北朝鮮の核問題への対応などについて議論は深まらず、衆院選に向けて、ともに「党首力」に不安を残した。

 ◆感情的◆

 冒頭、鳩山氏は北朝鮮の核実験を取り上げ、事前に情報を得ていたのかと尋ねたが、首相は質問にすぐには答えず、こう指摘した。

 「どちらが首相にふさわしいか。どちらの政党が政権を担う力があるか。意見を戦わせるのは正しい」

 さらに、「民主党は何をしようとしているのか。社会保障や安全保障の問題で、極めて不安を抱かざるを得ない」とも語った。民主党の政権担当能力に疑問符を付ける狙いだ。

 鳩山氏は国家像に話題を移し、持論の「友愛社会」について「人の幸せを自分の幸せと思えるような世の中にしたい」と強調した。首相は「我々は百年に一度の経済危機に直面している。理念や抽象論でなく、現実にどう対応するかが重要だ」と攻撃。「政権交代は手段であって目的ではない」と畳みかけた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090528-00000182-yom-pol

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