鬱と過失相殺の話
現代社会では、ストレスが多く、鬱になるひとが増えている。ニュースなどで過労により鬱になり、自殺に追い込まれたというケースを耳にすることも多いだろう。
この場合、会社に対する民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求や415条に基づく使用者に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求という形で訴訟が提起されることが多いと思う。
そこで、よく争点になるのが、鬱にかかるのは被害者の心理的素因によるものであって、これにつき、722条2項の「被害者の過失」による損害額相殺を類推適用して認めるべきという話である。
これにつき判例は、およそ、結果の発生(自殺)に寄与した被害者の素因については、722条2項の趣旨が損害額の算定において被害者側の事情を考慮することで、損害の公平な分担を図る趣旨にあることからすると、相殺の対象とすべきとする。
しかし、素因が身体的特徴や通常想定される個々人の性格の範囲内であれば、過失相殺の対象とはならないと判断している。
つまり、個々人の差異というのは当然予定されているから、通常想定しがたいというような特段の事情が無い限り、被害者の性格を問題視して、そこに「過失」があるというような判断はしないということである。
暗い話題ばかりが多く、労働者にとっては締め付けがあったりして、精神的バランスを崩す人も多いだろうが、それが職場環境に起因していれば、賠償に対象にもなる。不景気だからと言って、そういう人を狙い撃ちにするような整理解雇もまた違法という判断になるだろう。
こういうときこそ、企業家はコンプライアンス精神にのっとった判断をしてほしいものである。
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