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01/27/2009

朝青龍が成し遂げた2つの成果と変えるべき伝統

以前、大相撲に関する記事を書いて、ニフティーで取り上げてくれたことがあり、驚愕のアクセス数を記録したことがあったので、あまり相撲自体には興味はないが、この問題についてひとつの区切りとして、既存のメディアとは違う視点から一言触れておこうと思う。

朝青龍が優勝し、今日はどの報道番組でも大きな扱いをしている。新聞もこの話題で持ちきりだ。八百長が無いという相撲協会側の主張を前提にみると、朝青龍の勝利はとてもすごいことだと思うし、やはりなんだかんだ言っても強いと思う。その強さには当然努力があるのだろうし、体の故障から立ち直るのは大相撲に限らず、あらゆるスポーツにおいて大変なことで、復活優勝をやってのけたのだから大変な精神力である。

さて、朝青龍は2つの結果をもたらしたと思う。1つは、もちろんスポーツとしての業績である、復活優勝である。この点の分析については、あらゆるメディアが取り上げているので、それに譲ろう。もう1つは、連日の満員御礼と話題性である。

これにより相撲協会の興行収入も伸びただろうし、再度国民に相撲に対する関心を喚起したことは、36%以上の視聴率を獲得したことに鑑みれば明らかであろう。つまり、朝青龍の土俵外での言動と土俵内での実績が、今回の2つ目の結果をもたらしているのである。

この結果に対し、当時メディアを使って批判をしていたマスメディアの連中や、得体のしれない横綱審議委員会のメンバーはどう反応するのであろうか。まず、公共のメディアを通じて、引退引退と叫んでいた漫画家は誤った予想を流したのだから、真摯に反省すべきであろう。にもかかわらず、その人は、「騙された方よりだました方が悪い」と往生際の悪いコメントを夕方のニュースでしていたようだ。

さらに、横綱審議委員会は、ガッツポーズを問題にしているようだ。品格品格というが、私はガッツポーズで品格が失われると本当に批判しているのだとすれば、あらゆるスポーツおよびその選手に対する冒涜ではないだろうか。

真剣にやるから優勝したときの感情表現としてのガッツポーズはむしろ清々しいものだろう。むしろ、淡々としている方がそれこそ八百長疑惑を呼びかねない不自然さが残るはずだ。こうした時代錯誤な見解を外に発表する審議委員会自体、不要論がでてきても不思議ではないだろう。

朝青龍の品格をガッツポーズ程度で問うのであれば、NHKの不祥事問題で「エビジョンイル」とまで揶揄された人物が、横綱審議委員会の委員長をしている方がよっぽど品格が無いのではないだろうか。

伝統が壊れるというが、伝統は壊れながら受け継がれるものである。壊れない伝統は有害な澱みでしかない。華道も茶道も、柔道も、新しい価値を受け入れながら変化し続けている。それを否定すれば、成長ができない。

だから、いつまでも国に公益法人として保護してもらわないといけないのではないだろうか。これだけ興業収入が得られる話題性をせっかく朝青龍がもたらしてくれたのだから、営利法人化して、新しい価値と正面から対峙してもいいかもしれない。

このガッツポーズに対して、保守派のフジテレビコメンテーター木村太郎氏が、「ガッツポーズはウィンブルドンを思わせた。ウィンブルドンは伝統を守りつつも世界からの挑戦者を受け入れ、声を出すなとかガッツポーズをやめろという決まりを変えてきた。日本の大相撲もやっとそういう時期に来たと思った」と発言していたという。

とても的確な指摘だと感じた。ガッツポーズが品位を欠くなんて思う人間はごく少数の時代遅れな人間だけだろう。ウィンブルドンのファンは伝統には変化を伴うことを認識し、変遷を見守ってきた。伝統が壊れダメになったであろうか。むしろ、活気があり世界の舞台として今も多くのファンに楽しまれている。

私はイギリスでも生活したことがあるが、どうも日本でいう伝統とイギリス(欧州)でいう伝統には認識に大きな違いがあるような気がする。前者は変えるべきではないという抵抗の姿勢が強いのに対し、後者はどうやって残すかという未来志向型な気がする。

いずれにしても、良い価値は必ず残るのであって、やはりどうやってそれを残していくかという後者の姿勢があるべき姿だと感じる。

また、細かいことに目くじらを立てたり、無責任な予想をして他人を批判するのは、大人として恥ずかしいことだという反省をメディアを利用する人間はもっと意識すべきである。自分の放言と無責任な姿勢が、子供には「何を言っても許される社会」と映ってしまうのは情けない。

朝青龍の復活を評価=ガッツポーズに苦言も-横審
1月26日19時23分配信 時事通信

 大相撲の横綱審議委員会は26日、東京・両国国技館で定例会合を開き、初場所で復活優勝を遂げた朝青龍を高く評価するとともに、優勝決定戦の後に土俵上で両手を上げてガッツポーズをしたことに批判的な意見が出た。武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)は「注意する」と答えたという。
 記者会見した海老沢勝二委員長は「朝青龍はよくやったという意見が出た。今場所は最近にない活況で、全員が危機感を持って土俵を充実させようとした成果だ」と指摘。朝青龍のガッツポーズについては「いろんな意見があると思う。無意識に出たポーズにも見えるが、勉強すべき課題だろう」と語った。そのほかの言動に対する意見は出なかったという。
 また、委員の任期(10年)を終えて退任する海老沢委員長に代わり、新委員長に鶴田卓彦委員(元日本経済新聞社社長)を選んだ。海老沢氏は委員長を2年務めた。
◇評価してあげないと
 横綱審議委員会・石橋義夫委員 朝青龍は最初は心配だったけど、一生懸命努力したんだろう。それは評価してあげないといけない。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090126-00000116-jij-spo

良い伝統的価値が残り続けているものとして、ヨーロッパのクラシック音楽がある。

最近、私はモーツアルトの『オーボエ四重奏』にはまっている。モーツアルトの軽快で明るい音率の代表例のような曲だ。

オーボエはギネスで世界一演奏が難しい楽器と認定されている。そして、吹奏楽などではオーボエ奏者が見つからないことから、そのパートを省かざるを得ないこともあるという。さらに、リードは演奏者が毎回手作りをしなければならず、時間がかかる。

このような手間のかかる楽器だからこそ、このような美しい音色を奏でられるのかもしれない。そして、本物のクラシックには欠かせない楽器である。

手入れが大変で、難しい楽器のオーボエだって、変わりゆく時代の流れの中で、厄介がられることがあっても、その価値(音色の美しさ)は、しっかり伝承され続けている。大相撲も変化に単に抵抗するだけでなく、どうやって良い価値を残していくか考えるべきだろう。

下記のリンクではじめの方が視聴できるのでぜひ聞いてみてほしい。

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