« イギリスではもっと進んだ議論が(皇室典範改正について) | Main | 裁判にある誤解とトリビア »

04/08/2009

芸術活動を通じて主体性のある若者の育成を

アメリカの高校生というのは、非常にMature(成熟している)という言葉がよく似合う。というのも、相対的な問題ではあるが、日本の高校生よりも、主体的な活動をしている人間が多いように思う。

どうも日本社会の本質的な問題なのかもしれないが、受動的な人間が相対的に多すぎるのではないだろうか。

その主体的な活動として、よくアメリカの高校では、学生によるミュージカルなどが開催され、父母はもちろん、その地域での芸術性を体感する場になっていることが多い。さらには、学生が主体的に活動しているため、こういう活動での実績が、大学入試でも評価のポイントになるわけである。

大学入試でアメリカなどではSATと呼ばれる試験がよくつかわれるが、これ以上に高校での活動実績をより評価することが多い。私の友人の場合は、全米ディベート大会で準優勝したとかそういう実績がかなり評価されていたようである。

アメリカ場合、総合大学に多くあるのが、Performing Artsと呼ばれる学部である。演劇学部とでもいうべきなのだろうが、ここにはArt Managementという科目などがあり、演技技術だけではなく、芸術分野での経営方法もしっかり教えるわけである。

日本で、演劇というと、芸能人がやるものか、もしくは無名の貧乏劇団というイメージが強いのではないだろうか。大学でやる演劇も、演劇サークルみたいなものが多いような気がする。

そういう意味で、ブロードウェイなどの一大エンターテイメント産業を有するアメリカでは、学問として、総合大学のほとんどがそういう学部を設けているわけである。もちろん、文学部とは別に独立した学部として存在するわけであるから、そのニーズも大きいのであろう。

日本ではなかなか、地域コミュニティーが演じるミュージカル、オペラ、演劇なども相対的にみると少ない。まして、高校生からこういう主体的な活動をしているという話もめったに聞かない。

私は、心の豊かさ(Rich mindともいうべきであろうか)を育成するには、こういう芸術に触れることが重要だと常に思っている。オペラやミュージカルが元々好きだということはあるのであるが、そういうアマチュアの集団による演劇等が身近にかなりある状態、これは地域コミュニティーの連携というものを高める上でも重要な機能を果たしていると考えている。

日本では、ゆとり教育が見直されているが、ゆとり教育のコンセプトは何だったのかをもう一度見直して、単に受験戦争時代に逆戻りというような方針転換は百害あって一利ないと思う。

であるならば、教育方針として、学生が主体的にそういう芸術に触れる場の提供と大学受験の際にも学生の主体的加害活動の評価を重視する教育制度が重要な気がする。

ところで、なぜこの話をしようと思ったかであるが、動画投稿サイトYoutubeで、素晴らしい高校生の演技を発見したからである。

私の好きなミュージカル作曲家に、アンドリュー・ロイド・ウェバーという人がいるのだが、この人の代表作は、キャッツ、オペラ座の怪人、ミス・サイゴンなど有名なヒット作が多く、結構知っている人も多いだろう。

彼の作品で、日本ではあまり有名ではないが、ヒット作の代表格として、海外では有名な作品として、Joseph and Amazing Technicolar Coat(ジョゼフとアメージング・テクニカラー・コート)というのがある。

これは、旧約聖書に登場するヤコブとヨセフとその兄弟の話なのであるが、ロイド・ウェバーのミュージカル作曲家として成功する第一歩となった、作詞家ティム・ライス(Tim Rice)氏との共同作品でもある。

アメリカの歌手で、ミュージカル俳優であるドニー・オズモンド(Donny Osmond)氏がこの主役であるジョゼフを映画版で演じていることで有名である(彼の動画はこちらを参照)。

イギリスではかつてから寝ず良い人気の作品で、最近はイギリスBBCで、この主役を演じる俳優を募集して、視聴者とロイド・ウェバー氏などが審査する生番組、「Any Dream Will Do?」が11週にわたり放送されるなど人気を博した。

そこで選ばれたのが、リー・ミード(Lee Mead)氏であり、イギリス人で彼を知らない人はいないぐらいに成功した歌手である(この人の動画はこちらを参照)。

この有名なミュージカル俳優に負けず劣らずの歌声を披露している高校生がいる。

たまたまYoutubeを見ていて発見したのであるが、音程に安定感があり、繊細な感情の表現が、「本当に高校生なのだろうか?」「プロの歌手ではないか」と思ってしまう。

私もかつて海外にいたころは、多くのミュージカルやオペラを楽しんだが、彼の歌声はプロのミュージカル俳優に負けない通る底力があると思う。

最近、高校のイベントとして発表されたものを録画したようであるが、周囲は将来が楽しみだろう。これだけの演技を高校生でできることに私は驚いてしまう。

ただ、彼の演技が特異なわけではないと思う。こういう高校生がかなりアメリカにはいて、主体的にこういう活動をしているわけである。

日本の高校生にも、こういう機会を与え、主体性のある人格形成を教育政策として行ってもいいのではないだろうか。

|

« イギリスではもっと進んだ議論が(皇室典範改正について) | Main | 裁判にある誤解とトリビア »

海外の生活」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 芸術活動を通じて主体性のある若者の育成を:

« イギリスではもっと進んだ議論が(皇室典範改正について) | Main | 裁判にある誤解とトリビア »